第14話 真の実力

 あの謎の彼女が、再び自分の前に現れることがなければ――少なくとも教室に入るまではそう思っていた。だが昨日の夕方に出会った彼女のことが、どうしても頭から離れない。まるで出会った時から何かの運命が動き出したような、そんな予感がしたからだ。


 寮から真っ直ぐ学内に入ったオレは、いつものように誰にも気にされずに教室に入った。そこまでは大して変わってもいなく、気にすることでも無かった。


 だが一番後ろの席に向かおうとすると、複数の視線を感じるようになった。今まで忘れられた存在扱いだったはずのオレに対し、女子が明らかに意識をしていると分かる行動を見せるようになったのだ。


「あっあの、おはようシークくん」

「――えっ? オレ?」

「シークくん、おはようございます!」


 途中まで一緒に歩いて来たギィムは、何が起きているのかといった感じで口を開けたまま呆気に取られている。事情を知る彼が言葉を失うということは、何かが起きていると感じたのだろう。自分の席に着くまでに少なくとも、数人以上の女子から挨拶をされてしまった。


 まるで入学初日の頃に時戻りしたかのようだった。しかしボーグたちがオレと女子たちのやり取りに介入して来ないところを見れば、今起きている現象が何なのかを掴めていないように思える。


 しばらくして、トネール先生が教室に入って来た。しかし何かそわそわしているようで、何度もオレを見つめて来る。一体何なのかを聞こうとしたが目立つことを恐れたオレは、先生に声をかけられなかった。


 そのまま何事も無かったように授業が開始されたので自分の席から教室の全体を眺めていると、やはり女子たちの様子が明らかにおかしい。このまま違和感を感じたまま過ごすのは、そろそろ限界のようだ。


 そうして昼休みに差し掛かろうとした、まさにそんな時だ。突然教室全体がガタガタと揺れたかと思えば、壁が激しい音を立てて一気に崩れだしたのだ。周りの女子と先生が慌てふためいたその時、昨日出会った彼女の声が教室中に響いた。


「シーク! 約束どおり来たぞ!! さぁ、アタシと勝負しろ!」


 教室の壁が崩れたのは気のせいなんかじゃなく、今度は本当に破壊した状態で彼女が姿を現わした。教室の壁は脆くも崩れ、白煙に似た埃が舞っている。


「まだ授業中だし、勝負って言われても――」

「問答無用!!」


 授業中の教室ではまだ状況が呑み込めないままで、唖然とした状態でみんながオレを見ている。そんな中でもお構いなしに、彼女はオレに対し風を起こす。このままでは関係の無い人に迷惑をかける上、怪我をさせてしまう恐れがある。


 そうなるとオレに出来ることは、彼女から放たれた風を魔術で抑えることだ。幸いにして席は一番後ろに位置している。さらに誰も周りにいないことが功を奏し、オレは両手を広げて思い切り打ち消しの魔術を放った。


 すると彼女が起こした風は、あっけなく収まりをみせた。


 次の瞬間のことだ。教室が静まり返ったかと思っていたら、盛大な拍手がわき起こっていた。


「わああーー! シークくん、凄い!!」

「あんな凄い威力があった風を、いとも簡単に抑えるなんて!」

「今のどうやったのー?」


 ――などなど、女子たちからの歓声と称賛の声で一気に教室中が盛り上がっていた。トネール先生も笑顔を見せながら、何度も頷いては安心した表情を浮かべている。どうやら風を一瞬で収めたことで、注目を集めてしまったらしい。


 ボーグたちからは舌打ちが聞こえて来たが、特に何もして来る気配は無いようだ。意識をあの彼女の方に移すと、またしてもいつの間にか彼女の姿は消えていた。


 昨日と違って教室の壁が破壊されたままだったが、そこに彼女の姿は無い。もしかしてオレに魔術を出させる為だったのだろうか。どういうつもりか分からないが、そうだとしたら女子たちの反応と何か関係があるような気がしてならない。


 そして謎の彼女が風を起こしたこの時から、オレの評価は一変する。


 昼休みに入ると、まるで待ちかねたようにベルングとギィムが揃って声をかけて来たからだ。


「おいおいおい、シーク! お前、やるじゃねえかよ!」

「あんなの、別に大したことは……」

「本当に凄いよ、シークくん! 僕が思っていたとおりの凄さだよ!!」

「二人とも、オレに声をかけていいのか? だってオレの存在は――」


 女子たちの変化はともかく、彼らが話しかけて来るというのはどうにも理解が追い付かない。何故ならオレの存在を忘れられたきっかけは、ボーグとの魔術試験結果によるものだったからだ。


 それがどうして謎の彼女が現れ、ちょっとした魔術を出しただけで人が変われるというのか。しかし疑問の問いかけに対し、彼らの口からは何ともあっさりとした答えが返って来る。


「シークがすげえからだ!」

「うんうん! 僕は信じていたよ!」


 二人は調子良く息をぴったり合わせて声を弾ませている。


「一年経ってから言われても、説得力が無いんだが……」

「そりゃそうだが、たった一度の定期試験結果で友人のことを何年も忘れられると思うか?」

「シークくん、実は――」 


 彼らはそう言われると言葉も出ないといった表情を見せたが、真面目な顔をしたギィムが言うには、これは全てトネール先生に頼まれてしたことで、二人にはオレの複雑な事情を話していたらしい。淡々とした先生に思えたが、担任として良心の呵責に苛まれていたようだ。


「お前の親父さん、王国の高位魔術師だったってな! それで話が通っていたらしいぜ?」

「――なるほど、そういうことか」


 予想はしていたが、養父アンゼルムが事前に根回しをしていた。どうにかしてオレを目立たせないようにという指示があり、そこに二人の友人が乗っかったということらしい。


 存在を忘れることは容易では無かったようが、そこに都合良くボーグたちがオレにちょっかいを出して来たことで、存在を忘れたフリをするようになったのだとか。つまり定期試験による魔術対決は、あくまできっかけを作ったに過ぎないらしい。


「まぁ、これで俺も余計な気を遣わずに済むってわけだ!」

「僕も嬉しいよ!」


 ギィムとベルングは、トネール先生に直接頼まれていた。それは理解したが、そうなると女子たちの心変わりの答えは何なのか。もしかすると謎の彼女は、この魔術学院においてカリスマ性を持った存在かもしれない。


恐らくまたどこからともなく派手に現れるだろうが、彼女のおかげで隠者のような生活をやめられそうだ。

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