貸与-4(剣の図録と収集品について)
剣を見せてやると言って連れてこられた蔵の前で、グラナトは付けた明かりへ虫がたかるのを眺めていた。日は暮れて、月が出ていた。
「面白い? おれ、手伝った方がいいかな?」
呆れたような声はグラナトのものだ。視線の先には、図録そっちのけで錆びた剣を研ぎ始めたヴィクターがいる。
「ああいや結構だ。悪い、手入れが追いついていないのに気付かなかった。これだけ始末を付けさせてくれ」
「叔父上、さっきから同じことを言っているよ……」
ヴィクターは額を拭い、もう少しだけ待ってくれ、といった。
「鍵は開いている。急いで見たけりゃ勝手に漁っていい。こと、剣に関してお前が盗みを働くとも思わないからな。……いや、あー、やっぱりダメだ。多分、呪い剣がある……」
蔵の中を覗き込んでいたグラナトが半笑いで戻ってくる。
「え、なに、呪い? 怖いこと言うなあ。っていうか、叔父上は本当に剣が好きなんだね……? 本当にたくさんある……」
「まあな。お前は……宝飾品以外の金属には関心がないんだったよな? 少なくとも、俺の目にはそう見える」
いやあ、とグラナトは頬をかく。
「……ない、かもしれないな。嵩ばかりで目を見張るような効果があるわけでもなし、それなら指輪の方がよほど良いと思える。重いのも、その、あまりうまくはないね」
ヴィクターは目を細め、剣を研ぐ手をしばし止めた。そうか、と返す声には否定も肯定もない。
「使わないならわからんだろうが、そもそも剣は実用品だからな。よほどの事情がない限り物質としての特性を優先して製造される。こればかりは仕方がない。指輪と違って五本、六本と持つようなものでもない。いや、まあ、もってるやつもいなくはないが、それは同じ効果の指輪を持てばいいだけの話だからな……」
「叔父上の言うこと、嘘だとは別に思わないけどさ。コレクターのいう『そういう人もいる』は信用ならないな」
それって本当に特別なレアケースの話だろ、みんなそうやって印象を操作して自分を普通だって思わせるんだ。続くグラナトの言葉に、ヴィクターはちょっと驚いたような顔をした。それから、視線は蔵を向く。
「……そうかもな! いや、考えたこともなかったぜ」
ちなみに今のは提げている本数の話だ、と言って、ヴィクターはちょっと腰をひねって見せた。
◆
ヴィクターはサビの落ちた剣に始末を付け、蔵の中から何本か剣を持ってきた。
「待たせたな、それで、件の剣がこれだ。ごちゃごちゃした草みたいな装飾がついているのが『炎舞』、四角いのが『青竜』、あとこれは『専心』だ。触るなよ、所有者とそうでないものを区別する特別の剣だが、どれがそうなのか俺の側ではもうわからん」
「どういう理屈なの? いや、聞いてもわからないと思うから説明は要らないけど」
ヴィクターは肩をすくめた。
「賢明な判断だな。俺も説明をしろと言われたら困る。作るときに『そのようである』って書いておくらしいが、指輪の紋とはやり方が違う。こればかりは専門家に聞くしかない。まあ、この剣を作った奴らはとっくに地面の下だろうが」
「うん? ああそうか、八十年前にはもう世にあったんだもんね、それはそっか……」
然り、と頷いたヴィクターは鞘を外して刀身と刃文を見せる。暗い中で抜き身の剣が艶めかしく光った。
「おお……」
「見事なものだろ。振るう機会がないのが勿体ないくらいだ」
柄から剣先までを舐めるように眺めて、ヴィクターは炎舞を鞘へ収めた。
「そういえば、叔父上は普段から長剣を提げているけど、それと入れ替えたりしないの? いつも持っているって事は使う機会があるんだろ?」
「馬鹿、生徒との演習にこんなもの持ち出せるか! これ以上ないほど特別の剣だぜ。業務上過失致死で連行されちまう」
「えあ、そ、そう? なんかごめんね……」
そんなことで捕まるのはごめんだぜ、といって、ヴィクターは次の剣を開けた。鞘とは随分印象の違う刀身が出てきたので、グラナトは図録のよこしまな説明を思い出した。
「す、すごいね……?」
「おい、なんか変なことを考えただろう。考えるのはいいが、今は俺の剣だってことを忘れてくれるなよ」
「理不尽だなあ、自分の気のせいだとは思わないの……」
「気付いてないのか? 笑い方があからさまなんだよ。まあいい、次の剣で最後だ。何か知りたいことはあるか?」
鞘の模様を目でなぞりながら、グラナトは聞きたいことについて考えた。
「良いものを見せてくれてありがとう。うーん、見せて貰ったものについては大丈夫、かな? 図録の中に、持ってないけど知ってる剣があったら教えてほしいかも」
「そうか? いったん場所を改めるか、ちょっとここは暗すぎるからな」
◆
屋根のしたにもどって、冷たくなったハーブティーを啜る。パラパラと図録を眺めていたグラナトは、宝石のはまった剣のところで手を止める。
「叔父上、これは知ってる? キラキラだ。おれ、こういうのは結構好きだな」
「どれだ? あーこれか。見たことはあるな。二十年くらい前に失われたので、現存はしない」
宝飾品の剣は残らないな、とヴィクターは言う。次いで、局部に関する評論を飛ばしながらページを捲る。古い時代の剣、古そうな剣、人が使っているのを見たことがあるもの、知らないもの。その全てが伝統的な製法で作られた剣だ。量産品の『無罪』が世に出る前の、火で捏ねあげ水に晒し血で洗った、正真正銘の真剣。どこか懐かしいような気持ちになりながら、ヴィクターは目を滑らせる。そうして、途中、『測量』とあるのに目を留めた。
「……測量?」
「うん? どうかした?」
「知っている剣が載っていた。だが、これは俺の持ち物じゃない」
目を動かして解説文をなぞる。変な事が書いてあったらいやだなと思いながら、半目で字を追う。説明には、親族の持ち物であること、持ち主に悪いので評論の対象外とする旨が記載されていた。『親族の持ち物であること』。剣、『測量』はリロイの持ち物だった。過去、そして、今も。
「グラナト」
「なに?」
「謎が解けた。持ち主は、著者の親族だ。だからあいつは『家族の本だ』と言ったんだ」
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