第12話 邂逅
忘れられた存在になったあの日から、トネール先生は
先生との居残り授業と思われているだけなら誰も気にも留めないので、相手のいないオレにとってはとても心強く頼りになる人だった。
こうして忘れられた者として教室で過ごしていたある日のことだ。この日は先生に声をかけられず、寮に帰るだけの日だったのだが、どういうわけかクラスのみんなが一斉に教室からいなくなっていた。
いつもならシーク・マードレという存在を気にせずに遅くまで教室に残っているのに、この日はまるで何かが起きるかのような予感がしたのか、一斉に教室から姿を消していたのだ。
「な、何だ……? 何が起ころうとしている?」
誰もいない教室で思わず独り言を呟いたが、室内は静まり返ったままだ。実はみんな一斉に、空間転移を使って別の場所にでも移動したのだろうか。そういうことなら、いつもどおりの光景だと再認識出来る。だがこの認識はすぐに破られることになった。誰もいない教室で自分の席に座っていても仕方が無いと立ち上がろうとした――そんな時だ。
ドンッ! という激しい音と同時に、教室の壁が崩れ出した――ように見えたかと思えば、その壁をすり抜けて来たのかと勘違いしそうな壁際に、見知らぬ女子が立っていたのだ。
しかも既に不機嫌そうな表情を見せる女子は、腕組みをしてオレを睨みつけながら迫って来る。驚いたのはそれだけでなく、銀色の長い髪が眩い光で煌々と輝いているように見えてしまったのだ。
瞳の色も鮮やかな藍色をしていて、思わず見惚れそうになった。
「えっと、ここへは何の用で?」
適当な言葉も出て来なかったので、ごく自然に尋ねた。
「――おい、お前! 今すぐアタシと勝負をしろ!! 約束を忘れたなんて言わせないぞ? どうなんだ、シーク!!」
そんな彼女は威勢よく誰かの椅子に片足を乗せ、オレに向かって指を指しながら名前を呼んで来た。この子のことは知らないが、学院の中でオレの名前は有名になっているようだ。
しかし約束と言われても、初めて出会った女子で間違いないし、忘れたと言われても皆目見当がつかない。勝負とは一体何をすればいいのだろうか。
彼女が現れた壁にふと目をやると、まるで何事も無かったかのようにひび一つ入っていない。もしかして、まやかしの魔術によるものなのか。
「シークはオレだけど、君は一体……? 会ったことは無いはずなんだけど、誰かと間違えているのでは?」
「……ふん、この期に及んで、まだ隠者を続けているのか?」
――今なんて言ったんだ。まさか隠者と言ったのか。このことは、担任であるトネール先生しか知らないはず。同じクラスでも無い彼女から、この言葉が飛び出すなんてどういうことなんだ。目立たず過ごすことを知っているのは、間違いなくロンティーダ魔術学院の関係者だけのはず。
誰なんだ、この子は。
「な、何のことだ? 君は誰だ? 名前は――」
「やはり何も憶えていないのか? それなら聞いてやる。お前は何の為に、この魔術学院に入って来た? 何もするつもりが無いなら、魔術学院に来る意味も無いはずだ!! 答えろ、シーク!」
「く、くぅぅっ、苦し……」
制服の胸元を掴んで来た彼女の顔が、間近にまで迫って来た。藍色の瞳が星のように輝いて見えるのは気のせいだろうか。それに、何て答えればこの子は引き下がってくれるのか。
魔術学院に来たのは養父母に育てられた恩返しというわけでも無く、そうかと言って養父の言うことを忠実に従って、隠者のように過ごしたいわけでも無い。
何の為にと言われると答えに困るが、だったらどうして義務でも無いのにオレはロンティーダ魔術学院を受けて入ろうとしたのか。どう答えればいいのかまだ分からないが、彼女から感じられた輝きを見て、出て来た言葉は――
「オレは……シーク・マードレは、星を探しに来た。星に導かれた気がしたからここに入ったんだ」
「ふ、ふん。最初からそう言えば良かったんだ! アタシは、お前を見逃さないし忘れない。いいか? アタシのことも探しに来いよ? 約束だ! じゃあまたな、シーク」
「え、ちょっと――!?」
引き留めようとしたが、既に目の前から彼女はいなくなっていた。名前も聞けなかったし、どうしてオレのことを知っていたのか聞き出すことが出来なかった。しかし星を探しに来たと言った時の彼女の嬉しそうな表情は、とても綺麗に思えた。
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