第4話 星の導き

「はははっ! 無い、それは無いな。そもそもオレを王に薦めたのは、ステラだったはずだ」

「ふふっ、よく分かっているじゃないか! アタシは王ってガラじゃないし務まらない。お前に勝てることは何も無いのだからな! お前の方こそさっさと王になるべき男だった」

「おい、過去形は止せ。処刑が近いのは分かっているとはいえ、今のオレにはきついぞ」


 減らず口はお互い様のようだ。彼女の立場がどうなっているか気になる所ではあるが、恐らく時間が無いのだろう。


「――すまない、シーク。近く、お前は国王の前で罪人として処刑されてしまうんだ」

「国王? グランディールは王がいなかったはずだ。まさか――」

「……あぁ、アタシが国王にされてしまうんだ。笑えないだろう? ――だが処刑を決めたのはアタシじゃない! 奴らが勝手にアタシを、国の英雄である賢者を、王に仕立て上げただけだ! こんなことで国そのものが変わるわけが無い!! それにアタシも所詮、見せかけの王に過ぎないんだ……」


 彼女は納得の出来ない事象に対し声を荒らげた。予想していた通り、ステラは本人の意思とは別に国王にされてしまったようだ。到底納得の行くものでは無かったのだろう。


 それにしても腑に落ちないことだ。王などいなくともグランディールは統制の取れた国として成り立っていたのに、何故こんなことを引き起こしたのか。


「落ち着け。奴らってのは、衛兵のことか?」

「ああ。衛兵長を名乗るドレヒスという男だ。だが衛兵だけじゃない。古くからグランディールに住む奴らが、今まで燻っていた声を急に上げだしたんだ。どうして平和を楽しめないのか、アタシは理解に苦しむ」


 捕らえた男がそう名乗っていたが、あの男こそが主犯だった。平和を楽しむ――これには宮殿でのじゃれ合いも含まれているのだろうが、彼女の嘆きは恐らく民衆による言い争いのことを指しているのだろう。


 彼女にとって平和とは、歪むことの無い世界を表わしている。そのことに悩みながらも、こうして会いに来てくれたことに感謝しか芽生えない。


「オレもそう思う。だが精霊も魔力も封じられたオレでは、最早どうすることも――」

「どうにかして出してやる! その為にここに来た! アタシの言っていることの意味が分かるか?」


 さすがに国王となった自分の目の前で友が処刑されるのを、黙って見過ごせるわけが無いとオレ自身は思っていたが、王自ら脱獄の手引きとは驚きだ。


「しかしどうやって? 君も気付いていると思うが、その鉄格子には呪術が――」


 星の加護があるとはいえ、鉄格子に触れてしまえば彼女とて無事では済まない。


「シーク。壁から離れていろ! すぐに済む」


 彼女に言われるがままオレは壁から離れ、近づきたくも無い鉄格子の傍に控えた。――その直後のことだった。彼女が放った風の衝撃魔法で、土壁にもの凄い大きな穴を開けていたのだ。


 地上が見える穴からは月の光が眩しいほどに輝いていて、外に出られることを思わず待ちわびた。


 そして、ようやく空を見上げる日が訪れる。


「――外……なのか?」

「どうだ! 星も月も見えるだろ? その穴なら出られるはずだ!」

「しかしどうやったんだ? ここは相当地下深いはずだぞ」

「長い時間をかけて宮殿を調べ上げた。この地下牢がどこにあって、どこから出られるのかをだ。それにあの外壁が決め手となったんだ。アタシを見誤るなよシーク! 政治は苦手でも、作戦を練るのは得意だったんだからな!」

「外壁……? あぁ、手つかずの白銀か!」


 戦いの前には念入りに準備をして挑む――それが賢者ステラ・フェアシュの能力でもあったことを思い出した。きっと彼女はオレが地下牢に幽閉されてから、かなりの時間をかけてこの時を待ちわびていたに違いない。


 外の様子を見るに、宮殿の裏に通じる奥深い森に繋がっているようだ。


「ありがとうな、ステラ! おかげで処刑を免れそうだ。少しすれば魔力も戻るはずだ。これなら追手が来たとしても捕まることは無い」

「……シーク。出て行く前に、アタシと約束してくれないか?」

「改まってどうした? 君らしくない」

「ふふふっ、いつかの返事返しか。まぁ、いい。シーク。お前がもしアタシを忘れそうになったら、星を眺めて思い出せ! 星空の下には、必ずアタシという星がいるってことをな」


