第17話 恐れの記憶

 しばらくして何かの考えがまとまったのか、彼女は口角を上げながら不敵な笑みを浮かべ出した。


「隠者の前……? 長い闇の部分。――ふん、そういうことか」


 何度も頷く彼女は確信を得たのか、オレの正面に立ち、指で床を指し示している。 


「え、床が何か?」

「荒療治をしなければ、星はお前を克服させない。その為にも、シーク。床に穴を開けろ!」

「――床をって、練兵場の床をどうやって開ければ?」


 魔術師団練兵場と言うだけあって、魔術師の拳ではとてもじゃないが穴を開けられそうにない。頑丈すぎる程の装甲板が何枚も重なりを見せている。


 それに取っ手のようなものは見当たらない。穴を開けたとして、そこに何があるというのか。


「シーク! お前の魔力を手の平に集中させて、目の前の床に放て! お前なら出来るはずだ!!」


 どうやら本気らしく、具体的な指示を出して来た。


「分かった。だが期待しないでくれ」


 物理攻撃で開けるのではなく、魔力を込めた力なら可能性はある。彼女の言葉通り手の平に魔力を集中させて、それを床に放った。


「ふふん、やはりここにあったか」

「こ、これは――!?」


 魔力を放った床からは、隠された階段が出現した。それが何を意味するのかまだ分からないが、目の前の彼女は予想通りといった顔を見せている。


「ス、ステラ。地下に何があるのか、君は知っているのか?」

「ああ、きっとそこにあるはずだ」


 妙な胸騒ぎを感じる。嫌な気配が地下への階段からずっとまとわりついている感じだ。行ってはいけない気がするのに、そこに行くことでオレ自身の運命が変わるような、そんな気がしてならない。


「シーク。行くのはお前自身が決めるんだ。アタシはお前を信じ、ついていくだけだ」

「……君を思い出すことが出来るのなら、オレは行かなければならない。多分それが、君との約束を守ることになるはずだ」

「――あぁ」


 何が地下で待ち受けているのかを考える余裕は無い。それなら、迷うよりも行くしか無いだろう。恐らくオレ以上に彼女も不安なはず。

 

 彼女の不安と自分自身の答えを出す為、オレは階段を降りることにした。トネール先生にはここで待ってもらうことにして、オレと彼女だけで向かう。


 彼女は言葉を発さず、オレの後ろを黙ってついて来るようだ。

 

 それにしても初めて降りる階段にもかかわらず、さっきから変な汗と震えが止まらない。地下に対する苦手意識は大昔に捨てて来たはずなのに、どうしてこんなにも胸騒ぎが起きているのか。

 

 地下への階段はまだまだ続いているが、一向にたどり着く感じを受けない。左右の壁は大昔からあるのか、真っ黒に汚れたままの状態で保たれている。今降りている階段は付け足しで作られたようだが、風が地下から吹いて来るということは、かなり広い空間があるということだ。


「シーク。もうすぐ着くはずだ。その前に、ロンティーダ魔術学院の秘密を教えておく」

「……秘密か。聞かせてくれ」


 恐らくあまりいい話では無いと予想出来るが、王国の王女しか知り得ない話だと思われるので、大人しく聞いておくことにする。


「ロンティーダ魔術学院がある場所は大昔、とある国の宮殿だった。その国には、二人の賢者が暮らしていた」

「――宮殿?」

「そこでは平穏な日々が続いていた。そんなある日、賢者の一人が――」

「ステラ王女! もういい!! その話を止めてくれ」

「……いいだろう」


 嫌な感じがずっとあった。ずっと止まらない汗と止まらない震えは、恐らく思い出したくない過去の記憶にたどり着く。そして間もなく全てが繋がるはずだ。そうでなければ、こんな気持ちになることは無い。


 そして――オレたちは地下に降り立った。


「こ、ここは……地下牢!? どうしてこんなものが、学院の地下に……」

「言っただろう? 昔は宮殿があったのだと。ここには、かつて魔族と呼ばれる者を幽閉していた。だがそうじゃない者が、幽閉された場所でもあるんだ。罪と言うにはあまりにも理不尽で、残酷な刑が下されようとした者が――」


 彼女の言葉に不安を感じた心臓が、激しく拍動する。ここに来たことなんてあるはずが無いというのに。真っ暗でカビ臭い地下空間に、何があるというのか。


「奥が広そうだけど、見えないな。星よ、暗き間に光を灯せ、【アル・ヌグーム】」


 さすがに暗い状態のまま奥に進めるはずも無いので、白の魔術で光を灯した。


「ふふ、それがお前の魔術か。凄いものだな」

「ステラ王女も使えるのでは?」

「アタシのは、アタシ自身の力じゃないさ。それと、王女などと呼ぶな。ステラと呼べ!」


 彼女は一瞬視線を落として落ち込みを見せたが、すぐに向き直ってみせた。


 王国の王女であることは間違いないはずなのに、畏まった感じを見せないのは彼女の素の姿なのだろうか。そんな彼女と一緒にかろうじて形を保っている鉄格子を眺めながら、行き止まった場所に着いた。そこには、閉じられたままの鉄格子と壁に大きな穴を開けた意味のなさない牢が、姿を見せた。


「……凄まじいな。ここから脱獄して行ったってことか。穴がそのまま残されているってことは、修復せずにここを放棄したのか」

「ああ」


 ステラの暗い表情を見る限り、ここで何があったのか知っているようだ。ここへ来るまでに感じていた不安や体の震えは、少しだけ収まっている。何も起きないところを見れば、あまり関係は無さそうだ。


「なぁ、ここに何があるんだ? 何も起きないけど……」

「――シーク。その中に入ってくれないか?」

「穴の開いた牢の中に? まぁいいけど……」


 ステラは何かを恐れるような表情でオレにお願いをして来た。彼女に従って、鍵のかかった牢に手をかけて鉄格子の中に進んだ。


 ――その時だった。


 全身が震え出し、凄まじい汗が頭の先からつま先まで一気に流れ出していたのだ。足はがくがくと震え、力が奪われるようにその場に崩れ落ちていく。


「う、うあああああああ――!? く、苦しい……嫌だ、嫌だ!! ああああ……」


 その時点で思考は停止し、一体自分に何が起きているのかすら分からなくなり、まるでのぼせたように熱を帯びた頭を両手で抱えていた。


 その時には、自分の意識は既に暗転を迎えていた。 

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