第29話 黒き者の結末

 そして着いた場所は、大講堂と呼ばれる場所だ。

 

 だだっ広い空間の中に、殺風景な光景が視界に飛び込んで来る。学院の中にあるはずなのに天井は見えず、魔術がかけられた防壁によって何とか保たれている感じだ。しかし全体的に空気は澱み、暗闇とは行かないまでも、決して視界がいいとは言えない。


 ここも地下牢のような妙な感じのする部屋だ。


「シーク・マードレ。こっちへ来たまえ」


 辺りを見回していると、トネール先生の声が聞こえて来た。


「すぐ行きます」


 どうやらボーグたちとステラは、オレとは違う所に着いていたようで全員揃っている。しかし何故あの時、ボーグたちとギィムだけがこの大講堂に呼ばれたのか。


「――勝負の前に、何故この大講堂で魔術試験を行うのかを説明しよう」


 そう思っていたら、疑問の答えを出してくれるらしい。


「シーク・マードレは、ここがどういう部屋なのか知っているか?」

「いいえ」

「……ここは黒の感情を持つかどうかを確かめる為の場所だ。その意味が分かるな?」


 黒の感情――やはり彼らが魔族に変わるかどうかを試していたのか。ここに連れて来られた三人は、ギィムとともに大講堂で魔力試験を受けたと聞いていたが、魔族への疑いをかけて試験を実施したとも取れる。


「なぁ、先生。魔術試験始めるんなら、とっとと始めてもらいたいんだけど? 俺たちは先生の娯楽に付き合うほどお人よしじゃないんだぜ?」


 大講堂に集められた意味を知っての発言なのか、ボーグは苛立った言葉を先生にぶつけている。黒の感情を持つ彼らにとって、この場所が何を意味するのかくらいは感じ取っているはず。


「――急かさずとも、ここで全て終えられる。そうだろう? ボーグ・ドレヒス……」


 トネール先生の言葉を聞いた途端、ボーグの様子が変わった。そして同時に、辺りの気配がさらに澱みを増して来た。


「くくくく……何だ、そういうことか。国王もグランディールも、わざわざ残してやったのにこの期に及んで、俺を消すつもりがあるんだな? どうなんだ、白魔術師!」

「えっ、ボーグ? どういうことなんだ?」

「ボーグさん、何の――」

「貴様らは邪魔だ! 失せろ!!」


 ボーグについていたカースとデリットの二人は、過去のことを知らない者たちのようだ。黒の感情を持ってはいるようだが、この二人はボーグの影響が及んでいるだけだ。


「うわっ!?」

「あがぁっ――!! うっううぅ……何故……」


 カースたちは黒い影を纏ったボーグに吹き飛ばされ、壁に激突してしまった。最早黒の感情を持つ者にとって、仲間として利用していた者は不要らしい。


「ステラ! 悪いが、二人に治癒の風を!」

「――む? アタシでは黒の者を浄化出来ないぞ?」

「応急処置で構わない。あの二人は、ボーグに利用されていただけだ。早く!」

「分かった。シーク、死ぬなよ?」


 ステラをカースたちの治癒に向かわせた。それくらい、目の前にいるボーグの気配は邪悪なものだ。


 オレを拘束し幽閉後に処刑を目論んだ衛兵長ドレヒスは、グランディール宮殿にいた時から黒の感情を膨らませ、魔族として世界を変えようとしていた。ステラの弱みに付け込み、何も知らない民たちを黒の感情の方に扇動しようと企んでいたに違いない。


 そのきっかけと隙を作ったのは、賢者だったシーク・エイルドが引き起こした暴発魔法だ。ステラと魔法勝負をしていた光景は、宮殿にいる者なら一度は見ている。その機会を奴は、虎視眈々と狙っていた。


 ステラをグランディールの国王に仕立て上げた奴は国を乗っ取り、ゆくゆくは世界に再び黒の感情を蔓延らせながら、魔族として生きていくつもりだったのだろう。


「くくっ、宮殿にいた連中をあの時に消しておけばよかったなぁ……そう思わないか? シーク……」

「オレを拘束した奴が良く言う」

「賢者を一人にして形だけの国王を立てときゃあ上手く行くはずだったのに、脱獄なんかしやがって!! てめぇのせいで従属が上手く行かなかったんだよ、こっちはよぉ!!」


 やはりステラだけを残してグランディールを支配するつもりだったか。しかし賢者を崇める国民はあの当時、かなり多かった。オレ一人だけを国から追放しても、そう上手くは行かなかったのだろう。


「てめぇなんざ、黙って隠者のままくたばっちまえばよかったものを!」

「それは悪いことをしたな」


 どちらも生まれ変わった姿となったが、今は生徒として魔術学院に在籍している。そうなると、王国の人間、それこそ大人を魔族にするのはそう簡単なことでも無いはずだ。


 当時、黒の感情を持つ者の多くは大人が圧倒的だった。それを考えると、少年となった今ではどんなに傀儡を繰り返しても、生まれ変わりの者でない限り、恐怖や不安はそこまで膨らむ者では無いだろう。


「シーク・マードレ。私はステラ様の代わりにあの二人を連れて行きます。ですので、ステラ様とともに、この戦いを終わらせてくれますね? 賢者としてではなく、魔術師として!」

