第11話 見えない存在
「シーク! 教室に着いたぜ」
「――! こ、ここが?」
「驚いたか? 学年も年齢も関係ねえように見えるだろ? まぁ、女子が圧倒的だがそこは慣れろ!」
ベルングが言うように、案内された教室の中には多くの女子が見えている。人数にして十数人以上といったところだ。女子の全てからでは無いが、制服の胸元から見えているのは白い五芒星だ。このクラスには、悪い気配を感じさせる人間はいないらしい。
自分以外の生徒の髪色は、ベルングを含めて派手な色をさせている。そうなると、髪色だけでも既に相当目立っていることになるようだ。
「クラスの生徒はこれで全部なのか? オレの他に新入生は――」
「おっと、今見えている人数を参考にすんなよ? トネールがやってる試験が終わったら、何人かは増えるだろうからな」
「……なるほど」
空いている適当な席に着いていいらしく、オレは目立たぬように一番後ろの席に座った。ベルングは一番前の席らしく、調子良く周りの女子と会話し始めている。相当軽そうな奴だが、そうじゃなければ女子たちと上手く出来ないのかもしれない。
心配をよそにオレの元には、今のところ特に誰も話しかけて来る気配も無く、教室の中では静かに過ごせそうな感じがした。
しばらくして数人の男子とともに、トネール先生が教室に入って来た。そこには心配していたギィムと、黒い外套を見せている彼らの姿があった。どうやら先生の言うとおり、彼らの実力もそこそこ高かったらしい。
黒と白の五芒星が示すものの意味は、今のところ分からない。そもそもオレには二つの星があって、一概には判断出来ないからだ。黒魔術と白魔術のどちらかが得意、あるいは生まれ持っての力という可能性が考えられるが、そうなると気配とどう関係しているのか。分からないうちは大人しく過ごすしかない。
全員が席に着いたところで、担任であるトネール先生が口を開く。しかしどういう訳か声が全く聞こえて来ない。それにもかかわらず、他のみんなは真剣な眼差しで頷きながら話を聞いている。
「――というわけだ。シーク・マードレ!」
「えっ、はい?」
話を全く聞いていなかった自分に対し、教室のみんなから「ふふっ!」といった失笑が漏れている。何も聞こえなかったのだが、重要なことでも話していただろうか。
そう思っていたが――先生の言葉は、オレに対する煽りのようなものだった。
「……見てのとおり、彼の反応はとても大人しい。あれこれと話しかけても、期待の出来る答えは返って来ないだろう。女子はそのことに気を付けて、話しかけるように!!」
大人しくて弱々しい生徒として紹介されてしまったらしい。女子が多いということは、質問攻めに合うことを見越して、未然に防いでくれたようだ。
ギィムとベルングは、オレが座る席からかなり離れた所に座っている。だが黒い外套の連中と距離が近く、不敵な笑みを浮かべながらわざとらしい素振りを見せつけた。
彼らのことは気にしないことにして、まずは学生生活に慣れるしか無さそうだ。
◇
ロンティーダ魔術学院の生徒として一年が経った。高位クラス担任のトネール先生は、オレの事情を知る一人として構わず淡々と授業を進めている。
首席合格で入学したオレは高位クラスでの学生生活が開始された当初、同じ寮のギィムとそれなりに話が出来るようになっていた。彼の場合は自分と同様に王国出身でも無かったので、すぐに仲良くなれた。
初日に教室まで案内してくれた年上のベルングとも打ち解け、彼のおかげでクラスの女子とも口を利くことがことが出来ていたのだが、定期試験の日を境にオレの存在は打ち消されてしまった。
ひと月が過ぎたある日の午後のことだ。高位クラスでは魔術を廃らせないように、ひと月ごとに定期試験を実施する。それもあってクラスのみんなと親睦を深めていたオレは、彼女たちとその話で盛り上がっていた。
そこに例の黒い五芒星の連中が、試験の勝負を挑んで来たのだ。彼らも首席合格したメンバーだったことで相当自信があるようで、オレだけが特別扱いをされていることに不満を漏らし、試験を名目とした魔術対決を挑んで来たのである。
「マードレ家のシークってのはお前だろ? 定期試験はお前と勝負がしたい」
「オレと? でも既に決まって――」
ギィムと試験を楽しむつもりだったが、彼は申し訳なさそうに断って来た。
「ぼ、僕は次の機会でいいよ。シーク君、頑張って」
ロンティーダ魔術学院の伝統らしく魔術を使っての実践試験は、単なる筆記試験で終わらせず「誰かを指名して簡単な魔術対決をせよ!」といった独自性のある試験だった。
試験結果でどうなるものでも無く、仲のいい友人同士で行なうことが多いだけに、突然挑まれてしまうとは予想していなかった。
オレを指名し挑んで来たのは、王国出身を鼻にかけて常に上から目線で話していたボーグ・ドレヒスという男だ。黒い五芒星を見せている連中の中でも、この男からは特に嫌な気配を感じる。
「はははっ、まさか逃げないよな? 山奥出身の首席くん」
「魔術対決……すればいいんだよな?」
「そうだ。簡単だろ?」
その後の展開はあっという間だった。下手に実力を見せてしまえば目立ってしまうということでオレは力を見せる必要性を感じず、目に見えて分かるくらいの弱い魔術しか繰り出さなかった。
その結果、避けることもしなかったオレの顔や腕には、僅かながらかすり傷が出来てしまったのだ。
すぐさまトネール先生によって治癒をされたが、連中にお咎めは無く傷も大したことが無いとされた。クラスの女子たちを煽りつつ、彼らはオレが首席合格で入学したのはまぐれだったのだと広められ、クラスで孤立してしまったのである。
彼らがオレを挑発したのは、漆黒な髪をさせ温和で心優しい男子として、名前も知らない女子たちからこぞって質問攻めを受けたのがきっかけらしいが、その前から気に入らなかったのだろう。
家柄というコネだけで担任に優しくされ、高位のクラスにしてもらったという尾鰭がついたことで、ギィムとベルングを含め今では誰も寄り付かなくなった。
しかしギィムは同じ寮生でもあることから、せめてもの情けなのか寮の中でだけは話をしてくれていた。
だが学院の敷地内に関しては、そうすることが自己防衛だったのか口を利くことは無かった。ベルングは元々オレと話すよりも女子とばかり話す奴だったので、近付いて来なくても平気だった。黒い星の彼らが煽ったことでもあるので、彼らからは見向きもされないどころか、存在そのものを忘れられた。恐らく思っていた以上に、実力が無さすぎたということに失望したのだろう。
クラスのみんなに忘れられて落ち込むかと思ったが、そもそも魔術学院に入ったとはいえ人生のやり直しをしたくて入ったわけでは無い。ましてかつての賢者時代より魔力が強くても、何かを起こそうとする目標を持ち合わせていない自分にとって、ここでの生活は大人になる為の通過点に過ぎなかった。
それに隠者として長い間孤独を味わった経験があるからこそ、ここでの扱いに対し、絶望では無く感謝の気持ちの方が強い。恐らくボーグたちはオレを貶めたつもりなのだろうが、今では平穏に過ごせるスキルとして誇りを持って過ごすことが出来る。さらに幸いなことなのは、授業で当てられることが無いことだ。
教師であるトネール先生はオレの力のことを知り、隠者のように過ごすことについて暗黙の了解をしている。そんなことがあって、今のような状況が作り出されていた。
「シーク君。放課後は私に付き合いたまえ」
「はい、先生」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます