第15話 放課後の秘密訓練
昼休みを終え、午後の授業が終わった頃には教室の雰囲気は一部を除いてすっかりと明るくなっていた。それもこれもたった一人の生徒の存在を、一年ぶりに思い出しただけのことだった。
「ああ、シーク・マードレ! この後、私の元に来るように!」
「分かりました」
みんながいる前での先生からの呼びかけも、この一年の間にはあり得なかったことだ。そういう意味でも、トネール先生には相当気を遣わせていたということになる。
「おいおい、シーク。まぁた、トネールからの特別個人指導かぁ?」
「変なことを言うな!」
「まぁ、俺らは全部知ってるんだけどな。魔術稽古だろ?」
先生に協力をしていたベルングたちには、放課後に行なっていたことは筒抜けだった。
「まぁな。お前も一緒にやるか?」
「遠慮しとく。俺は戦いよりも、治癒能力を使う方が得意なんでね」
口の悪いベルングが支援系とは、何とも意外だ。そうなるとギィムは何が得意なのか。ギィムに声をかけようと席を見たが、彼は既に教室からいなかった。ギィムには後で聞くからいいとして、とりあえずトネール先生の所に向かうことにした。
「あぁ、そうだ。シークを思い出した記念に、明日にでも街に繰り出そうぜ! もちろん、他の女子にも声をかける。行くだろ?」
目立たず過ごしていたオレからすれば何の記念にもならないのだが、友人としての誘いというのは素直に嬉しい気がする。
「そうだな、まともに外に出ていないし行ってみるかな」
「そんじゃあ、またな!」
「ああ、また」
ベルングと別れた後、いつものようにトネール先生が待つ師団練兵場に足を運んだ。
ロンティーダ魔術学院がいつからあるのかは聞いていないが、現時点で魔術師団が存在している事実は無い。
それにもかかわらず、学院の敷地内には魔術師団向けの施設が残されている。今は限られた教師にしか使うことを許されていないらしいが、そこをオレに使わせていることにどんな意味があるのだろうか。
「遅い。シーク・マードレ。遅刻だ!」
「――ええっ? 数秒程度ですよ?」
「その数秒で運命が変わることもある。運命について、考えたことがあるか?」
いつもなら言葉少なに魔術稽古が開始されるが、今日は随分と口数が多い。それも運命だとかを口にするとは、先生も一年以上の冷淡な傍観者ぶりを反省しているということなのか。
「考えるよりも先に動くのがモットーです。 そんなわけで――白の魔術【シュラーフ】で微睡め!」
トネール先生の意図がつかめないが、いつもどおり速攻で仕掛けた。
「こらっ! 人の話を無視して攻撃してくるな! ――う、うぅっ……ね、眠気が」
「考えるのは昔、散々な目に遭ったのでやめました。これが答えですよ――って、トネール先生?」
どうやら打ち消し魔術を使わなかったようで、オレの魔術により先生はすやすやと眠っている。いつもならこれから魔術の激しい撃ち合いが展開するはずなのだが、どうすればいいのか。
このままでは時間だけが過ぎていくばかりで、全然稽古にならない。気持ちよさそうに眠っているところを起こすのは気が引けるが、心を鬼にして先生を起こすことにする。
「トネール先生! すみません、不意打ちのように眠らせてしまいました。どうか起きて、続きを――」
「……むにゃ。もうお腹いっぱいだよー」
完全に熟睡させてしまったようだ。しかも普段のイメージが脆くも崩れ去ってしまう寝言が、どうにも申し訳なく思ってしまった。
「先生、トネール先生ーー! 起きてください!!」
誰もいない練兵場で、オレの声だけが空しく響いている。こうなるとそのままにしておく方が問題なので、失礼して抱きかかえようとすると、ピシッとした音とともにオレの全身が突然動かなくなった。
「な、何……?」
これは何だ。全身が痺れて全く動けないなんて、何が起こっているというのか。
理解の出来ない状態で数秒程が経った直後、いきなり耳を劈くような音が部屋中に鳴り響く。耳を押さえたいが、全く体が動かない。このままではオレはおろか、先生も危険にさらしてしまう。
魔術学院に入ってからまだ黒の魔術をまともに使っていなかったが、これを解放するしか手は無さそうだ。
「事象の
黒の魔術の呪文を唱え終える寸前、オレの両腕に突然何かが降って来た。それと同時に、何かをその腕で支えながら抱えてしまっていた。
それがあの彼女だったと気付くのは、すぐのことだった。
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