第42話 彼女の人生

「幼い頃、私は母と二人でこの国の北にあった山奥の村に住んでいました」




傍にあったベンチに腰かけ、ヨルアが自分のことを喋り始めた。




「魔人族の私たちがそこに住んでいた理由は分かりません。母は最期まで何も言わなかったですから」




最後まで




その言葉が僕の頭に嫌な想像をさせる。


きっとヨルアのお母さんはもう..




「クロガネは魔人族が他の国の人々からどう思われているか知っていますか?」




「うん..その、いろんな国で良く思われていないよね..」




「はい。嫌われています」




オブラートに包もうとした僕を拒むようにはっきりと断言する。


きっと彼女が一番よく分かってるんだ。


魔人族のことは。




「日々の暮らしは大変でしたがなんとか生きていくことができました。村の方達が助けてくれましたから。でも..ある日、母が病気になりました。元々、身体が強くなかったんです。私は村の方達に助けを求めました。きっと..それがいけなかったんです」




ヨルアの横顔は後悔に歪んでいる。


もう取り返せない自分の過ちを悔やむように。




「弱っていた母は魔人の角を隠すことができませんでした。私達は直ぐに魔人族とバレて村を追われ、母は山から下りる途中で力尽きました」




彼女の遠くを見る目は何を見ているんだろう?


泣きそうな目をしているのに話すのを止めないのは何故なんだろう?




「私は母を埋葬して、麓の街を目指しました。始めて冒険者になったのはその街ですね。母から魔法は教わっていましたし、魔人族ですから魔法が得意でしたので魔法使いになりました。そこでは大変なこともありましたけど仲間もできて..楽しかった、楽しかったんです」




自嘲するように笑う。




もう止めてくれ。君のそんな顔は見たくない。


なのに、どうして僕は何も言えない?




「楽しくて、やり過ぎてしまったんです。魔人族にしか出来ないような魔法の使い方をしてしまいました。当然、パーティーを組んでいた人達には気づかれました。急によそよそしくなったかと思うと襲われて、角を折られました」




頭に手を当てて折れた角を軽く撫でる。


顔は笑っているがその目はドロドロとしていて暗い。




「魔人の角は外部への放出機関..人にとっての杖なので折られるとうまく魔法が使えなくなります。そのまま捕まって、娼館に売られかけました。でもそこから逃げて、バーレンまで逃げてグレイルさん達と出会いました。後は大樹海であなたに会うまでバーレンで暮らしていました」




僕を見る。


何処までも暗い瞳で。




「これが私の人生です」




何も知らなかった自分を、何も言えない自分を、




殴り殺したくなった。

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