第8話 さだめのカースト
これから学生生活が始まろうとしているロンティーダ魔術学院は、山の麓にあるマードレ家からはそう遠くない場所にあった。家を出てしばらくは舗装の無い山道を歩くことになるが、魔女イーズによる力が張り巡らされているおかげで、オレは魔物と遭遇せずに山を下りられた。
たとえ遭遇することがあっても敵になることは無いのだが、これも母なりの餞別なのだろう。
麓から眼下に広がって見えるのは、多くの人が暮らすと言われる魔術都市の風景だ。かつて暮らしていたグランディールとは全く違った風景で、周りを湖水で囲われた島に位置する湖上王国として有名だ。
存在する独立国としてはまだ歴史が浅い国らしいが、他国の者を圧倒する景色は、既に大国の様相を呈しているかのようだ。
この王国は月と星の明かりが湖面に浮かぶことでも有名で、旅に訪れる者が後を絶たない。それにより都市が急速に発展を遂げ、魔術学院を中心とした魔術都市が出来上がったということらしい。
水の大国であるフェアシュ王国は湖上の至る所に橋があり、他国から入国するには東西南北に架かる橋を渡らなければならない。
マードレ家は方角でいうと西にあり、西から東に入国することになる。大きな橋を渡って入国する王国の魔術都市は、そうした外構によって守られているようだ。
数時間ほど歩いた所でようやく大きな橋が見えて来る。橋上には見張りの衛兵といった者の姿は無く、そのまま渡ることが可能だ。渡り終えた所でようやく石畳で舗装された道ばかりになった。山道を歩き慣れた彼にとっては足下に違和感を感じるものだったが、これからすぐに慣れるだろう。
魔族支配の世界から数百年以上経ったと聞かされたこの世界は、一体どれくらいの進化と発展を遂げたのだろうか。それくらいの光景が視界に飛び込んで来ている。特に橋を渡り切った所にそびえている宮殿に目が行く。
宮殿にはあまりいい思い出がない。だが、荘厳な雰囲気を醸し出すのはどこも一緒と割り切るしか無かった。
道行く人の数と建物の数々、そしてあちこちで見られる水門と水の流れには、凄いといった感嘆の声があちこちから聞こえて来る。その人たちに便乗するようにオレも声を張り上げた。すると周りには人だかりが出来ていて、同じように声を上げる人たちで溢れていた。
そうして都市の大通りをひたすら進んだ所で、ようやくロンティーダ魔術学院の建物が眼前に近付いて来る。
既に入学にかかる手続きは済ませており、外門には大勢の新入生らしき姿が列を作っていた。
「早くしてくれよー!」
「何でこんなに並ばなきゃいけねえんだよ!!」
どうやら大分前から並ばされているようで、相当苛立っているのか何人もの学生が声を荒らげている。列に並んでいるほとんどの学生は、真新しい制服を着た新入生ばかり。しかし同じ新入生でも、オレは並ばなくても入れるという特典がある。
ロンティーダ魔術学院には、少なからず身分階級制が存在している。分かりやすいのが魔力が高い者かそうでない者かを、外套の支給によって差別化することだ。外套を羽織れるのは、基本的に高位のクラスに所属する者のようだ。
高位のクラスに所属する者はひと月ごとに魔術試験があるらしく、実践制の授業がメインだ。だが低位のクラスにはそれが無い。そういう意味でも、試験の結果と魔力量で差が生まれているのである。
「お、おい、あいつ、外套を羽織っているぞ!」
「じゃあ高位の――」
――といった具合に、見た目ですぐ判断されてしまうので目立つことは避けられそうにない。
オレはふと胸の辺りに五芒星が浮かび上がっていた出来事を思い出す。バッジでも無ければ刺繍でも無く、魔術によって施されたものとしか考えられなかった。それがロンティーダ魔術学院の者としての証なのか分からないが、入学試験の時も一部の教師から白い五芒星がぼんやりと見えていたのを覚えていた。
他の生徒の制服は入学後でなければ見ることが出来ないが、彼の制服からは二つの五芒星が光っていた。仮定の話になるが試験結果が出たことで、魔術学院の者として認められたことを意味することかもしれない。白い星の意味は正しき魔力に優れ、由緒ある家柄を証明するようなもの――かは現時点で不明だ。
