議会廊下-8(剣の用法と発生について)
「手柄だったな」
最初の報告から日を開け、再度の報告に上がったヴィクターへ議長であるアマンダは言う。労いの言葉がかかるのは珍しく、ヴィクターはおや、と思う。そのことは議長にも伝わったようで、背の低い亜麻色の女は普段通りの不機嫌そうな目を細めた。
「件の男を議会は知っている。あとはこちらに任せておけ」
「誰なんだ? 随分と色白だったが、あれは北の人間だろう? 俺は知らないぞ」
「…………やつは鍛冶屋だ。それ以上は言えない」
鍛冶屋だというのなら作成の禁じられた剣を打ったか、それと似たようなことをしたのだろう。術士の剣には時折常軌を逸するような製法の品がある。
「そうか? 変な事を聞いたな。俺と繋がりのない話なら別にいい」
口を閉ざせば沈黙が降りる。ヴィクターは一つ思い出し、進言がある、と切り出した。アマンダは意外そうに顔を上げた。
「進言?」
「ああ。リロイのやつに休みをやってくれ。件の後遺症とは別に、どうも年のせいか気が塞ぐみたいだ。帰ってきてからはそんなそぶりも見せないが、あれは指輪の病だろう。長命の弊害だな」
「承知した。だが、そういうおまえはどうだ。同世代だろう? そう言っていたと記憶しているが」
「俺? 俺は別に……」
じとりとした目がヴィクターを見る。アマンダは羽ペンの先をインク瓶へと突っ込んだ。
「自覚症状のないやつほど似たようなことを言うものだ。まとめて休暇を出してやる。どうせ黙って来たのだろう、おまえはリロイが変な気を起こさないようについて見ていろ。……返事は」
「ご厚意に感謝いたします、議長どの」
「……詳細は追って伝える。先に話だけ持っていけ、今は講堂でフィークスのやつと話しているはずだ」
◆◆
「なんだ、集まって内緒の話か? 楽しいことならオレも混ぜてくれよ。剣豪くんは? いないのか?」
突然割り入ってきた声に講堂の空気がひりつく。試すような声はメイリーンだ。だが同じ議会の役職持ちともなれば邪険に扱えぬ相手には違いなく、肩を掴まれたリロイは概要を話してやる。
「……議会へ持ち込まれた剣の詳細について、上がってきた報告を暫定的に共有していた。あくまで簡易な報告であるから、細かい話は展開を待てとのことだ」
「医療局長じゃないんだからそんなことで怒るかよ。呼ばれなかったことに文句つけようなんてどうかしてるだろ? だよな? 共有されたことを教えてくれよ、なあジュリア?」
「話しても?」
問いにリロイは頷いてやった。ジュリアは、『ディアナが所持する剣について、議会は作成者を把握しかねている』と言った。最初に知らせを持ってきたフィークスは黙って経過の推移を見ている。
「つまり、成果はありませんって? 女王の坊に聞いたらあのもったいぶった口で答えてくれるんじゃねえの?」
「それならとっくに済んでいるよ。あれらは私を寿ぐ守り刀だが、それ以上のことを私は知らない。ここで会うのは久しぶりかな? 元気そうで何より」
声音と同じ、冷たい色の金髪が揺れる。げぇ、いたのか、と言ってメイリーンは舌を出した。数年前、突如議会に『出現』した彼は二本の剣を持っていた。狩猟剣ドゴと真実剣エメス。獣型の大剣と穢れを断ち切る妖刀は他に類を見ない特殊剣だ。ディアナは記憶を失っており、彼の出自や目的を探るとっかかりはこの二つに限られていた。女王はしれっと前へ出る。その背はジュリアの胸ほどまでしかない。
「いるよ、ずっとね。そうだ、あなたに訊ねたいことがあった。いいかな?」
嫌な顔こそしたが、メイリーンは先を促した。
「維持局の人は銃持ちと呼ばれるだろう。ここにいる巡査部隊のジュリアも、あなたの部下という人も剣を差しているが、あなたは銃だけを二丁持っている、なぜだ?」
「これか? 議長に取られたんだよ、オレの剣! 実戦に持ち出せば腕の上がる最高の剣だったのに、代わりにこれが支給されてそれっきりだ……おい、聞いといてなんだ、その反応は! うんそうか、じゃねえんだよ」
「落ち着けメイリーン、普段からずっとこれだ。知っているだろう」
不満を露わにしたメイリーンをジュリアは取りなした。メイリーンは鼻を鳴らし、良しとしたようだった。
「……あ? もしかしてこの中で剣持ってねえのってオレだけか? おいそこのカタブツくんよ、剣見せてくれ。持ってる方の剣で良いぜ!」
銃の入ったケースを叩くメイリーンを見てジュリアはもの言いたげにしたが、それだけだ。リロイは提げていた『暁』を差し出し、開けても良いが振るってはならないと言い置く。
「不死の号をもつ、銘は暁。夜明け、あるいは強い変化を示す特殊剣。筆頭剣士の弟子が持つ酩酊剣と似た、記念品の意味合いが強い品だ」
