第158話 再構成

「あなたが...」




ヨルア達の居る世界を作った神様。


メイヅキがあれだけ守ろうとした存在。




セストリア様は微笑んで頷くと僕に向けて手をかざした。


彼女の手から白銀の光が放たれ暖かい力が僕を包む。




暫くすると光は弱まり、セストリア様は手を下ろして言った。




「命は取り留めましたがいきなり全快とはいきませんね...もどかしいでしょうがもう少し我慢して下さい。必ず治してみせますから」




「い、いえ...あの...星は...?ヨルア達はどうなりましたか...メイヅキは...」




僕はセストリア様に尋ねる。


だがそれに答えたのは彼女ではなかった。




《星もヨルア達も無事だ。隕石は既に軌道を逸れ、宇宙の彼方へと消えた。あの怪物も木っ端微塵に吹き飛び、死亡したのを確認した。安心しろ》




聞き覚えのある機械音声が僕の質問に答える。


記憶を探り当て、彼の名前を呼んだ。




「...イグナル?」




《そうだ。よく帰ってきた、クロガネ》




名前を聞くと機械音声がそれを肯定する。


良かった。ヨルア達は無事なのか。




でも、




「メイヅキは...」




《...》




イグナルは、今度は何も答えない。


それが十分過ぎる答えになっていた。




分かっていた事だ。


あんな力の衝撃を至近距離から受けて生きていられる筈がない。


だけど僕が生きてるんだし淡い期待を抱いてしまったんだ。




あいつも生きてるんじゃないかって。




「...そうか」




僕は察して呟く。


イグナルもそれに合わせて言った。




《あの時話した通りだ。きっといつか...遥か先の未来で、だ》




「そうだね...あれ、でもじゃあ何で僕は生きてるの?」




隕石から這い出てきたタコの化物に最後の一撃を与えた瞬間、僕は魔力も何もかも使い切った。


生身で宇宙空間に放り出されたらいくらこの身体でも生きていられる訳がない。




「それに関して説明しましょう。立てますか?」




「も、もち...」




手をついて立ち上がろうとしたが上手くいかず、盛大に滑って転んだ。




「クロガネ!」




すぐにセストリア様が助け起こしてくれるがどうにも身体がおかしい。


イメージしている動きに身体がついていかない。


まるで生まれたばかりみたいだ。




「ご、ごめんなさい...」




「いえ。自力で歩くのはまだ無理そうですね」




セストリア様がそう言うと何処からかメタリックな球体が飛んできて僕の脇を漂う。




《私に掴まれ》




球体からイグナルの声がして彼の分体に掴まる。




「こちら側は私が」




セストリアが反対側を持ち、彼女らに肩を貸して貰い、どうにか立ち上がる。


そして殆ど引き摺られながら部屋を出た。




移動中、記憶にある通路を通る。


よく分からない機械や複雑な配線が伸びた通路だ。




「ここは...」




「月の中ですよ。さぁ、この部屋へ」




ある部屋の前で立ち止まると、自動で扉が開く。


入ると清潔でそこそこ広い室内にベッドや色んな器具が置かれていた。


ベッドまで運んで貰い、そこに腰掛ける。




「横になりますか?」




「いえ、先にお話がしたいです。何があったのかとか...諸々の事を」




「分かりました。では...」




セストリア様は椅子を持ってくると僕の対面に座る。


そして静かに話し始めた。




「私はヨルアによって目覚めた後、力を奪われ、この月に封じられました。かつて私がメイヅキにやった事を返された訳ですね。そしてその封印は、彼の...消滅に合わせて消えました」




消滅という言葉を使う時、セストリア様は若干言いにくそうな雰囲気を出した。


それでも言い切って先を続ける。




「解放された私は、現状の説明をイグナルから受けました。隕石から這い出てきた怪物の事、あなたがそれを倒す為に残った事を...私は直ぐにあなたの救助に向かいました。生きてるのは分かっていましたから」




「何故...どうしてそんなはっきりと...」




「あなたに私の力を渡してあったからです。ローグラントの王都でベルゼウスと戦った後、ヨルアがあなたを治しましたよね?」




ローグラント...王都...


その言葉で僕の頭の中の記憶が甦る。




(確か...ヨルアに好きだって言って...意識が飛んで...その後、白く輝く人影が見えたような...)




「あれはあなただったんですか?」




ぼくの言葉にセストリア様が頷く。




「あの時、偶然にもヨルアが『創造』の力を引き出してくれたおかげで私はあなたに力を渡せました。...本当は何か計画しているメイヅキを止める為の助けになればと思ったのですが...」




セストリア様はそこで言葉を切り、俯いて下を見つめた。迷うように言葉を吐き出す。




「...正直、メイヅキにはずっと恨まれていると思っていました。彼をこの星に彼を縛り付けたのは私ですから。だから...その...とうとう愛想を尽かされて...彼はこの星を捨てるつもりなんだとばかり...」




「そんなことはない!」




それだけは絶対にない。


メイヅキは、ずっとセストリア様と彼女の創ったこの世界を守ってきた。




今回の事は力が及ばなかったからセストリア様とこの世界の命を天秤に掛け、セストリア様を選んだに過ぎない。


もしも自分の命と引き換えに星も救えたのなら、あいつは躊躇なくそれをしただろう。




だって...僕にはそうしてくれたのだから。




「あなたの言う通りです...メイヅキは...ずっと星を守ってくれた...私を守ってくれた...そんな彼を...私は...信じる事が出来なかった...」




セストリア様は一言一言を迷いながら吐き出す。


とても「神様」とは思えないほど後悔を滲ませながら。




「ごめんなさい...話を戻します。私達は、託した力を辿って宇宙を漂うあなたを発見出来ました。見つけた時のあなたは、右手がなくなっていて、身体も膨張して破裂寸前、内臓も幾つか機能を停止してましたが、それでも死んではいませんでした」




《頑丈な身体のおかげだ。とはいえ危ない状態ではあった》




球体からイグナルの機械音声がする。


セストリア様はそんなイグナルを軽く撫でて言った。




「ですから時間をかけて身体を再構成する事にしたのです」




「再構成...?」




「はい。下手な再生は膨張した身体を破裂させかねなかったですし、それが最善だと判断しました」




「そうですか...えっと...時間を掛けてってどれぐらい...」




《だいたい一年ほどだ》




一年。


その言葉に僕は腰掛けていたベッドから立ち上がろうとしてまた転んだ。




「だ、大丈夫ですか!」




セストリア様が焦ったように叫んで支えてくれるがそれどころかではない。




「戻らないと...!ヨルアの所に...!」




生きてる限り彼女の元に帰ると誓ったんだ。


だから...




「落ち着いて...!まだ身体は万全じゃないんです」




《そうだ。それに今は地上に戻るエネルギーもない。少し待て》




「えっ...?」




イグナルの言葉に僕の身体が固まる。


彼は続けて言った。




《この一年、セストリア様は力の殆どを君の身体の再構成に使ってしまった。私のエネルギーも今はこの月の基地を稼働させる最低限しか残ってない》




「そ、そんな...それじゃあ...」




「安心して下さい。体調を整えてる間に転移のエネルギーは溜まります。それまでもう少し耐えて下さい。お願いします」




セストリア様はそう言って僕をベッドに戻し、頭を下げた。

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