しかし黒く輝く五芒星がどういう意味を持つのかについては、今の時点で知りようがない。
制服を試着した時に両親に見せたが、二人からは五芒星の光が全く見えなかった。もしかしたら魔術学院の生徒か教師にしか見えない魔術が施されているのかもしれないが、魔女と高位魔術師が見えなかったというのは、何とも不思議に思えたのである。
「五芒星が胸の辺りに? そうね、白い光がぼんやりと見えなくも無いけれど……シークは見えるのね?」
「うん」
「……やっぱり私には見えないわね。どういうことなのかしら」
これだけならまだ良かった。だが、五芒星の近くに小さな星――それこそ空から見える星のようなものが、五芒星の周りに並んでいるのがオレには見えてしまった。
「我には五芒星すらまともに見えないが……、小さな星も光っている……そうなのか、シーク?」
この小さな星も、王国出身の高位魔術師である養父アンゼルムには見えなかった。果たしてこの星が何を意味するのか、こればかりは魔術学院に行ってみないと確かめようが無い。
マードレ家という由緒正しき家は高位の家柄だ。それだけに白い五芒星が輝いて見えるのは理解出来るが、五芒星の周りに見える小さな星は一体何を表わすものなのだろうか。
家柄だけとは言わないが、魔術試験を首席で合格したことが決め手となったのは間違いない。そういう意味で、早くも才能の差が形となって出たのだろう。
――そういう経緯があり、オレは行列に並ばず学院の中に入ることが出来る。しかし入り口が同じ所にあって何となく気まずい。ここは養父アンゼルムの教えに従って、目立たず入るべきか悩みどころである。だが養母イーズに言われたとおり、精神を強く保って堂々と入ることも選択するべきだろう。
どうするべきか外門から離れた所で悩んでいると、灰褐色の外套を羽織った教師らしき女性と、外套を羽織った数人の男子生徒が、オレの元にやって来た。
「君はシーク・マードレか?」
「えーと、あなたは?」
「私はロンティーダ魔術学院高位クラス担任の、トネール・ディエンだ」
自分の名前を名乗ってもいないのにすぐに分かられてしまうとは、これも外套を羽織っている賜物だろうか。
オレは特に目立った容姿でも無く、強いて言えば髪の色が漆黒過ぎるだけの外見だ。そんな自分が一目で分かられるのは、いいことであると捉えるべきだろう。それだけに目立った行動は避けたいが、まだよく分からない以上言うことを素直に聞いた方が良さそうだ。
教師を名乗った女性は見た目から感じられる強さの他に、内在的な魔力を強く感じる。外套の色は異なるが、教師と生徒として差別化を図っているのだろう。気になるのは、女性の後ろに控えている数人の男子たちの外見だ。
彼らが同じ高位のクラスであることは、外套によって判断出来た。しかし問題は羽織っている外套の色が白ではなく、黒色の外套に見えていることだ。思わず目をこすって目を凝らしてしまったが、彼らの外套は黒いまま変わっていない。もしかして制服の五芒星だけでなく外套の色も、魔術によって分けられているのだろうか。そうなるとますます謎の仕様だ。
「トネール先生ですね、分かりました。ですがオレは――」
「君のように高位の力を持つ者は、ここにいる者を含めて僅かしかいない。それだけに目立ちたくないのだろうが、この場に留まり続ける意味などどこにもあるまい?」
早くも教師に目を付けられていると思われているのも癪だ。ここは素直に従って堂々と中に進むことにする。
「分かりました。それでは学院への案内を、よろしくお願いします」
「――ついて来たまえ」
そう言うとトネールと名乗った女性は、並んでいる学生たちとは別のアーチ状の門へ誘導し始めた。ぱっと見だが高位の防壁が展開されているようで、列に並んでいた生徒では通れそうにない。そして同時に、高位と低位で入り口が異なることを知った。
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