第16話 約束の王女

「シーク!! やっとアタシを呼んでくれたか!」

「へ? う、うわあっ――!?」

「こらっ、よせ!!」


 突然のことすぎる上、まさか人間だとは思ってもみず、支えきれずに彼女を押し倒した状態で床に倒れ込んでしまった。


「い、いてて……」

「おい、シーク。いつまでアタシの上に覆い被さっているつもりだ? それともそれがお前なりの挨拶なのか?」


 透き通るような彼女の声が顎の下辺りから聞こえて来る。視線だけを下に向けると、そこには綺麗な藍色の瞳が輝きを見せていた。銀色の長い髪が肩の辺りまで伸びていて、これも輝いているように見える。


「――って、ご、ごめん!!」

「ふん、お前らしいな」


 まさか彼女をずっと間近で眺めていた挙句、動きを完全に封じた体勢を取っていたとは。こんな所をトネール先生にでも見られたら、何て言われてしまうのか。


 念の為、眠っているはずのトネール先生を見てみると、どうやらまだ気持ちよさそうに眠ったままだ。それにしても、どうしていきなり壁破壊の常習者な彼女が現れたのか。彼女をここに呼んだ覚えは無いのだが。


「えーと、君は何故ここに?」

「さっきみたいにステラと呼べ! アタシのことを思い出したんだろう?」 


 黒の魔術の一つでもある呪文を読み上げたつもりが、まさか彼女の名前が含まれていたとは驚きだ。しかしステラという名前は、オレの記憶の中には含まれていない。それでも彼女は自分を思い出してくれたと感じたのか、嬉しそうにオレの返事を待っている。


「ス、ステラ。オレは……シーク・マードレは、君のことを知らない。さっき、自分の身体が痺れを起こした。それを治す為に、呪文を読み上げただけなんだ」


 これは正直に言うしかない。そう思って返事をしたが、彼女の表情はみるみるうちに暗くなってしまった。


「シーク・マードレ? お前、シーク・エイルドだろ? 約束したのに、覚えていないのか?」


 確かに賢者だった時の名前は、シーク・エイルドだ。しかしそれを知る人間はいないはず。彼女は初めて出会った時から、約束という二文字を口にしている。そうなると賢者の時に、彼女と何らかの約束を交わしたということなのだろうか。


「マードレは、オレの養父母の家名だ。エイルドは、かつて賢者だった時の名前になる。どうして君がそれを知っている? ステラ、君は何者だ?」


 ここで賢者のことを隠しても意味は無い。だからこそ、語気を強めた。

 すると――


「――彼女はステラ・フェアシュ。フェアシュ王国の王女だ。彼女もまた、かつてのシークくんと同じ賢者だった。どうして君が彼女を忘れているのか、思い出せないのか、考えてみるといい」

「お、王女!?」

「そうだ。彼女は、我が王国のステラ王女だ」


 すやすやと眠っていたはずのトネール先生が真実を話してくれた。魔術稽古では無く、話を始めたのはそういうことだったらしい。


 フェアシュ王国の王女だったうえ、過去ではオレと同じ賢者だったようだ。


 記憶の中には、故郷だったグランディールで賢者として暮らしていたことが残っている。そこでは、魔法を暴発させ、誰かを傷つけて国を追われる羽目になったところまで鮮明に憶えている。


 その後は隠者として長い間荒城の中で過ごし、最期を迎えた。だが数百年以上も経った頃に、謎の少女に起こされ、オレは少年の姿に生まれ変わっていた。


 謎の少女は光とともに消えていたが、まさか――


「昔、荒城でオレを起こした少女は君なのか?」

「……あぁ、そうだ」

「オレに何をした? 君はオレを起こし、オレは――」

「シークと約束を交わしたんだ。星を見るたびに、アタシを思い出せと」


 星を見るたびに思い出す約束か。


「オレが君を?」

「アタシは隠者となったお前に、会いに行くことが出来なかった。だから星の力を使って、アタシ自身の全てを失くしてお前に与えたんだ!」


 星の力は確か、使った本人と使われた者に代償を求めるはずだ。そうなると、オレへの代償は彼女に対する記憶ということになる。


「君の代償は君自身? それって――」

「賢者としての力の全てと、寿命だ。永遠とまではいかないが、賢者は長命だからな」

「何故そんなことをしてまで……」


 目の前にいる彼女のことを思い出せないのもあったが、ここまでする理由が分からない。


「シークとアタシは、グランディールの頃からずっと一緒だった。アタシだけ長生きしても、面白いはずが無い。幼子に戻され力を失ったが、お前とまた出会う約束をアタシが破るわけにはいかないからな!」


 力を失ったという割に、風を操ったり壁を破壊しているが本当にそうなのか。思わず首を傾げてしまうオレに対し、離れた所で見ていたトネール先生が口を開いた。


「シーク・マードレ。彼女は君に再会することを願って、精霊の声が聞こえるようになるまで鍛えた。魔術を失ったことで、精霊の力を新たに得るのは相当な努力が必要だったはず。君もそうではないか?」


 先生の言うとおり、失った力は戻らない。精霊の力のように、決して簡単じゃないのは分かっている。しかしそれを聞かされても、彼女のことを思い出すにはまだ何か足りない。まるで頑丈な記憶の蓋をかけられて、思い出させない封印がされているような感じだ。


「先生が言われていることは理解しました。しかし、オレは何も思い出せない。自分が隠者として生きる前の部分が何かに覆われているような……そんな気がして――」

「……む、むぅ」


 オレの答えにトネール先生が閉口する。しかしそれを見ていた彼女が先生を下がらせ、何かの考えを巡らせているようだ。

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