第30話 想いの約束
そして――ボーグ・ドレヒスの姿は、治癒の光に包まれて完全に消し去った。
大講堂は静寂な空間となり、この場に残されたのはオレとステラの二人だけだ。
「シーク……ど、どうなったんだ? あの男は魔術で消えたのか?」
「ああ、治癒と浄化をされながら、光の中へ消え去った。終わったよ、ステラ」
「シーク! や、やったんだな!? やっと、黒の者を消し去ったのだな?」
「――待たせてすまなかったな、相棒」
「……ふん、待たせすぎだ。数百年以上もお前を待つことになるとは、アタシも大概だな」
グランディールの英雄として過ごしていた賢者の姿は、もうどこにも無い。
しかし今は、フェアシュ王国ロンティーダ魔術学院の生徒と王女として、今を生きている。黒を示す隠者の五芒星と、星の光を示す白の五芒星が備わるシーク・マードレには恐れるものが無い。
生まれ変わった以上、新たな生き方を示しながら過ごしていくしか無いだろう。
その傍には、賢者の頃に相方として長く一緒にいたステラ・フェアシュがいる。彼女とも長い付き合いだ。彼女と相棒を組めば、グランディールで起きた出来事のようなことは繰り返さないだろう。
「さて、シーク・マードレ。アタシを抱っこしろ!」
「――な、何!? 何故抱っこをしなければならない?」
「何を今さらなことを言う? アタシは空間転移を使うことが出来ないと言ったはずだぞ? ましてここには、トネール・ディエンがいない。他にアタシを移動させられる者がいるとでも?」
これは予想外の展開だ。
確かにトネール先生はこの場からいなくなった。しかしまた戻って来ないとも限らない中で、急いでここから移動する必要があるというのだろうか。
「し、しかし、ここから空間転移を使ったとしてどこに着くか分からないのだぞ? それでも使えというのか?」
「今さら恥ずかしがる仲でも無いだろう?」
「……ど、どんな仲だ?」
王女の相棒としての魔術師なだけで、特別な関係というわけでも無いと思うのだが。
「お前がどんな体躯になっても、一緒にいたのを忘れたか? アタシとお前はそういう仲だ」
「まさかと思うが、恋なんて言わないよな?」
「……言葉に出さずとも、伝わっていると思っていたんだが……お前らしいな、全く」
いつからそう思われていたのか、全く見当もつかない。しかし、お互いを思わなければここまで成長することは無かった。そう考えれば、彼女の相棒として傍にいることに何の疑問も持たない。
「分かった。だが、どこに着いても文句は言うなよ?」
「誰にモノを言っている。ふん、早くしろ」
誰もいない大講堂の中で喧嘩を始めても意味がない。どこへ出るのか分からないが、ステラを抱っこして、オレは空間転移を使った。
そしてそれはすぐに後悔へと変わる。
「おいおいおい!! シーク! お前、王女さんと試験をさぼってどこに行っていたんだ? しかもまた抱っこって……お前、それはどうなんだ!」
「あ、いや、そんなつもりは」
着いた場所の目の前には、ベルングの姿があった。それも魔術試験の真っ最中だったようで、これから誰かに向けて、威力の弱い魔術を唱えようとしている所だった。
その相手は、王国の白魔術師たちに保護されていたギィムに対してだったようだ。
「お、ギィムか。大丈夫か?」
「う、うん、僕は平気だけど、それよりも……彼女のことを見てあげた方が――」
「――ん? 彼女?」
そういえば今オレの腕の中にあるのは、ステラだった気がする。
視線をベルングとギィムから、ステラの方に移すと、そこに見えたのは、予想に反して顔を赤くして泣きまくっている彼女の姿だった。
「え、えええっ!? ど、どうした、ステラ!?」
「ど、どうもこうも……お、お前はいつまでアタシを抱きかかえているつもりだ?」
ベルングとギィムの間にいることに気を取られてすっかり忘れていたが、オレの手にはステラの柔らかな感触がしっかり残っているような感じがする。
「ご、ごめん!! 今すぐ離すから、姿勢を――」
「ふん。そういうつもりなら、アタシにも考えがある。おい、シーク。今すぐ空間転移を使え! 行先はお前の家だ。出来るのだろう?」
まさかここからマードレ家に飛べというのだろうか。結構な距離があるのだが、果たして上手く行くかどうか。
「そ、そうだな。このままでは、みんなから注目を集めたままになる。どこへ着くか分からないが、しっかり掴まっていろ!」
「当然だ。アタシを離そうとしてもそうはいかないのだからな!」
これは困ったことになった。何も準備が出来ていないのに、いきなりマードレ家に戻ることになろうとは。
しかし王女の命令に逆らう訳にもいかないし、行くしかない。
どうにでもなれといった感じで空間転移を使い、魔術学院から移動をした。
そこでオレたちを待ち受けていたのは、用意周到な両親の姿だった。
「お待ちしていました。ステラ王女。それから、我が息子シーク」
「か、母さん!?」
「どうやら、無事に黒の者を完全に消し去って来たのだな。我が息子よ!」
まるで来ることが分かっていたかのように、二人揃ってオレたちの前に立っていた。
「光栄に存じますわ。わたくしは、フェアシュ王国の王女……ステラ・フェアシュですわ。此度のことは、全てお見通しだったのではありませんか?」
星の加護のことや、力のこと、そして隠者として過ごして来た人生のことを知りながら、シーク・マードレとして育ててくれた二人は、グランディールのことも知っていたということなのだろうか。
「ええ、私たちはシークやステラ王女と違い、生まれ変わった者ではありません。ですが、事象に長けた者として、過去に遡ることは可能でした」
「え、過去に?」
母イーズに尋ねると、イーズは黙って頷いた。
「シークの過去のことも、私たちには全て見えていたのです。それ故、シークにもう一度隠者として過ごさせる決断をさせたのは、心が痛むものでした」
「だが息子には、星の加護があり星の力を自分のモノとした魔術があった。それが整っていなければ、黒の者を消し去ることなど叶わなかっただろう」
そうだったのか。星の運命に委ねて、全てを託した上で見届けてくれていたんだ。
「そういうことですから、ステラ王女とのこともあなた次第ですよ、シーク?」
「――え? オレ次第?」
「それはそうですよ。長年の相棒だったのでしょう? それなら、彼女とちゃんと向き合ってここで決めなさい」
向き合うということは、やはりこれは彼女に告白をしろということだろうか。
いや、告白では無く約束を交わすことがオレと彼女らしいかもしれない。
「えーと、ステラ。オレと新たな約束を交わそうじゃないか!」
「――約束? 何だ、言ってみろ」
「オレとこれから、ずっと魔術勝負をしてくれ! お互いに勝負の決着はついていないのだからな!」
「――はぁ、お前らしいな。シークが気の利いたことを言えると期待するだけ無駄だった。だが望むところだ! お前の弱り切った精神と知力と体力を完全なものとするまで、アタシはお前とともにあり続けてやる! それでいいのだろう? シーク」
「ああ、よろしく頼む。ステラ」
了
ハーミット・アカデミー~隠者と星の約束~ 遥 かずら @hkz7
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