第2話 陰謀

 傷を負っているにもかかわらず、彼女はオレに満面の笑顔を見せた。


「――あ、あぁ」 


 彼女の笑顔を見た途端、オレは改めて彼女に支えられ守られているのだと思い知った。


 数刻が経ち、宮殿内に吹き荒れていた風はようやく収まりを見せる。魔法を施していた防御壁はそのほとんどが剥がれ落ち、半壊状態となっていた。


「【キュア】を使って治癒してくれないか、シーク」

「……任せてくれ」


 彼女に言われた通り、オレは傷の出来た箇所に魔法をかけた。


「本当にすまない……。オレの油断が君を傷つけることになるなんて、よりにもよって女性の腕に傷などと……」

「ふふふっ! やはりらしくないな。これまでどれほどお前に救われたと思っている? 魔族との戦いで傷を負わなかったのは、お前のおかげだったのだぞ」

「し、しかし――」

「アタシはむしろ嬉しく思っているぞ! 長いこと行動を共にして来たが、お前は絶対アタシに手を上げることが無かった。だが暴発を抑えるつもりだったにせよ、初めて本気になってくれたじゃないか! 世界に二人しか存在しない賢者として、張り合いの無い人生はごめんだからな。だからこの程度で気に病むな!」


 彼女の言葉に何も言えず、オレは黙って頷くしか出来なかった。


「ステラ。ここの修繕はどうする?」

「そうだな、明日にでも、侍従たちに説明して決めるとしようじゃないか! 何なら、お前が王になってアタシに命令を下すか?」

「冗談言うな! グランディールは国民の力だけで成り立っている。今さら王になど……」


 故郷であるグランディールは、二人の賢者を輩出した国だ。


「そう怒ることでもないだろう?」

「いいや、オレたち二人の賢者がいることで国民は安心しているんだ。国王になり、命令を下すことには、いくら君の意見でも賛成しかねる!」


 世界を平穏に導き英雄として崇められてしまったとはいえ、優れた智者が大勢いる国でもある。その者たちを差し置いて賢者が国王になる必要はどこにも見当たらない。今に至るまでずっと王を不在にしているのには、そういう意味があった。


「賢者が二人いるから……か。いいさ、とにかく今日はゆっくり休め。明日にでも、じっくりと話し合おうじゃないか!」

「それがいい。それじゃあオレは家に帰るからな」


 踵を返しその場を後にしようとすると、彼女が声を張り上げた。


「シーク! さっきの暴発は事故だ。あまり気にしすぎるなよ?」


 怪我を負わせたのは間違いなくオレだ。だが彼女は気丈に振る舞い気遣いを見せる。ずっと長く一緒にいたからこそ、気心の知れた関係になれたということなのだろう。


 彼女の言葉に甘え、宮殿から出ようとしたその時だった。


 宮殿内から飛び出して来た複数の衛兵が、突然声を張り上げて来たのだ。数人の衛兵は、槍を交差してオレを逃すまいと行く手を阻む。


「――賢者シーク・エイルド! 宮殿を壊し、ステラ様を傷つけた罪を逃すとでも思ったか!!」

「何? どういう意味だ?」

「グランディール宮殿を守護する我らの存在と役目を知らぬとは、山賊に身を窶したのは間違いでは無かったようだな! 我は衛兵長ドレヒスである! 大人しくしろ!!」


 先程まで笑顔を見せていた彼女だったが、これに戸惑うことなく声を上げた。


「一体何事ですか! その男、シークはわが友でありグランディールが誇る賢者です! 今すぐ包囲をお解きなさい!!」

「――! そうは行きませぬ!! 皆の者、集まれ!」


 彼女の言葉に一瞬たじろぐ衛兵長だったが、宮殿外を見張っていた衛兵をも呼び寄せ、間髪入れずオレを取り囲む。


「――何故だ? 賢者と分かっていながら何故こんな真似をする?」


 オレが口を開くと、数人の者たちからあり得ない言葉が飛び出した。


「黙れ! 罪人め!!」


 罪人と言われる覚えは無い。


「――我らは正当な法にのっとった行動をしたまでだ。グランディールの民は、同胞を傷つけることは無い! その意味が分からないのか?」

 

 衛兵たちの言葉は、オレが戦いの前に憂慮していた予感そのものだった。彼女に傷を負わせ宮殿へ被害をもたらしたのは明らかであり、それがこうした形になって表れたに過ぎない。


「何を以ってオレを咎めるのかは不明だが、好きなようにするがいい」

 

大勢の者が待ち構えるようにして飛び出して来たということは、前もって拘束する手筈を整えていたように見える。ここで考えられるのは、力を持つオレを排除しようとしていたことだ。


「シーク・エイルド! お前は何も罪を犯してないのだぞ? こんなのはお前らしくない!! アタシが言えば済む話――」


 ステラが身を乗り出しながら訴えて来たが、オレはすぐに目配せをして彼女を抑えさせた。そうしなければ、彼女にも危険が及びかねないからだ。取り乱した彼女の様子を見る限りでは、全て仕組まれた動きと見るべきだろう。


 だが宮殿内で起きたことはいずれ国民に伝わる可能性が高い。魔法による抵抗を見せることは容易いことだが、その時点で反逆者となることは明白だ。彼女の意思はどうであれ、オレは黙って連行されることを選ぶしかなかった。


「両手を出せ!! 下手なことをするなよ?」

 

 衛兵に両手を差し出すと魔力拘束具を取り付けられた。


「罪人シーク・エイルド! 貴様の罪は重く許し難いものだ。刑の執行の後、処刑となることだろう。手首の枷には、魔法封じをかけた! 抵抗すれば尋常じゃない痛みが貴様を襲う」


 魔力拘束具を付けた兵の一人がそう言うと、オレは宮殿の地下へと連行された。

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