第26話 王国の思惑

「さて、シークくん。何を聞きたい?」

「そうだぞシーク! 言いたいことがあるなら全部吐き出せ!」


 何も無い部屋で王女と侍従の二人が身を乗り出して聞いて来る光景は、一見すると勘違いをしてしまいかねない。だが、決して楽し気な話でないことくらい分かる。


「――では聞こう。トネール先生はステラの侍従で単なる白魔術師の護衛というだけではないでしょう?」

「私はステラ様の侍従であり、王国を守護する白魔術師だ」


 だから魔術稽古をつけられるほどの実力があったわけか。


「なるほど。それではロンティーダ魔術学院の生徒は? グランディール国民の生まれ変わりか?」


 もちろん全てでは無いだろう。はっきりしているのは、黒の感情を持つ者か心の弱い者に限っていることだ。かつて魔族と呼ばれた存在は、人間の心の弱さを利用して世界を混乱させた。復活するほどの黒の感情は、今では容易く集められないはずなのだが……。


「我々王国の白魔術師が把握しているのは、グランディールを滅ぼすきっかけを作った、衛兵長ドレヒスの生まれ変わりだけだ」


 グランディールを滅ぼす……正確には滅んで消えたわけでは無い。しかし、混乱した国が終息を迎えても、世界はそう簡単に許さないものだ。


「衛兵長というのは、オレを拘束した男だな?」

「そうだ。君を拘束して幽閉した男であり、ステラ様を王に仕立て上げた男でもある。あの男が君を国から追い出し、自分の意のままに人を操ろうとした。その意味が分かるか?」


 闇の再来、いや復活を目論んだか。


「形を成さない黒の感情を持つ存在だな」

「その通りだ。君とステラ様が、賢者として追い払ったはずの存在になる」


 黒の感情を持つ者というのは異形の存在ではなく、人間の心を巣食い続ける実体を持たない存在だ。しかしあの頃は賢者、魔術師、剣士といった強い存在がいた。そんな中、圧倒的に不安を抱える者たちの多くは力を持たない民たちだった。


 黒の感情を持つ者が、魔族として世界を混沌とさせたのだ。


「トネール先生は白魔術師であり、ステラの侍従として彼らとオレを監視していたというわけですか」

「――そういうことだ。そしてシークくんは、星の力を持つ最強の魔術師。君の力で王国、ひいては世界の為に、もう一度お願いしたいのだよ」

「……隠者の生徒として過ごしていたのは、そういうことに繋がるわけか」


 星の力を使ってオレを起こし、魔術師として覚醒させる為にマードレ家に保護させた。ステラのことを忘れることになった星の代償を、一年かけて静かに直そうとした。その間に黒の感情を持つ者を泳がせ、目立った動きを見せるのを待っていた――そういうことか。


「お前がアタシのことを思い出させる為に、どうしても必要な時間があった。隠者のように過ごさせ、目立たせるわけには行かなかったんだ」


 一年もの間に隠者の生徒として過ごせたのは、養父アンゼルムの思惑通りと言っていい。養父母はオレに星の加護があることを教えてくれていた。直接的な繋がりでなくとも、息子が魔術学院に入ったのが嬉しかったからに他ならない。


 たとえ魔術学院に入ることが仕組まれていたことだったとしても、それはステラと再会させる導きの運命だったということになる。


「シーク。腹を立てたなら、アタシを叩いても構わない」


 オレの過去を知る者たちが、罪を償うかのような行動をした。今さら何を怒れるというのか。


「君に傷をつけられるわけが無いだろう? その隙を狙われて国を追われたのだからな。黒の感情を持つ輩ってのは、一人だけでは何も出来ない。その為に他の者を使って賢者を引き離したわけだ」

「それでこそアタシの大事な相棒だ!」


 彼女の安心した顔が見られるなら、王国の思惑通りに動くのも悪くない。


「では、シーク・マードレ。我らに協力をしてもらえるか?」

「――オレはロンティーダ魔術学院の生徒で、あなたは先生だ。もちろん協力させてもらう!」

「あ、ありがとう!! 忘れられた存在として過ごさせて本当に、すまなかった」


 ぶんぶんと手を握りながらトネール先生が、何度も頭を下げている。


「いや、いいですって! オレは星(ステラ)と約束しただけなんですから」


 以前ステラに聞かれた魔術学院に来た理由と目的の全ては、ステラに再会する為だった。グランディール宮殿で起こした魔法の暴発から今に至るまでに色々あったが、星の力を手にした今のオレなら敵う存在などいるはずがない。


 今度こそ完全に奴らを根絶やしにする為に動くだけだ。


「それではステラ様。それとシーク・マードレ。今から私はギィム・ルゴールの様子を見に行きます。二人はここで話をしていてください」

「ああ、分かった。ディエンに任せるぞ」

「ギィムのこと、よろしくお願いします」


 気を遣われたみたいだが、ギィムの様子も気になるし任せるしかない。


「それから、明日の定期試験はボーグたちと、シークによる実践対決となることを伝えておく。試験という名目にしてはいるが、彼らの方から何らかの動きがあるかもしれない」

「その時はオレに任せてもらっても?」

「……そう望む」


 そういうと、トネール先生はその場で空間転移を使い、部屋からいなくなった。


「ところでシーク。星の色のことが分からないと言っていたな?」

「ん? 何か分かったのか?」


 トネール先生は五芒星のことも、星の色のことも分からないと言っていた。ステラは昔、星の加護を受けていた賢者だ。もしかしたら何か気付いたことがあるかも。


「シークには二つの五芒星があると言ったな? それなら答えは決まっている。黒と白、どちらの魔術も使える者という意味だろう」

「それはオレも考えた。それなら外套の色も似た理由か?」

「ああ、間違いない。そして黒の感情を持つ者が表す色は、黒ということで合っているはずだ」


 そうなると、五芒星の周りに見える小さな星だけが謎のままだが。


「実は黒と白の五芒星の周りには、小さな星がいくつか見えている。それについても分からないか?」


 マードレ家で見えた時は、黒と白それぞれに星があった。トネール先生は複数の星が見えていたが、魔

力の強さに応じた数かと思っていたが、どうも違う気がしてならない。


「小さい星が見えているのは、シークとトネールだけか?」

「そうだ」


 ステラはしばらく考え込んでしまったが、しばらくして結論が出たのか笑顔を見せた。

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