第28話 不穏な色
静かな朝を迎えた。
軽めの朝食を摂り、オレは決戦になるかもしれない魔術学院に向けて歩き出した。空間転移を使って教室に行けば良かったのだが、ステラ王女がオレを待ち構えていると思ったからだ。そして案の定、彼女はロビーで待っていた。
「ご機嫌いかがかしら? シーク・マードレ」
「おはようございます。ステラ王女……ぶはっ!!」
どうしても聞き慣れない彼女の言葉に、ついついこらえきれずに吹き出してしまう。
「失礼な男め! アタシを見てすぐに吹き出すとは!」
「――らしくないと思ったまでだ。そうだろう? ステラ」
「お前に言われてはお仕舞いだ。それで、今日の定期試験は勝てるんだろうな?」
ボーグたちの卑怯なやり方は何も知らないギィムを傀儡しただけでなく、楽しく過ごしていたベルングたちを不安や恐怖に陥れた。これを許しては、また魔族を溢れさせ世界を混乱にしかねない。
クラスの女子たちを巻き込まない為にも、定期試験という正式な魔術対決を利用してボーグたちを懲らしめる機会となるはずだ。
「オレを信じろよ、相棒」
「――ふん」
ステラを茶化しながら教室へ歩いて向かおうとすると、ベルングに声をかけられた。
「よ、よぉ。ギィムの奴はどうなった?」
ベルングは吹き飛ばされてすぐに学院に戻ってしまったから、その後のことは聞いていないようだ。他の女子たちも無事に帰っただろうか。
「ギィムなら問題無いぞ。悪い何かに操られていただけだから」
「そうか! それは良かった。――ところでシーク。隣にいるステラさん……いや、ステラ王女とはどういう関係なんだ?」
様子がおかしいと思ったら、ステラの素性は既に気付かれていたようだ。それとも、気付いていなかったフリをしていただけなのだろうか。
「い、いつから?」
「あぁ、お前に任せて学院に戻ったら、王国の白魔術師たちが手当てをしてくれたんだ」
「随分用意周到なんだな。あの子たちもか?」
「もちろん、女子たちもだ。そしたら、お前と一緒にいるのはフェアシュ王国の王女だっていうからびびっちまったぜ。王女様とはどういう関係なんだ?」
思わずステラの方を見ると特に隠すことも無く、だからどうしたといった表情でベルングを見ている。彼女が指示を出しているというよりは、トネール先生が動いていると言った方が正しいか。
「オレと王女は――」
まさか数百年以上前から知っていると言えない。もちろん、賢者だったなんてことも信じてもらえないだろう。そうかといって友人、護衛……何て言えばいいのか。
「ベルングとやら! そこのシークは、アタシの魔術師だ。そしてともに戦う相棒でもある! お前はシークと友人なのではないのか? 何故疑う?」
どう表現すれば良かったのか迷っていたが、臆することは無かったか。
「あ、いや、そんなわけでは……す、すみませんでした」
調子のいいベルングでも、王女である以上に勝気なステラには何も言えないようだ。そんなベルングと一緒に教室に向かうことにすると、ステラが王女であるということが学院中に伝わっているのか、廊下を歩く生徒たちからの視線がいつもと全然違うように感じる。
隣を歩く彼女の歩く姿は、気品溢れる女性といった感じで凛々しいうえに、一際目立つ銀色の髪はやはり普通の生徒とは雰囲気がまるで違う。
彼女もオレも生まれ変わって十六歳になっているとはいえ、その姿は魔術学院の生徒とは別だ。王女であると分かられてしまった以上、彼女に話しかけようとする女子生徒はいない。
それは教室に入っても同じで、席についても中々寄って来ようとはしないが、当の本人はあまり気にしてもいないようだ。
だが周りの女子たちが声をかけるのを躊躇している中、気にしないと言わんばかりにボーグたちがステラの元にやって来て声をかけて来る。
「どうも王女様。この前のお話は考えて頂けましたか? 俺たちであれば、王国の為になると思いますが?」
この前の話というのは、ステラに声をかけていた時の話だな。大した話じゃないだろうと思って気にしていなかったが、ステラをも懐柔しようとしていたのだろうか。
「お前たちの話に興味が無い」
「なるほど……ところで、そこの男があなたの魔術師だそうですが、そんな弱い男を傍に置いてよろしいので?」
何を言うかと思えば、朝から挑発か。それもオレに直接話しかけるでは無く、ステラの方に行くとは。
「――お前たちならば、シークに勝てるとでもいうのか?」
「はははっ、そんなの当たり前じゃないですか! あいつはずっと教室でひとりぼっちだったんですよ?」
「それはお前たちが、魔術試験でそうなるように仕向けたからではないのか」
定期魔術試験でボーグにやられたのは確かだ。だがあれで力の差を見せつけたと思われても困る。
「しかも最近いい気になって、弱そうな奴とつるんで王国の白魔術師も味方に取り込んでいるようですが、王女様はそれで王国を守れるとでも思っているのですか?」
ギィムを傀儡していた奴がよく言えたものだ。ボーグ・ドレヒスか。やはり早めに懲らしめてやる必要があるようだ。
そうこうしていると、トネール先生が教室に入って来た。
「ボーグ・ドレヒス! カース、デリット。お前たちは今日が定期試験であることを忘れているのか?」
ステラにちょっかいを出していることに気付いたのか、トネール先生の口調はかなり厳しい。しかし先生の素性も知っているせいか、彼らの態度はあからさまだ。
「どうせそこの魔術師と戦わせる気なんだろ? なぁ、王女付きの先生?」
「口を慎めボーグ! そしてカース、デリット」
「――ちっ」
「お前たちは学院の生徒を危険にさらした疑いが持たれている。もし身の潔白を証明したいならば、シーク・マードレと勝負して証明するがいい!」
語気を強めた言い方をしたかと思えば、先生はオレと彼らを勝負をさせるつもりらしい。彼らの態度は既に誤魔化しようが無く、やる気十分といったところだ。
他の人には見えないだろうが、彼らからは黒いオーラのようなものが見えている。特にボーグからは、黒の感情を示す不穏な色がはっきりと見えている。
「……いいでしょう。どっちが罪人かってことを知らしめてやりますよ!」
ボーグの発言はまさしく前世を知る者の言葉だ。グランディール時代にいた衛兵長ドレヒスは、オレを処刑することが出来ずに、国を失くさせた張本人だ。
ここにいるステラを苦しめた罪人でもある。前世からの因縁をここで断ち切って、終わらせてやる。
「それでは、シーク、ボーグ、カースとデリット以外の生徒は、教室で待機を命ずる! これより私とステラ様が戦いに立ち会い、勝負の行方を見届けるものとする」
トネール先生の宣言が合図かのように、眩い光がオレたちを包む。ベルングやクラスの女子たちの姿が見えなくなるとともに、空間転移が発動した。
ボーグたちと同時に移動しているが、彼らの姿は別の空間なのかこちらからは見えていなくステラとトネール先生も別空間のようだ。
空間転移は基本的に瞬時で移動するものだったが、今回は場所に制限でもかけているのか、移動場所が見えるまで時間がかかった。
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