第10話 見知らぬ魔術

 ロビーに向かったところで、ギィムの姿を見つけた。しかし黒い外套の彼らと一緒で、どうやらギィムが一方的にちょっかいを出されているように見えた。ここで間に割って入るのは簡単なことだが、ここで魔術を使ってしまえば穏やかな学院生活を過ごすことなど無縁なものとなる。ここは下手に手出しをしない方が無難だ。


 しばらく彼らの様子を眺めていると、どこからともなくトネール先生が姿を見せた。


「ギィム・ルゴール! そしてお前たち! 今すぐ大講堂に集まれ。初日だからといって、たるむようでは困るな!」

「――は、はい、トネール先生」

「ははは。もちろん今すぐ行きますよ、先生」

 

 驚いたギィムは直立姿勢で返事をしたが、黒い外套の彼らは先生をも舐め切った態度で返事を返していた。新入生を大講堂に集めているということになるのだろうが、何故かオレだけが呼ばれなかった。

 

 不思議に思って首を傾げていると、離れた所で見ていたオレに気付いたのか、ギィムが頭を下げていた。賢者の時代も含めこれまでの人生で学院に通ったことが無い。それだけに、講堂で何かをやるというのは特別な何かを意味していると感じた。


「そこに立っているシーク・マードレ! 君には関係の無いことだが、講堂に集まる生徒は魔力測定試験が実施される」


 離れた所に立っていたのに、トネール先生はオレにあっさり気付いた。


「えっ? 入学試験の時の?」

「その通り。もっとも君は測定試験を一発でクリアし、首席で合格している。改めて受ける必要が無い。つまり高位の魔術師として確定済みだ。そういうことから、君はやる意味が無いので名前を呼ばなかったわけだ。何か聞きたいことは?」

 

 大きい講堂に集められるということは、激しい魔術を繰り出させるということを想定している。入学をさせたにもかかわらず、魔力測定とは何かの意図があるのだろうか。選りすぐりの魔術師だけに授業をするとしたら、魔術学院に通わせる基準が厳しすぎるからだ。


「いいえ、ありません。ですが気になることが……」

「シーク・マードレの質問を許可する」

 

 トネール先生は金色の長い髪をかき上げて、オレを凝視し始めた。


「外套の色の違い、そして制服に浮かぶ五芒星の色と数に違いがあるようなのですが、違いは何なのですか?」


 オレの質問に対しトネール先生は首を傾げ、腕組みをしながら頭の中で懸命に答えを探している。しかし出て来た言葉は、彼女のイメージをまるきり変えるものだった。


「えぇっ!? ちょっと待って! もしかして君には星が見えているの!? しかも外套の色まで……そんなことって――」

 

 さっきまで低音ボイスで冷静沈着に接していたトネール先生が、焦るようにしてオレの両肩を掴んで来た。


 上ずりながら迫って来ているが、幸いにして近くに他の生徒の姿は見られない。しかしこの光景は誤解を招きそうだ。


「お、落ち着いて!」

「えっ、あ……」


 周りを気にするように、トネール先生はすぐに離れた。反応を見る限り、五芒星や色の違いが見えていたのは、自分だけだったようだ。


「何かすみません」

「――コホン、シーク・マードレ。あなたのその力は特別なものです。正直に言いますが、私には五芒星はおろか、星が見えるといったことも初耳です。星の色など全く見えません」

「えっ? そんな……先生程の魔力の持ち主でもですか?」

「――! 星の存在は知っていましたが、確かめられる術を持たなかったのです。そういう意味で今後、私を含めて口外してはなりません。よろしいですね?」


 存在を知るということは、先生の近くにそれを知る者がいるということになるが、さすがにそこまでは聞けない。


「先生には見えていないのですか? 自分からは先生の星がはっきり見えて――」

「ち、ちなみに私の五芒星は何色で、星の数はいくつありますか? それと君の視線が私の胸元にあるが、あまりじろじろ見ないように!」


 他の人には見えていなかったということに驚くが、トネール先生は急に態度が変わり赤面しながら動揺を見せている。もしかして星の力が関係しているとすれば、確かに隠すべき力だろう。


 胸元を見ているのはそこに星が見えているからなのだが、気を付けるしか無さそうだ。それにしてもトネール先生の胸元に見える小さい星の数は、自分よりも明らかに多い。その辺りも謎なことだ。


