第20話 生徒の王女

 翌朝になり、自分の部屋を出るとそこにはギィムの姿があった。彼は同じ寮に住む関係ではあったが、迎えに来るといった行動に出たことは無かった。それだけに一体どうしたのだろうか。


「おはよう、シークくん!」


 朝の挨拶をされて驚いたこともあり、挨拶を返せなかった。


「どうした? オレに何か用でも?」

「あ、うん。今日から教室に一緒に行きたいなって」


 ギィムから飛び出して来た言葉は、意外なものだった。今まで隠者の生徒として過ごしていた時は、ベルングと同様に、見えていない状態で過ごしてくれていた。しかし魔術の打ち消しを披露してから、忘れられた存在は終わったのだが、それにしたって変わりすぎだ。


「いいけど、ボーグたちに目をつけられるんじゃないのか?」

「平気だと思うよ。彼らは、シークくんの実力を知ってしまった。だから教室で絡んで来ることも減るんじゃないかな」

「んー……まぁいいか」


 ギィムはオレよりも身長が高いが、大人しい性格をしていて教室でも目立つことが無い。それだけに強気な態度を見せることは無かったのだが、彼の中で何かが変わったらしい。


 寮から学院へは、真っすぐ伸びた廊下を突き進むだけで迷うことなく着いてしまう。そういう意味でも誰かと一緒に登校する意味は無い。だが今日に限っては、彼の視界の広さに感謝することが起きようとは、この時はまだ思ってもみなかった。


 ロビーに着き、もうすぐ教室に着くといったところで、何やら人だかりが出来ていることに気付く。


「――うん? 何の騒ぎだ?」

「本当だね。でも気にせず教室に入ろうよ」

「そうだな」


 ギィムとオレは高位のクラスであり、基本的に関係の無い生徒は近付くことが出来ない。近付いたところで魔力の違いに気付いて、すごすごと引き返していく光景を何度か見たことがある。


 しかし教室に近付くとそこにいたのは生徒では無く、学院の教師たちの姿だった。


「うちのクラスに何があったんだろ?」

「分からないが、大したことじゃないだろ。入ろうぜ」


 教室の入り口付近に教師が詰め寄っていたが、それに構わず教室の中に入ることにした。教師たちからは特に反応が無かったものの、数人の教師の視線が何となくオレに向けられているような感じがあった。


「よぉ、シーク! それとギィムも」


 自分の席に向かおうとすると、ベルングが声をかけて来た。


「あれは何の騒ぎだ?」

「よく分からんが、うちのクラスに特別待遇の生徒が入って来るらしいぜ? だから一目見ようと集まっているみたいだな。トネールが連れて来るらしいし、楽しみに待っていようぜ!」


 ベルングは既に誰かが来るということを知っているらしい。それにしても魔術学院の教師がこれだけいたことに驚いた。恐らく魔術の使い分けを教えていると思われるのだが、知らない魔術も多いし高位や低位に関係無く教わってみたいものだ。


 しばらくして、トネール先生が教室に姿を見せた。そのまま朝の伝達に入るかと思っていると、教師の人だかりをかき分けて、どう見ても彼女としか言いようのない女子が教室に入って来た。


 そんな彼女を見た数少ない男子たちは、「おおおー」といった声を上げて盛り上がっている。女子たちも、銀色の長い髪に見惚れたかのように、うっとりとした様子を見せているようだ。


「――というわけで、今日からこのクラスに通うことになった、ステラさんだ」


 さすがにフェアシュという名は言わなかったが、ステラが立っているだけで誰もが見惚れる美しさがあった。名前は名乗らなくても、何となく気付いている者も少なくなさそうだ。


「わたくしはステラですわ。以後、お見知りおきを」

「ぶふっ!」


 思わず吹き出してしまったが、後ろの席のオレに気付いてもいないはずだ。


「ステラさんの席は、一番後ろに座っているシークの隣だ」

「承知しましたわ」


 そうかと思えば明らかに怒りを我慢した表情のまま、オレがいる後ろの席まで歩いて来る。これはもしかしなくても手痛い目に遭うのでは。そう思っていたが、彼女はオレを見ることなく隣の空いている席に着いた。どうやら聞こえていなかったらしい。


 それにしてもまさか王国の王女であるステラを生徒として通わせるとは、全く予想すらしていなかった。昨日の時点では一切そんなことを言っていなかったのだが、何か狙いがあってのことかもしれない。


 魔術による伝達を終え、授業が開始された――かと思っていると、隣から冷たい風のようなものが当てられている。どう考えても精霊からの冷気で、じっとしていると凍えてしまいかねない。


 彼女の仕業だろうかと思って横を見ると、くすくす笑いをしながらオレに向けて風を出している。


「よ、止せ。ここがどこだか分かっているのか?」

「アタシのことを生意気にも笑ったお前が悪い!」


 一番後ろの席からだというのにあの笑いが彼女に届いていたなんて、これでは昔のように迂闊なことが出来そうにないではないか。


「――何故ここへ?」

「お前の相方だからだ。それ以外に理由があるか?」


 ステラは昔から頑固で意地っ張りな女性だった。自分の中で一度でも決めたことは、曲げるつもりは無いといった強い信念があり、魔族との戦いの時も救うべきかそうでないかといった意見の対立を何度したことか。


 それだけにステラという女性の芯の強さは十分すぎるくらい理解していたのだが、まさか生まれ変わっても性格がまるっきり変わってないとは驚きだ。


「一応言っておくが、今は魔術学院の生徒だ。オレも君もあの頃とは違う。まして君は王――」

「ふん、だからどうした? 王女が魔術勉強してはいけないとでも言うつもりか?」

「……く、へりくつを」


 ステラを思い出し、星の力のことも明らかとなった。だが王国の王女として国を成り立たせている彼女が何を考えているのか、全くもって分からない。彼女はどうして身分を隠してまでオレの傍に来たというのか。


 賢者の頃の過ちを繰り返させない為にもオレを監視するつもりがあるとしたら、非常に過ごしにくくなるのだが。


「――次の定期試験は、明日行なう。いくつか変更がある為、対戦相手は私が指定をする。君たちはそれに従って試験をするように!」


 隣に座るステラのことで頭を悩ませている間に、次の定期試験の話が出ていた。隠者と化していた間は一切参加することが無かっただけに、オレにとっては久しぶりの試験だ。


「シーク。定期試験とは何だ?」

「何だ、知らないのか? 魔術の実践試験だ。毎月やっている試験なのだが……まぁ、君は関係無い」


 ロンティーダ魔術学院は王国の支配下にある学院だ。王女ならば知らないことは無いと思っていたが、魔術が使えない彼女にとって、気に掛けるものでも無かったのかもしれない。


「その言い草は何だ?」

「いや、だって――」

「……実践試験と言ったな? それならば、アタシにも受ける資格があるはずだ。明日の定期試験は、アタシも受けるぞ!」


 言い方がまずかったのか、ステラは妙なやる気を出している。しかしステラの侍従でもあるトネール先生は、王女を危ない目に遭わせることはしないはずだ。明日になる前にでも、話を通しておこう。


「受けるのは自由だと思うが、君はもう少し自分を大事にすべきだ」

「そう言われれば、ますますやる気が出て来たぞ。明日を楽しみにしておくことだな! シーク」


 こうなると何を言っても無駄と言っていいくらい、頑固な彼女が現れてしまった。心配になるが、今回はトネール先生が指定するようだし問題は無いだろう。隣の席では、早くもステラの作戦が漏れ聞こえて来る。いつもの定期試験のようだし、好きなようにさせてみるしかない。

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