第6話 転じて生と為すもの

「これがオレだというのか!? まさか生まれ変わりを果たした? 臨終前にそんな盟約は交わしていなかったはずなのだが……」


 オレは試しに空に向かって魔法を放ってみせた。すると劈きの音とともに、勢い余った炎の渦が上空に向かってほとばしって行ったのだ。


「――! 何て威力だ……もしかして、賢者の頃よりも強くなっているのか?」

 

 賢者として生きていくと決めた時点で、精霊や魔法の元素、星の力に至るまで何かしらの盟約を交わさなければならない。オレの場合は天性の才能があり、それだけで魔法が使えた。つまり星の力を必要としなかったのだ。


 もし星の力を借りるのであれば代償を必要とする。盟約とはそのようなものであり、交わすのも本人次第である。しかし賢者の記憶と魔法の力を引き継いでいるが、今は子供の姿になっている。それが星の力と関係しているとすれば、消えた少女が理由を知っているのは間違いない。

 

 だが行方を追うにしても子供となった姿では、遠くに行くことも叶わないだろう。


 そうなれば、まずはここを出る必要がある。

 行く当ても無いが、幸いにして賢者だった時の記憶は引き継いでいるし、魔力も全盛期より強い。村か町、もしくは大きめの国を見つけて助けを求めるしか手は無いだろう。


「あの少女が何者か分からないが、まずはオレ自身を成長させなければならない」


 今や少年となってしまったが、なってしまった以上はどうにか生き延びる必要がある。星の導きによるものなのかあの少女の導きかは分からないが、生まれ変わったのには何か意味があるのだろう。


 その意味を知る為にも、必ず生き残ってみせる。

 オレはそう決意した。


 謎の少女によって目覚めることが出来た日から数年後、オレは十五歳になっていた。

 魔術学院の試験で首席合格し、春からの入学を間近に控えた彼の元に、養母であるイーズ・マードレが急かすように起こしに来る。 


「シーク、今日が入学式なのでしょう? 早く起きなさい!」

「分かっているよ、母さん」

「首席合格だからといって、遅刻はいけませんよ! 余裕を持って学院に向かいなさい。その方が今後何があっても、誰も文句は言わなくなるわ! あの人もそうやって過ごしたの。だから早く支度をして頂戴!」

「着替えを済ませてすぐ行くから、えっと……」

「あっ――そ、そうね」


 養母イーズはオレの言葉にハッとなり、慌てて部屋を出て行く。さすがに年頃の息子の着替えをその場で眺めて待つことには、恥ずかしさがあったのだろう。

 

 数年前のあの日、果ての荒城を出たオレは本来持っていた精霊の力が衰えていたことに戸惑った。恐らく謎の少女と星の力が、身体に何らかの影響を及ぼしたからだ。


 しかし精霊の代わりかのように、賢者だった頃よりも魔力量が格段に増えていた。子供に戻っていたとはいえ、襲い掛かる魔物は威力を増した魔法で難なく倒し、食料を手に入れるのに苦労することが無かったのである。


 その後は村か町をひたすら探し歩いていたが、眠りについた数百年の間に大陸における環境が大きく変わっていたようで、しばらく人間に出会うことが叶わずにいた。


 空腹こそ逃れていたものの子供の体力には限界があり、とにかく魔力を感じる人間を探して彷徨い続けるしか無かった。

 

 しばらく歩き続けていた時、森の奥に小さな村を見つけた。ここでは村への立ち入りを拒まれることは無く話も聞いてくれていたのだが、村の者から求められたのは村を襲う魔物退治への手助けだった。


 村には多くの子供と老人の姿があり、決して活発に動けるものは多くなかった。そこに迷い込んだオレは偶然にも、村の入り口で魔法を使って魔物を倒した。その光景を目の当たりにしたことで、村人に多くのことを期待をさせてしまったのだ。


 その時点ではまだ魔力に余裕があり、村に近付く魔物を退治することが出来ていたのだが、退治したからといって豪勢な食事を与えられるわけでは無かった。


 それどころか脅威に映った魔法の数々に対し、村の大人たちはオレを普通の子供としてではなく、不安を駆り立てる者として見られることとなった。厳しい判断を下され、村を追いやられてしまったのだ。


 善意で人助けをしたが、魔法を使って魔物を退治したことが脅威と見たのだろう。オレは結局村を離れ、見知らぬ地を彷徨うことになった。

 

 そんな極限状態の時のことだ。格式のある馬車がオレを見つけ、止まってくれたのだ。その時に手を差し伸べてくれた二人こそが、養父母となったマードレだった。


 僅かな魔力を持った人間を見つけ保護された時、オレは相当衰弱しきっていたが治癒系の魔法をかけられた後に意識を失い、そのまま保護されたのである。

 

 保護された後のことはあまり覚えていないが、マードレ家での生活が始まったその時から自分が持つ魔力や発動可能な魔法を、見せないようにすることを決めた。何故ならマードレ家は父母共に魔力が強く、事象を操ることに長けた魔術使いの家の者だったからだ。


 養母であるイーズは魔女の血筋、養父のアンゼルムに至っては、王国における高位の魔術師だったという由緒正しい家柄の者だったのだ。


 そんな両親の下で成長したが、成長につれて次第に精霊の力が薄れていくことを感じていた。オレは養ってくれた父母の下で力を取り戻すことを目指し、マードレ家の家族として生きていくことを決意した。

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