第153話 偶然か、必然か

残った仕事を文官やヘンネスに任せて、私は背中を【竜化】させ、羽だけを出してバーレンに向かって飛んでいる。




本当は全身を【竜化】させた方が速く飛べるのだが、急ぐ旅でもないし、私にとってそれほど遠い場所でもない。




だから、ゆっくり行こうと思う。




高度を上げ、そのまま上空を旋回したり、ジグザグに飛んだりして自由な飛行を楽しむ。




(私ってこんな風に飛べたんだな...)




戦ってる最中は、とにかく急いで飛んでばかりだったから、飛ぶ事を楽しいと感じる余裕もなかった。




だけど、今は違う。




風を感じながら、自由に飛べる空が楽しいと思える。




ちゃんとそう思えるんだ。




遊びながら暫く飛んでいくと、ようやくローグランドとモルドを隔てる山脈が見えきた。


それをあっさりと超え、ローグランド王国に入る。


入ると直ぐに大樹海が眼下に広がっていた。




進むペースを落とし、ゆっくりと大樹海を眺める。




国を堕とされ、逃げ延びた私はここでクロガネ達に助けられた。




もう懐かしいとさえ感じてしまう出来事だ。


まだ一年ぐらいしか経ってないのというのに。




その間に、多くの人が居なくなってしまった。




私の家族にモルドの国民、それだけでなく世界中で色んな人がもう居ない。




その中にはクロガネも...グレイルも居る。




グレイルは星が救われたのを見届けた後、最後に私達に「ありがとう」と言い残して身体が塵となって崩れてしまった。




もう二度とグレイルが目覚める事はない。




「...はぁ」




ため息を吐き、俯く。




グレイルの事を思い出すといつも気持ちが沈む。


それは、裏切られていたという気持ちもあるし、二度と会えない寂しさもある。




だけど...




(やめだ、やめだ...!これからヨルアに会うんだ。辛気臭いのは無しにしよう...!)




「よし!」




頬を叩いて気合いを入れる。


俯いていた顔を上げ、沈んだ気持ちを振り払うようにスピードを上げた。




一気に樹海の上空を飛び超える。




そのまま目的の方角へ飛び続けるとあっという間にバーレンにたどり着いた。




だが、ここで思わぬ問題に直面した。




(まずい...来ること連絡してなかった...)




仕事を引き継ぐのに必死になって、バーレンに行く事を連絡するのを完全に忘れていた。




いくら何でもいきなり押し掛けるのは迷惑だろう。




(どうする?全力で戻って、連絡してからまた来るか?それもなぁ...でも...)




城門の上を旋回して、どうしようか考えていると突然、地上から何かが私目掛けて飛び上がって来た。




「なっ!まさか、この高度で見つかったのか!?」




思わず驚愕の声を漏らす。


私が居る場所は地上から見れば、点にしか見えない筈だ。




にも関わらず、飛び上がって来た何かは真っ直ぐ私の方に向かって来ている。




そして、私に向かって叫んできた。






「シーズーリー!」




「えっ?」






忘れるはずがない声がした。


それで、一瞬で誰なのか理解した。




すごい速度で空中を駆け上がって来たその人物は、真っ直ぐ私に掴みかかってきたので思わず身体を翻してその腕を避けた。




「なぜ避けるんじゃ!?久しぶりだというのに!」




背の高い、長い黒髪の女性が抱き締めようと空振った腕をバタバタさせて私を非難する。




そんな彼女に言い返した。




「だって、危ないだろ...結構な速さだったぞ」




私はまともな事を言ったつもりだが、目の前の女性は不満げな表情をした。




「それでも受け止めて欲しいのじゃ!会いたかったんじゃー!」




彼女はまた腕をバタバタさせて子供みたいに喚いた。




(変わらないなぁ...)




