第62話 援軍

「頑丈な奴だな..」




苦々しくアルガストがいう。


これだけボコボコにしているのに倒れない僕に苛立っているのかもしれない。


心なしか奴の無表情な顔が歪んでいるような気もする。




「ぺっ..」




口の中にたまった血を吐き出して立ち上がる。


この身体じゃなかったらとっくに殴り殺されているだろう。




(落ち着け。考えろ..どうすれば勝てるか..)




未だにアルガストにダメージを与えられていない。


殴っても、蹴ってもブニョブニョした柔らかい身体に受け流される。


槍で刺しても同じこと。ダメージが通ってる様子がない。




(多分、奴の固有魔法だ。それも自分の身体の硬度を変えるような能力..)




受け流す時だけは柔らかく、攻撃する時だけは固くなる。


さらに防御された時は軟化してすり抜け、当たる瞬間だけ硬化する。




(そうだとして、狙うとしたらカウンターか..)




軟化した身体にダメージを与えるのは難しい。逆にアルガストも軟化した身体で攻撃なんて出来ないはずだ。


攻撃時は必ず硬化してくる。そこを狙う。


どれくらいの速度で硬化と軟化が出来るのか分からないから出来るだけ引き付けてから躱す。




出来るか?




いや、違う。やるんだ。


僕には負けられない理由があるんだから。




「ふぅ..」




一息ついて黒い槍をアルガストに向けて構える。ただひたすらアルガストの挙動だけに集中する。




その姿をアルガストは訝しむように見てくるが、しびれを切らしたのか安直に突っ込んできた。




振りかぶられたアルガストの拳が目の前に迫る。動き出したくなる身体を押さえつけ限界まで引きつける。そして鼻先に触れるかというところで身体に力を入れた。




強靭な足腰と身体のバネを使って紙一重で拳を躱す。少しだけ掠って、空を切った一撃によって頬から耳まで線のように切れ、血が飛ぶ。




だが、躱しきった。


槍を突き出してカウンターでアルガストの太ももを刺す。


さっきまでのブニョブニョした感触じゃない。今度こそ肉を突き刺すような抵抗を感じる。


その証拠にずっと変わらなかったアルガストの表情が初めて歪んだ。




「むっ..!」




(通った..!いける!)




そのまま槍を突き入れようと力を込めたが簡単にはやらせてくれない。


直ぐに身体を軟化され、槍を受け流される。




「クソっ!」




ダメージは通ったが浅すぎる。


ちょっと刺さっただけだ。大した傷じゃない。




さらに攻撃しようとアルガストに接近するがその時、




紫の凶刃が飛んできた。




「うっ..!」




不意の一撃をギリギリで回避する。




(今のは..まさか、殿下は!?)




「なーにやってんの、アルガスト?」




呆れた声を上げてフェリアがアルガストの隣に立つ。


片手に大鎌を、もう片方の手で血まみれの殿下を引きずりながら。




(マズい!)




殿下を助けようとフェリアに肉薄したが彼女は冷静に、引きずっている殿下をこっちに投げつけてきた。


そのまま大鎌で殿下ごと突き刺そうとしてくる。




(畜生..!)




咄嗟に殿下を脇に投げて逃がす。幸い殿下がこれ以上傷つくことはなかった。


だが、僕は隙だらけだ。そしてその隙を逃してくれるほど甘い相手じゃない。




刃が僕の肩を貫き、胴体まで斜めに切り裂く。


切られた部分から灼熱の痛みが感じられ血が噴き出す




「うっ!ぐっ..!」




叫びそうになるものの必死で押し殺して殿下を抱えて離れようとする。




「真っ二つにしたつもりだったんだけど..アルガストに傷をつけたのは伊達じゃないわね!」




フェリアは楽しそうに僕を追ってくる。


大きく切られた上、殿下を抱えたままでは逃げきれなかった。




「『蝕食しょくはみの舞』!」




フェリアが殿下を狙って大鎌を振るう。


避けることができず、槍と腕で致命傷だけは防ぐが全ては無理だった。受けそこなった刃が脇腹や二の腕を切りつけ、血が飛び散る。




「ぐうっ..!」




フェリアに足止めされている間にアルガストも追いつき、僕に向かって鋭い蹴りを放つ。


肩にモロに直撃し、傷口をさらに深く抉られる。




「あがっ..!」




意識が飛びかけるほどの痛みが走るが追撃は止まない。続けざまに容赦なくアルガストの拳が僕の胴体に突き刺さる。


殿下と槍は手放さなかったが耐えることはできなかった。ぶっ飛ばされ、閉じられたバーレンの城門を突き破り、城門前の広場に転げ落ちる。




「はぁ..はぁ..」




ヤバい




どうしたら良い?どうすれば、勝てる?




「クロガネ!!」




「殿下!クロガネ!何が起きてるんだ!しっかりしろ!」




その時、誰かに声を掛けられたような気がした。


ヨルアだろうか?伯爵だろうか?


二人ともか?




数人の兵士もいるような気がする。




意識がはっきりしない。頭がフラフラする。




「で、殿下をづれて、ざがって..」




口の中も血でいっぱいでうまく発音できない。


意味が伝わっただろうか?




「駄目です!私も戦いますから!もうこれ以上は..」




立ち上がろうとした僕に白くて綺麗な手が縋るようにかかる。


そっとその手に触れてみると胸の中が暖かくなった。




(良かった..ヨルアの手だ..)




彼女の手を血で汚してしまう事に若干の罪悪感を覚えるが、今はこの温もりに触れていたいと思った。



多分、これで最後だろうから。




目を閉じて僅かな時間そうしていると、壊れた城門から二人の魔人が悠々と歩いて姿を現す。




「アルガストの言う通り頑丈ねぇ..本当に人族なのかしら?」




「もうどうでもいい。終わりにするぞ。そろそろ仕事をしないと」




「はいはい..ちゃんとやるから」




フェリアが僕に大鎌を向ける。

どこまでも楽しそうに。



「僕が時間を稼ぐ!みんな出来るだけバラバラに逃げろ!」




「駄目!止めて、クロガネ!」




ヨルアの手を振りほどいて叫びながら立ち上がる。


その姿にフェリアが称賛するように言った。




「誇っていいわよ、クロガネ。アルガストに傷を負わせたのなんて宰相以外いないんだから。でもここまで..誰一人逃がさないから、安心して死になさい!」




フェリアとアルガストが迫る。僕も槍を握りしめて迎え撃つ。




後ろからヨルアの叫び声が聞こえる。


振り返ることはできなかった。




そして、大鎌の刃が僕の首を落とすように振るわれた時、




僕を庇うように魔人の間に誰かが割って入った。




「『鬼人体術きじんたいじゅつ踏割ふみくだき』!」




割って入ったその人物が足を踏みつけると地面が爆ぜるように砕け、こっちに迫っていた魔人達を都市の外まで吹き飛ばす。




「やれやれ、急いで来てみればいきなり魔人とはな..」




そう呟くとその人は振り返る。


黒髪の長身痩躯の男性で目が薄っすらと赤みがかっている。


知り合いにはこんな人はいない。


だから思わず聞いてしまった。




「だ、誰?」




僕の問いにその人はこう答えた。




「俺か?俺はカグラ。そこで倒れてる王子様の師匠だ、黒い少年」

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