第3話 幽閉

 侍従に付き添われているステラを見やったが、彼女は沈んだ表情のままだった。


 ――宮殿地下にある牢に幽閉されてから、どれくらいの月日が経っただろうか。いつが朝で夜なのか、まるで知らされることが無いままだ。


 かつて闇と呼ばれた者を幽閉した牢には、魔力封じの呪術が施されている。そのせいで、牢番も容易には近づいて来ない。ここにはいくつかの牢が存在しているものの、幽閉されているのはオレだけのようだ。


 牢番の男が一人いるだけで他の牢番はおろか、衛兵の姿も見かけない。つまり衛兵も立ち入らない隔離された場所ということなのだろう。


「メシだ。食べろ」


 ぼそぼそとした低い声の牢番は、食事を持って来る時だけ言葉をかけて来る。だがこちらから声をかけることを望まないのか、すぐにその場を離れてしまう。故に空腹を満たさない食事を取った後は、ひたすら眠ることしか出来ないのが現状だ。


 床の上は冷たく無機質な土壁を見つめるだけの牢は、横たわっては食事を取るといった同じことを繰り返すだけの場所と化した。外と遮断されて時の流れを掴めないが、恐らく外では相当な時が経っていることだろう。


 そんな苦痛の続く日々が続いていたが、しばらく経った頃から牢番が話しかけて来るようになった。その中身は他愛の無いことばかりだったが、外のことを知るには十分なことだった。


「罪人! 今日はいい天気だぞ。まぁ陽射しを感じられないお前には、関係無いことだがな!」


 牢番は会話することを望まない無関心な男ではあったが、次第に心を開き始めた。どうやら伸びきった髪と髭の姿に憐れみを感じて、優しさを出す様になったのだろう。


 男は次第にフレンドリーな挨拶で、親し気に話しかけて来ることが増えた。

 ――とは言え、話だけでは詳細な月日の流れを把握することが出来ず、状況が劇的に変わったわけでは無い。


 オレから言葉を発することが叶わない為、最低限の動きしか出来なかったのだ。そうして時間が経つうち、ようやくあることに気付き始めた。鉄格子の向こう側には常に牢番の姿があったが、確実にいなくなる空白の時間があることに気付いた。


 鉄格子の向こう側から声をかけられない限り外の状況も分からずじまいではあるが、その時間は決まって大体深夜であるということを突き止めた。牢番の男は一日一食だけの食事を差し出した後、時間の経過でこの場からいなくなっていたのだ。

 

 オレを地下牢に幽閉した後、ただの一度も衛兵が来た形跡は見られない。そうなると牢番の男だけならば何とか出来るのではないだろうか――と。


 オレはその時を見計らい行動を起こすことにした。

 

 一眠りして次の朝を迎えると、牢番は定位置にある椅子に腰掛けていた。それに対しこちらは特に動きを見せない。そんなオレを疑うことの無い牢番は、いつものように粗末な食事を皿に乗せ、持って来てみせた。


「シーク・エイルド、パンだ」

「……何日目の朝食だ?」


 牢番の男とは随分親しくなった。オレの名前を呼ぶようになり、外の様子も教えてくれるようになっていた。刑が軽くなり、助かるといったことには繋がらないが、相当話せるようになったのだ。


「ほぅ、今が朝だと気付いたか。お前がここに入ってから、もうすぐ四十日になる。処刑が待ち遠しいか?」


 オレは拘束し牢に入れた者たちが全く動きを見せないことに、違和感を覚えた。衛兵を含め、国民のほとんどはステラを国王に推挙しようとしていたはずだからだ。

 

 そうでなければ自分を幽閉などしていない。しかし処刑するどころか、牢番一人だけに任せきりで何も起こそうとしないのは妙だ。


 脱出が出来たとして、果たしてグランディールは平穏を保っているのだろうか。それに精神的に強い彼女が、オレのことを忘れて大人しく過ごし続けているとは正直言って考えにくい。


「――いや。それより、今のグランディールは穏やかか?」


 この言葉に、牢番は首を傾げて思い出したように口を開く。


「うーん……そういや、衛兵の態度が以前よりも悪いな。ここに来るのには衛兵が細かくチェックしているんだが、面倒臭そうにされるんだよな」

「なるほど……」


 どうやら刑の執行が迫っているようだ。衛兵の質が落ちたということは、警備をする必要がもうすぐ無くなることを示しているからだ。


 オレは皿を空にし、またしばらく横になった。牢番がいなくなるその時を待って動く為だ。


 そうして牢番がいなくなった頃、静寂な空間の中にありながらひたすら神経を研ぎ澄ませていた。それは薄汚れた無機質な土壁に向けて、精霊術を放つ為でもあったからだ。だが魔力を封じられ、精霊を呼ばなくなってから久しいせいか、精霊術を使うことが出来なくなっていた。


「――くそっ、このまま何も出来ずに終えるというのか!!」


 思わず愚痴をこぼしたが、鉄格子の向こう側に人の気配があることに気付き、すぐに声をひそめた。牢番ではないことは気配で分かっているが、何者かは分からない。


「そこにいるのは誰だ!!」

 

 声を張り上げるが、暗く静まり返った通路からは全く反応が無いままだ。

 

 だが暗闇が続く地下牢に、突然松明と思しき炎が灯され出した。窓の無い地下には月明かりさえも届かないのだが、それにもかかわらず灯りがゆらゆらと揺れながら、足音と人影を露わにした。


「アタシの声が聞こえるか? シーク……生きていたら返事をしろ!!」

 

 長いこと閉じ込められていたせいなのか、それとも絶望の中で幻でも見ているのだろうか。これまで生死を共にして来た友の声と姿に、オレはしばらく手を震わせた。


 そして鉄格子越しで見える銀色の髪を垂らす彼女に対し、ドスの利いた声で反応を確かめた。


「聞こえているし、生きている。オレを勝手に殺すなよ、ステラ。いや、今は国王と言うべきか?」

「相変わらず口の減らない男め。アタシが勝手に王をやるとでも思ったか?」

 

 懐かしき声に思わず出た言葉ではあるが、彼女の声はオレが幽閉される前と何も変わってない。変わらぬ態度に安堵して思わず笑いがこぼれた。

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