彼女は相変わらず忙しなくて、騒々しい。


だけど、その変わらなさが嬉しかったりもする。




だから、ちょっとだけ照れ臭いが素直になってみた。




「...それは私もだよ。ほら...」




両手を広げると彼女との距離を自分から詰めて抱きつく。


どうやら私からこられるのは想定外だったみたいだ。




「ほ、ほぇ...?」




不意打ちを受けた彼女が細い声を出して固まる。


追い討ちをかけるように彼女の名前を呼んだ。




「会いたかったよ、サクヤ」




「おっ、おおっ...!」




サクヤが感極まった声をだす。


そして、ようやく固まっていた身体をブルブル震わせ、私を力強く抱き締め返した。




少しの間、無言で抱き合う。


そうして、お互いの肩に手を置いたまま身体を離した。




「本当に、久しぶりじゃのう...ちょっと見ない間にすっかり大人っぽくなって...」




私の頭を撫でながらサクヤが言う。


それを受け入れながら尋ねた。




「...どうしてサクヤがここに?何かあったのか?」




忘れられがちだが彼女は鬼人国の盟主だ。


おいそれと他国の、それも国境に近い城塞都市に居る筈がない。




少しだけ、胸がざわつく。


厄介事かと思った。




そんな私の胸中を察してか、サクヤが笑顔を作って答える。




「ここに居る理由はお主と一緒じゃよ。ほれ、もうすぐ一年じゃろ?」




「ああ...そういう事か」




その言葉で彼女がここに居る理由を察した。




あの戦いが終わってからもうすぐ一年だ。


私と同じように、節目にヨルアに会いに来たという事か。




「それじゃあ...みんなも?」




私が聞くと、サクヤが笑顔のまま頷く。


そして、私を抱えると地上へ降下した。




ゆっくりと地上に着地する。


そこではみんなが待っていた。




「よぉ、遅かったな女王様」




私の姿を捉えるなり大槌を背負った、ずんぐりとした体格の男性が言った。


それに対して、最後に会った時よりオレンジ色の髪を伸ばした少女が反論する。




「ちょっ...!そういう言い方は良くないですよ!こうして集まれたんだから良いじゃないですか!」




彼女の言葉にこっちも金色の髪を伸ばした少年が同意する。




「そうだぞ...アンタはいつも言葉が足りない...」




兄妹に責められた大槌を背負った男性は申し訳なさそうにこっちをみて謝った。




「すまねぇ...」




「いいよ。それより会えて嬉しい、ククルガン、セリル、モニカ」




笑顔で三人の名前をそれぞれ呼ぶ。


ククルガンは変わらないが、セリルとモニカは髪だけではなく少し背も伸びている気がした。




三人から隣に視線を移すと、深緑の鮮やかな緑髪を後ろでまとめた女性が手を伸ばしてきた。




「久しぶりって程でもないわね」




「そうだな、カルミラ。いつも世話になっているよ」




伸ばされた手をしっかりと掴んで握手する。




彼女の祖国、アルクス神聖王国はモルドの隣国だ。


復興するに当たって隣国との関係は重要だ。そのお陰でこの一年、彼女と顔を合わせる機会は何度もあった。




「それはお互い様よ、私達もモルドから入ってくる支援にはお世話になっているわ」




「あれはローグランドやデルハドから入ってくるものだが...」




「それでも流通路を真っ先に整備してくれたのはシズリ女王でしょう?感謝しているわ」




お礼を言ってくれるカルミラから手を離して、視線を更に隣に移す。




「ふっ...やっぱり似合ってないな、ソレ」




私はカルミラの隣の人物に向かって顎を撫でる仕草をする。


するとその人物は生やし始めた顎髭を撫でながら苦笑いを浮かべた。




「ほっとけ、威厳を出さなきゃなんだよ」




赤髪を靡かせ、立派な服に身を包んだレインが言う。


彼はあの戦いの後、正式にローグランド王国の王位を継いだ。




だから、今はこの国の国王だ。


でも、やっぱり髭は似合ってないと思う。




それに私達の中で髭が似合うとしたらククルガンともう一人、レインの横にいる鬼くらいだろう。




その鬼に聞いてみた。




「なぁ、カグラも似合ってないと思うだろ?」




「どうかな?歳を重ねれば馬鹿に出来なくなるかもしれんぞ」




カグラが笑って言った。


元気そうだが最後に会った時より随分と白髪と皺が増えたように思える。




きっと宛てもなくクロガネを探している影響で...






「シズリさん」






ちょっとだけ悲しい気持ちになったがその気持ちは私の名前を呼ぶ声によってかき消された。


声のした方を向く。




「ヨルア...」




「はい、お久しぶりです。来てくれて本当にありがとうございます」




そう言って彼女は優し気な笑みを浮かべると頭を下げた。




表面上、彼女は変わっていない。


一年前と変わらない表情に、白い服と白い杖だ。




だけど、ただ一つだけ目を引くものが彼女の肩にかかっていた。




それは真っ黒なストール。


白い彼女には明らかに異質なもの。




「ヨ、ヨル...」




「立ち話もなんですし、入りませんか?」




丁寧だが有無を言わせない口調でヨルアが私の手を取る。


そのまま、バーレンの中へと入る。




門をくぐる前にそっとレインが私に耳打ちした。




「後で話したい事がある。悪いが夜は起きててくれ」




多分、ヨルアの事だろうな。


そう予想して、こう答えた。




「この一年で夜更かしには慣れたよ。任せてくれ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る