「はは、トネール先生らしくないですね。でもまぁ、先生の稽古のおかげもあるので、黒の者はここで打ち消しますよ」

「……頼むぞ」


 そういうと、トネール先生はカースたちを連れて空間転移を使って大講堂からいなくなった。

 トネール先生に代わって、ステラがオレの元に戻って来る。


「ふん、ディエンめ。要らぬ気遣いをする」

「相棒が傍にいた方が心強いからな! それに、この戦いはオレと君が片付けなければならない」

「――ああ、そうだな。シークが目覚め、アタシがいるここへ戻って来てくれる……それこそが、求めていた答えかもしれないな」 


 以前ステラに聞かれた魔術学院への入学理由は、星を求めに来たと答えた。しかし、それだけでは無かった。


 フェアシュ王国の中のロンティーダ魔術学院は、元々グランディールだった。そこに帰還を果たし、彼女と彼女の国を救うことこそが、オレが魔術学院に入る理由だったのだ。

 

 その意味でも隠者として寿命を終えたことと、隠者の生徒として過ごしたことは決して無駄ではなかった。


「くくく、もういいか? シーク……そして、ステラ・フェアシュ。お前らをまとめて倒せば、王国はオレの物となる!! 今度こそ、世界は魔族支配となるのだからな!」

「そう上手く行くと思っているのか? お前も生まれ変わったようだが、オレも生まれ変わったんだぞ?」

「あはははっ!! かつては賢者の力を有していた二人が、今は精霊しか使えない王女と、中途半端な魔術しか使えない魔術師! だがこの俺は、黒の力を有したまま生まれ変わってんだよ!! 無駄な足掻きだったなぁ?」 


 どうやら口数だけを引き継いで来たらしい。これ以上、お互いに話し合ったところで終わりようがない。


「ステラ。奴に向けて水精霊を」

「――む? 確かにここで火の精霊は呼べないが、どうするつもりだ?」

「まぁ、任せろ」


 だだっ広い大講堂は、かつてオレとステラが魔法勝負を繰り広げた場所のような部屋だ。ここでなら、思いきり魔術を繰り広げることが出来る。


 その為にも、ステラが持つ精霊の力で奴を攪乱させておく。


「くく、どうしたぁ? 魔術師ぃ?」

「……穢れなき水、正しき魂を呼び覚ませ……【クリスタロス】よ、我が手から黒き者の中に――」


 ステラが喚び出した水精霊は、この澱み切った暗闇空間の中であっても、とても澄みきった色を表した。攻撃を繰り出せるものでは無いが、これなら奴の油断を誘えるものとなる。


「――はっ、水精霊だぁ? 言ったはずだ!! 黒を操る俺に、そんなのは効かないってなぁ!」 


 ボーグはゆっくりと近づく水の固まりを、自らの手であっさりと叩き落とした。ボーグの手には、黒い影が見えていて、水精霊は見る影もない。


 ボーグの言葉どおりステラが喚び出した水の精霊は、奴の手を濡らしただけだ。


「シーク、これでいいんだな?」

「上出来だ」


 精霊で攻撃をさせるのが目的じゃない。これはその後に希望を残す為のもの。


「おいおいおい、渇いた手を濡れさせんのが精一杯かぁ? 魔術師じゃなくて、精霊使いの王女に全部任せるとか、そりゃあないぜ」

「いや、それでいい……」

「こっちはよくねえんだよぉぉぉぉぉ!! 闇に喰われろ、シーク・エイルド!!」


 オレとステラを消したくてたまらなかったのか、我慢すら出来ないボーグは、両腕に宿した黒い霧のようなものを放つ。


 ステラではなく、オレにだけその全てを向かわせて来た。


 黒い霧は人々の不安や、負の感情、憎しみや嫉妬の集合体のようなもので、魔物のように姿形がはっきりとしたものではない。


「シーク! 避けろ!!」

「……問題無い。全て受け止めてやる」

「ひゃーははははは!! 過去の奴らのも含めて、全て喰らわせてやるぞ!!」


 黒い霧がオレを覆う。


 その瞬間、ステラの声はもちろん、笑いをこらえきれないボーグの声も何もかもが聞こえなくなった。暗闇の中から感じられるのは、音の無い世界に人々の悲しみ、苦しみ、不安、陰湿、妬みや嫉妬……その全てが、オレをそこから抜け出せないようにじりじりと身体を蝕もうとしている。


「はーははははははっ!! 所詮、力無き魔術師! 何度生まれ変わったところで、黒を操れる俺に敵うはずが無い!!」

「シーク……アタシはお前を信じている。星の力は、お前を選んだのだからな」


 ボーグはオレを闇の空間に閉じ込めて、そのまま閉じ込めようとしたようだ。だが隠者として人間の底を全てを経たオレに、黒の感情の全てを差し向けて来たのは奴の慢心によるものだった。


「ボーグ・ドレヒス。オレを隠者に堕としたことが、失敗だったようだな……」

「――何っ!? 馬鹿な何故……」

「悪いな。オレは黒の感情の全てを経験済みだ」


 人間への希望、絶望、期待その全てを経たことで、既に黒の感情をもはね返せる存在となっていたようだ。


 そしてこれが通用しないことを知った失意のボーグ・ドレヒスは、これで仕舞いとなる。


「白の呪文【ディア・パージ】で、ボーグ・ドレヒスは終わる!」

「ははは、俺に浄化魔術は効かな――……っ!?」


 ステラが放った水精霊で奴の手は乾かずに濡れたままだった。その聖なる水をめがけて、浄化と治癒の呪文を上乗せした。黒の感情を持つ者が抵抗すれば、治癒の呪文はさらに強力なものとなる。


「う、うあああああ……!! こ、こんな……ここで――あ、あぁぁぁぁぁ……」


 黒魔術の呪文で闇に閉じ込めるのも悪くなかったが、やはり白魔術の呪文で迷える魂ごと浄化して打ち消す方が正しい。

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