 彼女らしくないことを言い出した。まるで永遠の別れを告げられているようだ。彼女の名前であるステラには星という意味が込められている。だからこそ星の力に守られてもいるのだが。


「ステラと呼べば一瞬で駆けつけるのか?」

「茶化すなよ、シーク。とにかくこの先何十年、何百年が経とうとも、アタシはお前を憶えておく。そしていつの日か――再会が叶った時には、アタシの名前を呼べ! お前もいいな、約束だぞ?」


 彼女はどうやら本気のようだ。確かにここを出て再会出来るとは限らない。しかし何より彼女の身の安全も気にかかる。このまま脱出していいものか悩むが、そうでなければ処刑待ったなしだ。


 彼女のことを忘れるわけが無いが、星に誓って約束すれば忘れることは無い。


「分かった、約束する。忘れそうになったら、星空を見上げて思い出す。それでいいんだな?」

「――それでこそ、シークだな。よし、決めたのならさっさと行け! さすがに外壁に穴を開ければ気付かれる。直に奴らが来るはずだ」


 彼女の言う通り、外からは笛の音と多数の足音が響いている。じきにここへやって来るだろう。残された彼女が心配ではあるが、国王として祭り上げている以上は王に対して下手な真似はしないはずだ。


「ステラ・フェアシュ! それじゃあ、オレは行くよ」

「賢者シーク・エイルド! アタシの為に長生きしろよ」

「君もな!」


 彼女が開けた地上への穴に向かって、オレは勢いよく飛び出した。夜明け前の森は暗く生い茂っているが、月明りがこれから進む道を照らしているかのように明るさを見せていた。


 どれほどぶりか分からないが、ようやく外に出ることが出来た。なるべく遠く追っ手が届かない所を目指し、オレは前へ走り出した。


 ――これが賢者ステラ・フェアシュと、今生の別れになるということも知らずに。


 グランディール宮殿の森を抜けたオレは、人里をなるべく避けながらどこか落ち着ける場所を探し求め続けた。これは今まで長いこと幽閉され足腰が弱まっていたこともあり、思う様に進めなかったというのが関係している。


 身体能力は低下していたが、自然を浴びたことで精霊を呼ぶのに苦労は無く、道中に襲って来た獣や魔物相手には苦労することが無かった。精霊だけではなく、自分には高度な魔法も備わっていたので使いまくっていたのだが――


「黒き獣を穿て! 氷魔法【ピアース・ヘイル】!」


 魔物相手だけならそれで何とかなると思っていた所に、偶然にも旅の人間や小さな村の人間がその場に居合わせた。オレから放たれた見たことの無い魔法を目の当たりにしたことで畏怖を抱かせてしまい、出会う度に避けられることになってしまった。


「――ひ、ひぃっ!? た、助けて! い、命ばかりはっ!!」


 地下牢から着の身着のまま飛び出し遠くまで来たことで、周りの環境に気付く余裕が無かっただけに、いつの間にか人間たちからも恐れられる存在となっていた。


 髪の毛も髭も全く整えられぬまま見知らぬ地にたどり着いたというのに、どうしてこうも上手く行かないのか。


 更に厳しさを増したのが、小さな村や大きな町に至るまで立ち入りを拒まれたことだ。これでは落ち着くどころか、グランディールとは別に追われる運命を背負いかねない。


 そうなる前にどこか洞窟に入って、髪と髭を切るしか手は無いだろう。人からも逃れ、魔物を退けながらようやく地の果てに佇む荒れ果てた城を見つけた。

 

 偶然か導きかは定かでは無いが、ふと空を見上げるとそこには無数の星、そして一際大きく輝く真円を描いた月が見えた。


 遠くにそびえる荒城を照らしていたのが、その月そのものだったのだ。

 荒城に逃げ込み、ようやくオレは一人の人間として落ち着きを取り戻すことが出来た。


 これもきっとステラのおかげなのだと信じながら――

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