第7話 養父母の望み

「いいぞ、シーク! 魔術は呪文を唱えてこそ発揮する。黒でも白でも、必ず唱えて使え!」

「シーク、黒の魔術には良い呪文と判断を必要とする呪文があります。それをしっかり覚えなさいね」


 賢者の時は精霊の声を頼りに四元素魔法を多用していたが、養父母による教えにより、黒と白の相反する力を操れる大魔術師として成長を果たすことが出来た。成長によって得られたのが、もうすぐ行くことになるロンティーダ魔術学院への入学だ。


 朝食を摂りに大広間に降りると、養父であるアンゼルムが席に着くのをじっと待っていた。恐らく息子とまともに会話出来るのも、残り僅かだということを気遣ってのことだろう。


「あ、ありがとう父さん」


 入学するロンティーダ魔術学院では、自立を促すことを目的とした寮生活が必須となっている。そういう意味からも、こうして親と子が触れ合えるのも間もなく終わってしまうのだ。


「シーク。支度は出来たのか?」

「はい、問題ありません」

「――お前は非常に優秀な息子だ。白魔術においても学院で敵う者などいないだろう」


 シーク・エイルドだった時の知識があるのだから当然と言える。魔術を使い続けていけば、たとえ精霊の声が聞こえなくとも苦労はしないはずだ。


「承知しています」

「だが油断するな! 生徒のみならず教員から脅威と見られれば、才能を潰して来る輩も現れる。そうなる前に――」

「何か手立てがあるのですか?」


 養父であるアンゼルムは白の魔術に優れている。白の魔術を使う者には、危険を事前に察知するスキルが備わっているということらしい。その意味でも息子であるオレに、何か優位なスキルを授けてくれるに違いない――そう思っていたが。


「――その時は、シーク。お前の才能を隠し通せ。たとえ学友であろうとそうで無かろうと、関わりを避けて行動をすることだ」


 何かを授けてくれるかと思っていたが、これに当てはまるのは――


「それではまるで、隠者のようではありませんか?」


 賢者であることが当たり前だったオレにとって、隠者としての生き方は最期まで苦痛だった。それは少年に生まれ変わっても、到底忘れ去られるものでも無い。


 だが助言するということは、養父もかつて隠者として辛酸を嘗めて生きて来たのだろうか。才能を隠しながら生き続け、魔女イーズと出会った――あり得ない話では無い。


「……我は隠者になることは出来なかった。そこまでの覚悟は無かったのだ。しかし、力を持つ者が必ずしも表立ってやる必要が無い時もある。だからシーク。良き理解者を見極めるまで、隠者のように過ごせ!」


 心でも読まれたかのように、アンゼルムは申し訳なさそうな顔をした。


「そうすることが正しいのであれば、そうします」


 望まずに隠者となるのとでは意味が違う。なるべくしてなるのであれば、拒む理由はどこにも無い。少年となったオレにとってこれから起こる全てが初めて尽くしだ。アンゼルムの言葉通りになるか分からないが、目立たない生徒として過ごす必要があるだろう。


 もっとも養母であるイーズは、堂々とした学院生活を過ごしてもらうことを願っているようだ。首席合格で入学する以上、存在としてはどうあっても目立つことになる。


「よし、ではそろそろ行って来なさい。お前が健やかに過ごすことを願っている」

「父さんも穏やかに」


 養父アンゼルムは、言葉少なにオレを送り出した。食事を終え玄関に向かうと、そこには養母イーズの姿があった。


「いよいよこの日が来ましたね、シーク。学院では辛いこともあるでしょう。それでも、あなたの本当の強さを見せれば、敵う者など存在しないわ!」

「――え」

「あなたには星の加護が備わっています。保護したあの時から私は気付いていました。もちろん、あの人もね」


 ずっと秘密にして来たことなのに、最初から気付かれていたようだ。


「星の加護が?」

「知っての通り、私とあの人の間には子がいません。そんな私たちが見つけたのが、あなたという生きる希望です。星の加護を持つ者を育てられて、こんなにも嬉しいことはありませんでしたよ」


 人里から離れたマードレ家で暮らしていて、違和感をずっと感じていた。それはこの歳まで成長して来た間、外の人間と関わることが全く無かったことだ。それはつまり、特別な力を持つオレを大事に育てる為でもあったということを意味する。


 マードレ家もまた、俗世から逃れた暮らしを送っていたのだろう。


「生きる希望ですか……」

「あなたは生きたいという思いがとても強かった。だからこそ私たちに出会えた。そんなあなたを育て上げるのも、楽しくて仕方がありませんでしたよ」

「何て言えばいいのか分からないけど、オレも母さんたちに会えて良かったです」


 子供が大きく成長していくには、穏やかな暮らしをする必要があった。もし誰とも出会えず外の世界だけを彷徨っていたとしたら、こうはならなかっただろう。


「あぁ、そうそう、隠者のように過ごすからといって陰湿だとか愚か者になる必要はありませんからね? 精神を強く持ち続け、博識を保って正々堂々と過ごせばいいの! 分かった?」

「は、はい」

「それと、最低でもお友達を二人以上は作りなさい! そうね、彼女も出来れば作って……その時は真っ先に家に連れて来なさい!」

「ど、努力します」

「それじゃあ、行ってらっしゃい! 誇り高き息子、シーク・マードレ!」


 養母のイーズ的には、隠れて過ごす学生生活にさせるつもりは全く無かったようだ。オレは家を出るこの時になって、母や父の気持ちがようやく理解出来た。

 

 ――これでようやく、人生のやり直しを始められそうだ。

 



「……イーズ。シークは行ったか?」

「ええ。あの子を王国に行かせることが運命とはいえ、星の力がどう左右するのか。それにあの子の魔力の記憶を辿った時に見えたあの国は、過去を知るシークにとって試練になります」

「――十分承知している。だからこそ学院には話を通しておいたのだ。彼の力を隠す為にな。もし力がおおやけになった場合、彼の運命は星に委ねるしか無いだろう」

「……運命の星――ですか」

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