第23話 黒い気配

「なぁ、シーク。そういや、ギィムの奴は元気か?」

「ん? お前とギィムはあまり話をしないんだったか?」

「席が近いからする時もあるが、お前とギィムは同じ寮だろ? 話をする接点は俺よりもあるじゃないか。だが俺から話しかけることがあまりないんでね」

 

 ベルングの言うとおり、ギィムとは寮で出会うことが多いだけに話す機会は教室にいる時よりも全然多い。しかし最近放課後になると教室から既にいなくなっていることが多く、寮に帰っても通路で会う以外はほとんど顔を合わせることが少なくなっている。


 お互いの部屋を訪れることも無ければ、部屋の場所も教えたことが無いのだが、彼の普段の行動がよく分からなくなっているのが現状だ。


「――なるほどな。今日の誘いは? ギィムから何か聞いて来なかったのか?」

「ギィムは休み時間も含めて、どこかにいなくなっていることが多いからな。そんな奴に声をかけるのは簡単じゃないぜ?」

「……そうか。ちなみに、ボーグたちがちょっかいを出している可能性は?」


 入学初日のロビーで見かけていただけに気になるところではあるが、ボーグたちと違ってギィムの五芒星は白だった。彼から悪い気配も感じなかったことから、白の星をさせている者は正しき心を持つ者と考えているのだが、まだ確証は無い。


 このことは、ステラとトネール先生に聞いておいた方が良さそうだ。


「ボーグか。あいつらと絡んだ時は無いが、嫌な感じはある。特にお前に魔術試験を挑んで傷をつけた時に、教室全体に悪い気が流れた感じを受けた」


 軽そうなベルングが、ボーグのことを良くない感じと捉えているとは驚きだ。


「悪い気? それは他の女子たちに影響を及ぼすまでにか?」

「そこまでは分からないが、俺は白魔術側の人間だから、何となく感じただけだな!」

「白魔術の側? 一応聞くが、ボーグたちは?」


 聞くまでも無いことだが、黒魔術は対象の相手を貶めることや、負の力を借りて無理やり解決させることが多く呪術に近いものがある。オレは黒も白も使えるが、黒を使う時は負の力に抑えられないように呪文を乗せて使う。


 それに対し白魔術は、相手の為に行なう行為がほとんどといっていい。治癒であったり、落ち着かせたり……そんな白魔術側のベルングがボーグのことを良く思わないとすれば、ギィムのことが気がかりだ。


「何だ、シークは気付いてなかったのか? 高位クラスの中で黒魔術側の人間は、あいつらだけだぞ。女子たちは白魔術だな。ギィムは分からないが……」


 今の話を聞く限り制服に浮かぶ五芒星の色の区別は、やはり白魔術か黒魔術という意味のようだ。オレの場合はどちらも使えるのだが、外套の色もそれに関係している可能性が高い。


 しかし黒魔術を使うだけなら、悪い気配になることが無いはず。そうなると考えられるのは、黒く見える彼らの力の源は――


「ギィムは白のはずだ」

「ははっ、まるで見えているかのように聞こえるぞ? もしかして、シークは見えるのか?」


 五芒星や星の色が見えることを、ベルングに教えていいものかどうか迷う。しかし隠し続けた所で、疑いの心を持たせるだけではないのか。


 ベルングに対し答えに迷っていると、ステラの精霊がざわついていることに気付く。魔術とは異なるが、大気が不安定になっていることくらいは感じられるからだ。


「ベルング。その答えは後で話す! それよりも今は、彼女たちの所に急ぐぞ!」

「――! 分かった、そうさせてもらう」


 どうやら彼も、どこかで何かが起こっていることに気付いたようだ。今の時点で感じられるのは、ステラを含めクラスの女子たちから、不安や心配といった心の乱れが生じていることにある。


「ベルング、飛ぶぞ」

「よし!」


 街を走り回っていても正確な場所は把握しきれない。しかし空間転移を使えば、少なくとも彼女の気配をたどることは出来る。賢者の時は、お互いの魔力を探って位置を確かめ合っていた。今はステラから感じられる精霊の力を頼るしかない。