「えーと、オレよりは星の数が多いですし、白く光っていますよ。ですので、安心していいかと」

「そ、そうなのね? 良かった……これであの方に叱られないで済みそう……」


 どうやら先生よりも上の立場の人に報告をするようだ。色のことも一安心したようで、胸を撫で下ろしている。


 もっとも、小さな星の数が何を示すものかは不明だ。星の色のことも気にはなるが、これもはっきりと分かるまでは、黙っておく方がいいだろう。

 

 それにしても、魔力測定の再試験があったのは驚きだ。自分だけが行かなくていいとなると、その時点で特別扱いを受けていることを表す。


「あ、ところで先生――」

「んんっ! 他に聞きたいことがあるなら、聞こう」


 しばらく興奮状態だったことに気付いたようで、トネール先生は咳込みと同時に口調を戻した。


「――教室はどこですか?」

「あぁ、そうだったな。これより先、シーク・マードレの教室は私ではなく、別の者が案内する。その者に聞きたまえ! 私は試験官でもあるのでこれで失礼する。シーク・マードレ、くれぐれも慎むように!」


 口調は元に戻っていたが、トネール先生の足取りはとても軽そうに見えた。五芒星のことや、色のことまで分かったことがよほど嬉しかったのだろう。


 トネール先生がこの場からいなくなると、誰もいないロビーは一気に静まり返った。別の者が案内すると言われたが、どこから現れるのか。


「よし! そんじゃあここからは、俺が教室に案内してやるよ!」

「うわぁっ!?」


 周りを見回しても人の気配が無かっただけに、オレは思わず驚きの声を上げてしまった。


「おいおい、そんなに驚くなよ! 気配を消す魔術はそんなに得意でも無いんだぜ?」


 気配を感じさせない魔術があるのは初耳だが、ギィムと同じくらいの力を持つ者だろうか。制服の五芒星はよく見えず口も悪いが、この男から悪い感じは受けない。見た目で判断するに攻撃タイプの魔術師に見えるが、はっきりとした物言いと軽そうな態度でそう見えるだけだろう。大人しそうなギィムとはまるでタイプが違う。


「トネールのクラスに所属する二年目のベルング・コートだ。あぁ、敬語は使うなよ? 高位クラスは新入生だとか、先輩だとか関係ねえからな!」


 担任を呼び捨てに出来る程の実力者だろうか。


「あ、あぁ……そういうことなら」


 そういえばギィムの試験は上手く行っているだろうか。彼の魔力は間違いなく優れている。魔力測定なら問題無く終えそうだが、果たしてどういった結果になるのか。


「おう、気楽な付き合いでよろしくな!」


 それにしても初日だというのに、周りが慌ただしく感じる。精霊の声では無いが、魔術学院一帯がざわついているような、そんな感じがしてならない。さっぱり先が見えず分からない状態だが、これも星の加護のおかげだとすればそれに従って過ごすしか無さそうだ。


「――それで、教室はどこに?」


 ベルングに尋ねてみると、彼はオレをじっと見て不思議そうな顔をしている。


「ふーん? 使えてもおかしくないが……お前、空間転移は使えるか? 使えるんなら俺について来いよ」


 何かと思えば、空間転移などそんな魔術は聞いたことが無い。これも数百年の間に出来た魔術だとすれば、随分と便利な世界になったものだ。


「いや、使えないし知らない」

「――何っ、使えないのか? あのトネールが優しくしてたってことはかなり優秀な奴だと思っていたんだが……。それにこの学院じゃ、漆黒の髪色をさせた奴なんて見たことがねえし、変わり者だと睨んでいたんだけどな」


 担任教師が優しく見えたのは、星が見えることが分かったからに他ならない。それはいいとして、彼の言うように自分以外に黒い髪色をさせた生徒は確かに見かけないが、これも星の加護によるものだろうか。


「わ、悪い……」

「まぁいい、こっちだ。ついて来いよ」


 そう言うと、ベルングはオレの前を歩き始めた。魔術学院と言うだけあって、自分の足で歩くよりも魔術を使って移動するのが主流のようだ。賢者の時には、少なくとも魔法の力を使って移動するといった手段は使われなかった。

 

 生まれ変わってから全てが新しいことのように思えるが、百年以上も経った上に慣れない学生生活が始まっている時点で、知らないことが多いのは当然だ。五芒星についてもそうで、まさか自分の星が制服に出現しているなど、誰も夢にも思わないだろう。

 

 父と母は、星の加護があると知った上で保護して育ててくれた。そしてかつてのシークが、恐らく隠者だったことも知っている。そうでなければ送り出す時に、あんなことは言わなかっただろう。

 

 星の力のことを知ってしまった上、隠者として苦しい人生を歩んで来たからこそ、目立った行動は控えろということなのかもしれない。

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