「ほーん、特殊剣か。オレの剣もすごかったぜ、見せてやれねえのが残念だ! ジュリアも見るか?」
受け取ったジュリアは鞘を剣から外し、刃紋や反射を確かめてから戻した。
「見たところ『従来通り』の剣と見える。不死とは少し大仰な名付けに思えるが、特異な部分はどのあたりだろうか?」
「言うとおりに古い造りの剣だ。行程の全てが私の血で賄われている」
場にいる指輪付きの表情が凍る。血で鍛え、血で洗う。本来新たな剣の誕生は人間ひとりの命と引き換えだ。量産品の『無罪』とは訳が違う。メイリーンが口元を歪め、愉快そうに笑う。
「なんで生きていられるんだ? ああ、それで不死の剣ってわけか! なるほどな! なあるほどなあ! いやあ、良いものを見せてもらった。今度の機会には是非異国の剣も見せてくれ」
メイリーンが悪戯っぽく腰を叩けば、意味を取りかねたリロイが首をひねる。
「剣が見たいのなら私でなくヴィクターに頼んだら良いだろう」
きっと珍しいものが見られると言えば、メイリーンは額を抑えて大笑いした。リロイは急な大声に目を瞬く。
「そうだそうだ、その通りだな! 剣豪くんに見せてもらうとするよ! これは傑作だ、今からいってこようかな!」
賑やかな足音は遠ざかり、フィークスも仕事があるといって輪から抜けた。彼女、少し変わったようだね、とディアナが言うので、リロイは曖昧に頷いた。
「リロイは議長のところへ行かなくて良いのかな。先ほどあちらでヴィクターを見たよ。遠征の成果報告なのだろう?」
「……済んでいる。私は何も聞いていない、おそらく別の用だ」
「そう? そうかもね。うんでも、彼はあなたに用があるよ。……多分ね」
◆◆
「探したぜ、元気にしていたかぁ?」
かけられた声にヴィクターは振り返る。手には大きな銃。なでつけた髪と襟足を結ぶ大きなリボン、大きく開かれた制服の胸元からは乳房の根が覗く。議会所属の中央保安隊長がそこにいた。
「……メイリーンか。変わりないようだな。なんの用だ?」
「誘いをかけに来たんだよ。どうだ?」
握り銃を胸の前に構えてちょいと上向きに振ってみせる。示された猥褻なサインに、ヴィクターは人目も憚らずとびきりの嫌そうな顔をした。
「結構だ! わざわざ人を呼び止めてそんなことを言うなんざ、よほど暇なんだな。議長に仕事を増やしてもらったらいい。いましがた会ってきたところだ、急いで行けば話くらいはできるだろう」
議長は喜ぶだろうな、と嫌みったらしく投げられた言葉に、今度はメイリーンが鼻白んだ。
「遠慮しておこう、銃も取られちゃたまらない。しっかし、そう言って毎度毎度言葉巧みにかわすよな! 何でダメなんだ? なにがダメなんだ? 剣豪くんは魔術士だったなあ! 女は嫌いかぁ? 連中は女嫌いが多いって言うからな!」
舌を突き出し、ねっとりした声で言う。ヴィクターはため息をついた。
「……今まで、あまり他人に言う話でもないと思って黙っていたが、俺は既婚者だ。独り身でないものが外でその手の関係を持つのは御法度だろう。……お前の国じゃどうだか知らないがな」
ぽかんと口を開け、メイリーンは驚きを示した。
「なんだ、独り身じゃないのか! 意外だな!」
「言いふらすなよ…… このことは相棒のリロイだって知らない」
メイリーンがニヤリとしたのを見て、ヴィクターは直感的になにか不快なことを言われるのだろうなと確信した。
「……それは不倫のためにか? きみとあのカタブツが寝てるってのは周知の事実だ! んん? 噂だったかな?」
予想に違わず、続く言葉は事実そうなった。もはや怒りも湧いてこない。頭を振り、ヴィクターは呆れを示した。
「周知の事実と来たか! そりゃまたとんでもない噂のようだな。名誉のために言っておくが、俺は法や倫理に反することはしていない。下衆の勘ぐりはやめてもらおう」
「は、オレは聞いた話をいってるだけだぜ……」
ついでとばかりに『カタブツってのはイチモツも硬いのか?』とメイリーンが聞いてきたのでヴィクターは顔を曇らせ、俺に聞くなと言った。
「プライベートのことが知りたきゃ本人に言え。許すかどうかは本人の気分次第だろうが、議会の掟を忘れるなよ」
「『喧嘩するな、させるな』だろ? すげない返事だ、まあ知らないんじゃ仕方ないな!」
当てが外れちまったなあと言って、ニヤニヤ笑いのメイリーンは立ち去った。議長が去り際に残した『メイリーンに気をつけろ』の一言を思い出し、ヴィクターはため息をつく。そうして、品性下劣なメイリーンの様子へぐったりするとともに、これから本人に会おうというのに変な事を言わないでほしいんだよな、と思いながら、自身もその場を後にした。
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