第5話 悠久の刻
荒れ果てた城に居着いてから、数年が経った。
数年と言ってもはっきりとした年数など分からない。せいぜい、窓に映る自分の姿が年老いていくのを確かめているに過ぎないだけだ。
それにしても荒城とはいえ、この城の規模を見るにかつてはどこかの国だったことが窺い知れた。痕跡こそほとんど残っていなかったが、見知らぬ人間がこの城を訪れることが多々あったからだ。
追っ手というわけでは無く、冒険者と呼ばれる者たちが城へやって来るばかりだった。財宝が眠っている、はたまた掘り出し物でも放置されている――とでも思った程度だろう。
「――冒険者がここに何用で来た?」
「ひ、ひぃっ!? そんな、ここは無人の城じゃないのかっ!」
「静かに退けば何もせぬ。さっさと立ち去れ!!」
冒険者の来訪が後を絶たない。それらを締め出すように、外への門や扉といった至る所に釘を打ち、来客を拒むように全てを閉ざす。
オレは荒城の中で長いこと人間と会わずに過ごしていた。城にあった書物は全て読み漁り、言葉を発することもない。そのせいか人間に対する言葉遣いに気を遣うことが無くすっかりと賢者の面影を失い、言葉すらも容易に出て来なくなっていた。
「あぁぁ……おうぅ……」
人間との関わりを避けた生活をしているのは、賢者では無く隠者。生きるために必死に逃げ込み、たどり着いた荒城での隠遁生活は、最早俗世とはかけ離れたものだった。
これではいくら彼女のことを記憶していたとしても、彼女からは憐れんだ目しか注がれない。
「――らしくないぞ、シーク」と言われていたあの日を懐かしむ。そんなことを思い出しながら、ステラ・フェアシュという友と会えぬことを憂いて、この日から長い病に伏してしまった。
――俗世から離れて更に数十年が過ぎた。使うことのない魔力と精霊力を眠らせながら、そんなに長くないことを悟り声を発した。
「ああ、結局会えずじまいだった……」
隠者として過ごすと決めていたが、初めの内はやはり人間に会い、話をすることの大切さを噛みしめようと周辺の村や町に出向いたりもしていた。だが魔物に襲われていた村人を助けてもその度に恐れられ、話をしようにも上手く言葉が出せなかった。
それ以後は更に固く門を閉ざし、隠遁生活を送るしか道は残されていなかったのである。
「ステラ・フェアシュ……星を見たところで、君に会えるわけでは無かったか」
夜空に浮かぶ月と星を眺めながら、オレは寿命を終えて長い眠りについた。
――それから数百年が過ぎ去った、ある冬の日のこと。
魔物も人も寄り付かない荒れた地に佇む城は、すっかりと朽ち果てたものとなっていた。そんな城をめがけ、灰褐色の外套に身を包んだ複数の何者かがゆっくりと近付く。
地面を踏みしめる歩幅から測るに、その者らの体躯はとても華奢で弱さを表すものだった。
「――こんな朽ちた城に眠っているというのか? らしくない奴め」
「フェアシュさま。この城が?」
「そのようだ。ディエン、アタシは一人で向かう。お前はここで待て」
「お気を付けて」
少女の一人がそう呟くと、固く閉ざされた城門をこじ開け城の中へと突き進む。もう一人は辺りの様子を窺いながらその場に留まった。城に入った少女は、まるで場所が分かっているかのように頂上にある部屋に足を踏み入れた。棺を見つけて近付き、少女は悲痛な声を上げる。
「あぁ、シーク。シーク……独りにさせてすまなかった。だが安心しろ! 今のアタシに残された最後の星の力。これを使って、生まれ変わらせてやるからな!」
永遠の眠りについた男の顔に向かって少女は手をかざす。手の平からは無数の光が発せられ、光はそのまま彼の全身を包み出した。
彼の肉体は眩い光に包まれ出すと、すぐに肉体の再生を始めた。その体はみるみるうちに縮まり、あっという間に少年の姿へと変化していた。
「――はぁっ、はぁ……、後はお前次第だぞ、シーク」
少女がかざした光はすぐに収まり、消えぬまま息を切らせた少女の全身へと戻って行く。
「最後に星の力をお前の為に使えて、本当に良かった。これでアタシもお前もやり直しが出来る」
少女はやり切った表情を浮かべながら、棺の中で眠る男に向けて精一杯の声を張り上げた。
「さぁ、起きろシーク・エイルド! いい加減目を覚ませ! フフ。もっとも、お前が目覚めたその時には、記憶の代償が発動するだろうがな」
微睡の中で誰かがシークだった者を呼んでいる。既に肉体も魂も、活動は停止しているはずなのにだ。だがどういうわけか眠りについた前よりも全身が軽く、魔力も格段に上がっている気さえしていたのだ。
隠者となり荒城に住み着いてから数年以上が経ち、俗世から離れた彼を待ち受けていたのは隠者への恐れだった。その後は棺の中で病に伏し、永遠の眠りについていたのだが――
「シーク! シーク・エイルド!!」
誰か分からないが、ずっと彼の名を叫び続けているようだ。聞こえるのは少女の声のようだが、少女に知り合いなどいるはずもない。棺の中に沈ませた体を揺らしながら、彼はゆっくりと目を開けた。
天井は眠る前と変わらず、薄汚れた壁が視界に飛び込んで来る。
同じ場所に眠っていたことを確認し体を起こすと、まるで自分の体じゃないみたいに軽く全く重さを感じない。やせ細ってしまったからというわけでは無く、全身が別の体に生まれ変わったような感じを受けたのだ。
「――! えっ!?」
上半身を起こすと、すぐ目の前には見知らぬ少女が立っていた。オレをじっと眺めているが、全く覚えがない子だ。齢にして九つくらいだろうか。
色濃い外套を深々と着ているせいか髪色までは分からないが、瞳の色は澄んだ藍色のようにも見えている。
「あ、あの……君は誰――?」
誰かに声をかけるのも何年ぶりだろうか。自分の声じゃないみたいに、幼い感じを受けた。少女に声をかけたまでは良かったが、少女はオレを見つめるだけで声を発してくれない。
棺の中に体を残したままでは少女の顔が良く見えない。そう思って立ち上がってみせると、少女は何も言わずに、土埃がこびりついた窓に向かって指差した。
「窓? 窓の外を見ればいいの?」
どうやら空を見ろということらしく、オレは部屋の奥にある窓に向かって足を動かした。部屋を見回しながら進むと、床にはあちこちに穴が開いていて足下がおぼつかない。どうやら老朽化が著しく進んでしまったようだ。
動揺しつつ窓の前に立つと、そこには満天の星空が広がっている。不思議なことに、満月の光よりも無数の星の輝きの方が光を多く放っていたのだ。
星を見たところで何かが変わったわけでは無く何かを思い出すでも無かったが、もしかしてこれを見せようとしてくれたのだろうか。そう思って少女が立っていた所に目をやると、少女の姿がどこにも見当たらなかった。
どこにも隠れようのない部屋にもかかわらず、いた形跡すらも感じられない。それでも探そうとしたその時だった。月明りで反射した窓に、あの少女とさほど変わらない歳の少年が映し出されたのだ。
「子供――? まさかこれは……」
立ち上がってからオレはまだ一度も落ち着いて自分の姿を見ていなかったが、顔を触るとすべすべな感触に加え、手と足は軽快に動くといった、信じられない事実が待ち受けていた。
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