第13話 靄の記憶
しばらく放心状態で教室に残っていると、カツカツとしたヒールの音を立てながらトネール先生が教室に入って来た。しかしそうかと思えば、焦るようにオレの元に一直線に向かって来て首元を掴まれた。
「――ゲ、ゲホッ、一体どうし――」
「シーク・マードレ。誰かここへ来たか?」
「そ、それよりも……その手を」
先生は何やら興奮状態だったようで、オレの言葉に慌てて手を離した。
「す、すまん! つい」
「誰かというか銀色の髪をさせて、オレの胸元に掴みかかって来た女子ならいましたが……」
「――ぎ、銀色!? や、やはりそうか。そうするとお前が彼女の――」
彼女は確かにオレの名前を呼び、出会ったことも無いのにもかかわらず約束のことを聞いていた。実は前世で既に出会いを果たし、何かを約束していたのだろうか。
そうなると賢者だった頃の記憶を覚えているようで、忘れてしまっている記憶があるということになる。しかしグランディールを追われ、隠者となって荒城で暮らしていた自分の記憶に偽りも無い。そうなると考えられるのは、オレを少年に戻しどこかに消えてしまったあの謎の少女が、何らかの鍵となりそうな気がする。
「すみません、オレには何のことだかさっぱり……」
目まぐるしく展開が変わったのに加え、胸元と首元を掴まれたせいで息苦しい。そのせいでどうにも上手く思考が働かなくなっている。思い出そうとすればするほど、頭の中に靄がかかる感じだ。
出会ったことが無い女子もそうだったが、トネール先生もオレに対し意味が通らないことを言い出した。それならこちらも、あの女子が言って来たことを聞くまでだ。
「ほ、他に何か変わったことは無いか?」
「彼女はオレに対し、まだ隠者を続けているのか? と言っていました。このことは先生しか知り得ないことのはずです。何故初めて会った彼女がそのことを知っているのですか?」
「な、何と! あの方はそれも気にされていたというのか。――ということは、シークのことが……」
あの方ということは、以前先生が気にしていた上の人間の話なのだろうか。しかしどう考えても、オレに詰め寄ったあの子はオレと同じ年に見えた。話し方は少しだけ堅苦しさがあったが、それ以外はとても偉い立場の人間には見えなかった。
いずれにしても、今日はもう帰った方がいい気がする。トネール先生も落ち着かない様子を見せているし、何やら深く考え込み始めた。恐らく頭の整理が出来ていないのだろう。
彼女がどういう人間かは分からないが、少なくとも悪い気は感じなかった。星が確認出来なかったことだけは、何だか悔しい。
とにかくまた来ないとも限らない以上は、こちらも用心しておかなければならないだろう。
「トネール先生。そろそろオレは寮に帰ります。いい……ですよね?」
「――む。そ、そうだな。今日は帰りたまえ。あの方が来てしまった以上、最早避けられないのだからな」
「は、はぁ……? それじゃあ、また明日」
結局銀色の髪をした彼女のことは、何も分からなかった。一方的に彼女だけがオレのことを知っているような、そんな感じに思えた。あんな綺麗な顔立ちの女子が近づいて来たのも、何かの運命だったりするのだろうか。
しかし今はどうにも出来ない。また明日、放課後にでも先生に尋ねてみるしか無さそうだ。
寮に帰るとオレを待っていたギィムが、笑顔で駆け寄って声をかけて来る。あれだけ学院内で存在を忘れられた状態であるにもかかわらず、今ではすっかり仲の良い友人となっていた。
「あっ、シークくん。お帰りなさい! えっと、今日も大変だったよね?」
「いや、普通だぞ。ギィムこそ、あいつらに何か言われていないのか?」
「う、うん。僕はベルングくんの近くにいるから、彼らもそうは寄って来ないよ」
ベルングの場合は中々そういった条件になることが少なく、他の人と同様にオレのことが見えていないフリをしている。それでもトイレに入ったその時だけは、感知遮断魔術を使って何食わぬ顔で話しかけて来る辺り、狡賢で頭のいい男なのだと改めて理解してしまう。
一度目の定期試験以後、オレは隠者のように他人を避けて過ごし続けている。ひと月ごとに魔術試験は当然のようにありながら、それすらも受けることが出来なくなったままだ。
もちろんこれは、父であるアンゼルムの言葉に従ったとおりの展開になっている。だが腑に落ちないのは、他の女子生徒たちも同じようにオレのことを見えなくしていることだ。
果たしてここまで徹底的に出来るものなのだろうか。まるで何かからオレを隠しているような、そんな感じのように思えてならない。
もしそれがオレに詰め寄って来たあの女子が関係しているのだとすれば、魔術学院全体でオレと彼女を会わせないように仕組んでいるとしか考えられないのだが、それはオレの考え過ぎか。
あの子には驚いたが、明日も次の日も目立たずに過ごすだけだ。
「よし、部屋に戻るかな」
「シークくん? 大丈夫?」
「あぁ、問題無い」
「そっか。じゃあまた明日ね、シークくん!」
ギィムとはいい友人関係になれそうだ。彼の実力は星の数とは別にして、毎月の魔術定期試験の様子を眺めていてすぐに分かった。自分ほどでは無いが、ギィムとベルングも感知遮断魔術が優秀だ。
このまま目立たず穏やかな学生生活を過ごせるかどうかは、明日が来れば分かるだろう。ぐっすり眠って朝が来れば、また目立つことのない静かな学生生活が始まる。
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