 ベルングとほぼ同時に空間転移を使い、彼女たちの気配がある場所に移動した。たどり着いたのは、中央に噴水が見える広場だ。


 そこには王国の象徴としての宮殿が、東西南北の橋から見えるような位置にいくつか建っている。一見すると広場を囲うように建てられている感じに見えた。


 だが今気にしなければならないのは、噴水前から感じる黒い気配だ。噴水広場だというのに、他の人の姿が見えない時点で何か変な感じを受ける。隣を走るベルングも広場に来たことが無いのか、目を丸くして驚いている。


「シーク! あそこにいるのはあいつじゃないか?」

「――ギィム!?」

「ちっ、あいつら!」


 噴水前に見えるのは、ギィムの他にボーグといつも一緒にいた奴らが揃って立っている。ステラは他の女子たちを守るように後ろに下がらせていて、ギィムの正面に立ちはだかっている。どちらも傷を負うようなことにはなっていないが、彼女たちから感じられるのは不安や怯えだ。


 運動不足のせいか脚力でベルングに敵わず、彼が一足先にギィムの前に立ちはだかっていた。


「ギィム・ルゴール。そりゃないぜ、全く。大人しそうな奴がこんなことをするとは、正直言って思わなかったぞ?」

「ううう……うるさい、うるさいいいい!! どけ、どけーー!!」


 少し遅れてたどり着いたが、ギィムの様子がおかしい。何か黒い気配を彼から感じるが、ギィムの後ろに立っている二人がその場から動かず、手元で何かをしているように見えるのは気のせいじゃなさそうだ。


「ふぅはぁ……ベルング、平気か?」

「そりゃこっちの台詞だ。息を切らせて、大丈夫かよ全く……。とりあえず、シークは彼女たちに付いててやれ!」


 情けない話だが、体力が無さすぎた。


 息を整えながらステラと女子たちを、落ち着かせてやらなければならない。


「遅いぞ、シーク! あの男と比べても運動能力が低すぎるぞ!!」

「わ、悪い。それで、何があったんだ? ギィムの様子が明らかに変なんだが……」


 他の女子たちはその場にしゃがみ込んでいて、肩を震わせている。何か恐ろしいことが起こったに違いない。落ち着いているのはステラだけだ。


「――その前に、シーク。彼女たちだけでも学院に送ってやれ。出来るだろう?」

「可能だ。任せておけ」


 空間転移を改良したことの一つに、自分以外の誰かを指定の場所に送れることが出来るようになった。これもトネール先生との魔術稽古によって覚えたスキルだ。ステラには既にこのスキルのことが伝わっていて、オレが使うことに疑いは無い。


「彼女たちにはアタシから癒しの風を当てておいた。少しは落ち着いているはずだ」

「分かった。安心して呪文を放たせてもらうぞ」


 空間転移は少しばかりの魔力を消費するが、される側の人間も多少の魔力消費が生じる。それだけに彼女たちの体力や精神的な消耗を気にしたが、それに関してはステラが既に精霊を使っていたようだ。


「シークくん。お、お願いします」


 一番落ち着いている女子を先頭にさせ、他の子たちをすぐ傍に立たせた。そして、彼女たちに向けて黒の呪文を放つ。


「黒の呪文【テレポート・ロンティーダ】!」


 空間転移を応用して、複数の女子たちに移動魔術を施した。一時的に黒い空間を使用することになるが、通って来た、もしくは移動元に戻ることが出来る。


「シークの魔術はいつ見ても惚れ惚れするものだな! よくやってくれた」

「大したことは無い。それより君は平気か?」

「アタシなら問題無い。精霊の力を頼り過ぎない限りはな」


 そうは言いつつも、他の誰かを守りながらギィムに対していたことで無理をしているように見える。


 後ろで休ませようと思ったが、彼女の性格を考えればそうするつもりは無さそうなので、傍にいてもらうことにした。

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