第156話 願うのは
「シズリさん...寝てなかったんですね」
「レインに起きてるよう言われてな。...あなたの事を聞いたよ」
私の返答に彼女は僅かに動揺し、その後、頭を下げた。
「それは、迷惑を掛けてすみません。...戻って休んで下さい。私はもう少しここに居ますから...」
「もう少し?一日中だろ」
そう言うとヨルアは黙って俯いた。
私はそんな彼女に歩み寄る。
「グレイルと...クロガネの墓か」
「......はい」
認めたくないような、諦めるような、微妙な声の揺れを彼女から感じる。だが敢えて言及はせず、墓石に目を向けた。
二人の小さな墓石は手入れが行き届いており、白い花が添えられていた。
月の光に照らされているそれを眺めて呟く。
「覚えているか?」
「何をでしょうか?」
「ここで...あなたが私に言ってくれた事だ。国を、父と母を、ミア姉さまを、全て失った私にあなたが掛けてくれた言葉だよ」
ヨルアが俯いていた顔を上げる。
私と同じように白い花を見て口を開いた。
「忘れませんよ」
「ならば私が言いたい事も分かる筈だ」
白い花からヨルアへと目を移す。
彼女はその視線を受けて、儚げに微笑んだ。
「そんなに死にそうに見えましたか?」
「不安は感じたかな。ニコニコしてるけど食事も取ってなかったし」
「それはうまく喉を通らなくて...食べなくちゃとは思ってるんですけど...」
「無理はしなくて良い。でも父君とレリアナ、キースは安心させてやれ。正直、今のあなたは、ふとした瞬間に死を選びそうだぞ」
そもそもこんな場所で一日中祈ってるとか遠回しな自殺にしか思えない。
死んだらクロガネの近くに行けるとか考えてそうだ。
ヨルアは私の言葉に困ったような顔をして、そして白銀に輝く月を見つめ始めた。
暫くするとヨルアが語り出す。
「夢を...見たんです」
「夢?」
私が聞き返すとヨルアは続けて言う。
「白い人影が何かを必死で私に語り掛けてくる、そんな夢...」
「それは...」
セストリア様なのか?
尋ねた私にヨルアは首を横に振った。
「分かりません。何度やってもセストリア様と繋がる事は出来ませんし、夢もあれ以来見てません。ただ...あの人は誓ってくれたんです。命ある限り、私の元に帰ってくると。だから...帰って来ないのは、つまりそういう事なんです」
「...」
「そして...それでも私は待ち続けるんです。それが私なりの正しさ、私が決めた私なりの自分勝手なんです」
彼女の目から涙が溢れた。
ただ、一人を想いながら。
彼女は泣きながら笑っていた。
「だから死にません。生きます。あの人が残してくれた命と時間で...最後まで...願って...」
彼女が言い終える前に私は、蒼い炎を墓地に灯した。
唐突な私の行動にヨルアが疑問の声を上げる。
「シズリさん?」
「ふっ、墓場で蒼い炎は、ちょっとしたホラーだな。誤解されないようモニカも炎を出してくれるか」
私が墓地の入口に呼び掛けると炎を纏った獣が現れる。
私の蒼い炎より格段に明るい紅い炎が周囲を照らす。
「えっ...」
「ヨルアさん、冷たい!ささっ、どうぞあたしの身体で温まって下さい!」
照らし終えたモニカは、ヨルアの傍にくると自身の身体を寄せ、彼女の手や腰に頭や鬣を擦りつける。
「みんなも出て来いよ」
さらに私が呼びかけると、カルミラに引き摺られたククルガンとセリル、レイン達も墓地へと入ってくる。
「この馬鹿ども!ヨルアを励ますって言われてたのに馬鹿みたいに飲んで!ホントに寝る所だったのよ!」
「いや、もう寝てるじゃろ。気持ち良さそうじゃな...」
サクヤが泥酔している二人を指でつつく。
酔っぱらっている二人は身動ぎしただけで起きる気配がない。
「あーもう...ごめんなさい、ヨルアさん」
モニカが身体を寄せながらヨルアに謝罪する。
それを受けながらヨルアは呆然として墓地に居るみんなに聞いた。
「いえ...あの皆さん...」
「俺達も待つよ」
レインが答える。
「あいつが戻ってくるのを待ち続ける。願い続けるとも」
私も続けて言った。
「待つことを止めろなんて言わないさ。あなたは願っていいんだ。でも一人で待つ事はない」
「あっ...」
彼女が言葉に詰まると最後の一人、白い角の魔人が墓地に入ってくる。
「お父さん...」
「...」
彼はゆっくりとヨルアへと歩み寄る。
「ヨルア...私は...」
「ううん...心配してくれてありがとう、お父さん...もう大丈夫です。私は、一人じゃない」
「そうか...」
「はい!」
彼女は微笑みを父に向ける。
それを見たヨルギスは、安心したような表情になった。
「フゴッ!」
「んんっ...朝だ...」
「夜よ!」
寝ていたセリルとククルガンも起き出す。
まだ寝惚けているセリルが呟いた言葉にカルミラのツッコミが飛んだ。
辺りが和やかな笑いに包まれる。
その時、音がした。
「んっ?」
何かが堕ちて地面にぶつかるような音。
それが遠くの方で聞こえた。
そしてバーレンの城門付近がにわかに騒がしくなっている。
「なんだ?」
「...行ってみよう。問題かもしれん」
「こんな日に面倒じゃな」
「兄さん立って!」
「ま、待って...足元フラつく...」
「流石に飲み過ぎたぜ...」
「いいからいくのよ、酔っぱらい!」
私はヨルア達に顔を向ける。
「行ってみようか?」
「そうですね。お父さんも何かあったら治療をお願いします」
「ああ、任せてくれ」
そうして私達は城門へと向かう。
門の前では、見張りと思われる兵士が慌ただしくしていた。
「どうした?」
「へ、陛下!このような場所に...」
レインが一人の兵士に声を掛けると驚いたように畏まるが彼はそれをやめさせた。
「そういうのはいい。なにがあったか教えてくれ」
「!先ほど城門の外に空から何かが堕ちて来まして...警戒をしている所です!」
「何かだと。確認は出来たのか?」
「いえ...!何分薄暗くはっきりとは...」
ギギッ
兵士が報告を終えるのと同時にバーレンの城門が軋んだ。
まるで誰かが外から開けて入って来ようとしているみたいだ。
私達は警戒しながら開けられていく門へと意識を向ける。
徐々に門が開けられ、外から押している人物の姿が月明かりに照らされ露になる。
ボロボロになった黒い服、
肩まで伸びた黒い髪、
随分とみすぼらしい姿になってしまったがそれが誰か一瞬で分かった。
それは――
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