第159話 与えられたもの
体調が元に戻るまで、それと地上への転移のエネルギーが溜まるまで、セストリア様が月での生活をサポートしてくれた。
最初は上手く立つことも出来ず食事もままならなかったが、生活していくうちに身体も慣れてきた。
少なくとも地上に戻っていきなりすっ転んだりはしないだろう。
そして、僕が地上に戻る時がやって来た。
隕石の元へ行く時に使った転移部屋でイグナルの準備が整う間、セストリア様と最後の会話をする。
「もう...大丈夫そうですね」
「はい、ありがとうございました。セストリア様のおかげで僕は...」
「いいえ、お礼を言うのは私の方です。あなたのおかげで星は救われました」
セストリア様は微笑んで言う。
だけどその顔はちょっとだけ寂しそうだった。
僕は彼女に聞いてみる。
「...これからどうするつもりですか?」
「...」
セストリア様はその質問に俯いた後、遠くを見つめる。
そして、小さな声で言った。
「もしも許されるなら、私はこれから先の人種族を見守りたい。そして...待ち続けたい」
誰を?、とは聞かなかった。それが誰かはもう分かっている。
セストリア様は続けて言った。
「都合の良い話なのは分かっています。私は肝心な時に何も出来ず、全て彼と人に押し付けてしまった...」
彼女は力なく笑うと呟いた。
「本当は、もう消えた方が良いのかもしれませんね...人種族は既に自分の足で立って歩いているのですから。不完全な
「それでいいんです」
「えっ...?」
僕の言葉にセストリア様が遠くを見つめていた目を僕へと向ける。
その目を見返して告げた。
「完璧じゃなくたっていい、不完全でいい」
「あ...」
「見守って下さい。あなたが創って、あいつが守ってくれた「命」が何よりも強く輝く所を。どんな歩き方だって、いつか必ずあなたの元に帰ってくるあいつと一緒に」
僕は自分の手を見て、ギュッと握った。
「その為の身体が僕には与えられているんですから」
メイヅキ
お前がやったことが正しかったとも間違っていたとも言わない。
ただ一つ確かな事は、この命も身体もお前が与えてくれたものだ。
だから、僕は精一杯生きるよ。
生きて、輝くんだ。
遥か先の未来で帰ってくる、お前にも見て貰えるように。
与えられたものに報いる為に。
「...」
セストリア様は、無言で僕に近づくとそっと抱き締めてくれた。
それは、これから先の未来へ向かう僕への手向け。
僕は目を閉じてそれを受け入れた。
暫くそうしているとイグナルの声が聞こえた。
《エネルギーが溜まった。いつでも戻れるぞ》
それを聞いたセストリア様は僕から離れる。
そして輝かんばかりの笑顔で言ってくれた。
「見守っていますからね...!あなた達が輝く所を...!メイヅキと一緒に...!」
「ありがとうございます、セストリア様......いってきます!」
「...いってらっしゃい!」
僕が立っていた床が青白く光り、視界がぼやける。
転移の合図だ。
「さようなら、
そんなセストリア様の言葉が最後に聞こえた。
◆
転移時のぼやけた視界が晴れる。
どうやら地上は夜みたいで、夜空の中にさっきまで居た月が白銀の光を放ちながら僕の前に浮かんでいた。
「あれっ...!?」
と言うかなんか月が近くないか?
まるで上空みたいな...
「うおおっ...!」
身体が引っ張られるように落下していく。
まるでじゃなくて本当に上空だった。
手を伸ばすが、当然空中に掴まるものなどあるはずもなく落ちていく。
魔力があれば空も飛べたが生憎、僕の身体には残ってない。
(エネルギー不足か...!?だけど僕の身体は元に戻ってる...これくらい問題なし!)
上空で体勢を整え、迫ってくる大地を見る。そして誰も居ないのをよく確認してそのまま地面に衝突した。
一年振りの地面の感触を全身で感じる。それは帰って来れた事を実感させてくれた。
「ヨルア...!」
感触を確かめた後は、もっとも会いたい人の名前を口に出す。
彼女が待っていてくれるとしたら、きっとバーレンだろう。
土を払って、衝突で出来た穴から飛び出す。
(どこら辺に堕ち...あっ!)
周囲を見ると見慣れた城門が見えた。僕は一目散にその門の前に向かう。
見張りの兵士はいたが僕の姿を見ても何も言わなかった。
一年で髪も伸びたし、服もボロボロにしてしまったが僕だと分かってくれたんだろう。
閉じられた門に手を当てて、力を入れる。
ギギっという音がして徐々に門が開いていく。
その先には、
みんなが居た。
「ただいま」
僕は告げながらみんなの元に歩いていく。
そして彼らの中からも僕に向かって飛び出してくる人影があった。
この命ある限りこの人の元に帰ってくると誓った人。
死ぬまで何度でも想う、白い髪の愛しい人。
僕の輝き。
「おかえりなさい...!スミヒト...!」
胸に飛び込んできた彼女を受け止め、抱き締める。
そしてそのまま、彼女に応えた。
「ただいま...ヨルア」
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