第22話 王国デート

 本物のお姫様、いや王女を抱っこした状態で、オレはロンティーダ魔術学院の外門前に移動した。そしてその時点でベルングたちや他の生徒たちが、オレたちの姿を目の当たりにしている。

 

 その場にいた女子たちからは黄色い歓声が上がりまくっていて、見知らぬ男子たちには敵として認められたようだ。そして驚いたベルングが、物凄い勢いで駆け寄って来た。


「おいおいおい、シーク! おおおお、お前!? ステラさんとそういう関係なのか!?」


 どういう関係かと言われると、相方であり双方における大事な友人と言っても間違いでは無いが、彼女がどう答えるのか。


「えーとだな……」

「どういう関係か、それは皆様にお任せしますわ。わたくしとシークは、とても長い関係ですの。ですがそれによって、黒の感情を呼ぶことの無いようにお願いしますわ」

「君は何を言って――むごっ」


 あらぬ誤解をされかねないので違うと言い出したかったが、彼女が黒の感情のことを口にするとはいつ以来だろうか。


 数百年以上前は黒の感情を溢れさせたことで魔族が増えたものだが、今の時代の、それも魔術学院の生徒に言う程のものでも無い気がする。それにしても彼女の精霊の力はかなり強い。途中で上手く言葉が出せなくなったのも、精霊術によって封じられてしまったからだ。黒の呪文に対抗出来るかは分からないが、精霊の言霊を乗せれば、彼女が魔術を学ぶ必要は無いと断言出来る。


「――そ、そりゃあ何よりですよ。良かったな、シーク! 一年我慢した甲斐があったな!」

「何を言っているのか分からんが、そろそろ行くんだよな?」

「もちろんだ。シークは外に出ていないから分からないだろうが、買い物とか色々楽しい所だぞ!」


 隠者の生徒として一年間ほど忘れられた存在を過ごした。これ自体に嫌悪感も無ければ後悔も何も無いが、ステラがオレの前に姿を見せたのも一年が過ぎてからになる。彼女との再会が何か関係しているというのは、考え過ぎだろうか。


 トネール先生が毎日のように魔術稽古をつけてくれたのも、オレの力を押し上げる狙いがあったとしたら、何かが起きることを前提として備えていた可能性がある。考えすぎかもしれないが、留めておかなければならない。


「シーク。アタシをエスコートしてくれないのか?」

「……してやりたいが、目立つのはごめんだ。外套を深く被って顔を隠すなら、してもいいぞ」

「――いいだろう」


 何ともぎこちない動きになったが、彼女の手を取ってゆっくりと歩き出した。


「こういう行為は何とも慣れないが、君は?」

「あぁ、そうだな。だが面倒事が片付いたら、シークとはもっと話をしながら歩きたいものだな」


 ステラとは数百年以来の付き合いになるが、所謂普通の行動を共にしたことが無い。賢者の頃は世界を転々としながらお互いの強さを磨き、後に世界を平和なものにするまで一緒にいたが、町や村ではそれぞれ別の動きをしていた。それだけにこういった経験が無い。


 だが、オレよりも前にステラは王女として生まれ変わっている。まして王国の王女となれば、魔術都市に出かけたことくらいはあるはずだ。それなのにどうしてそんなに楽しそうなのか、理解が追い付かない。


 オレの言葉通りステラは外套で顔を隠し、手だけ添えて歩き出した。ベルングを始めとした女子たちは、オレと彼女が一緒に歩いている姿を微笑ましく眺めていたが、隠者としての生活が長すぎたオレにとって、堂々と街に繰り出すのは決して簡単なことでは無かった。


「はぁ……はぁぁっ。人が多いな、ここは」


 マードレ家から王国にたどり着いた時、オレはロンティーダ魔術学院を目指すことしか頭に無かった。だからこそ魔術都市の人の多さにも恐れることは無かったのだが、魔術学院の生徒となり学院の外に出ることが無くなった今、関わりの無い人間を見ただけで息切れが起きるとは、思いもよらなかったことだ。手を繋ぎながら隣を歩くステラからは、不安そうな表情をのぞかせて来る。


「平気か、シーク」

「あ、あぁ……」


 一年だけだったとはいえ、隠者の生徒として過ごしていたことで愚か者だった頃の自分を思い出してしまったようだ。そうでなければ、ここまで身体的な苦痛を表すことは無い。


「シーク。生まれ変わっても隠者のように過ごしていたのは、正しかったのか?」

「……正しくは無い。だが、君に再会することが出来たのだからな! 今の苦しみは、オレが長年抱えていた不安な心が表れたに過ぎない。しかし今は隣にステラがいる。心配するな、かつての強さを思い出すさ」


 情けない姿を見せてしまった。しかし彼女が握る手は、一層強くなっている。


「隠者シーク・マードレ。お前は誰よりも強く、魔術師としても最高の強さだ。アタシにとって、一番頼れる唯一無二の存在だ! 王女フェアシュが頼っているのだぞ? 隠者であることを誇れ!」

「隠者であることを誇りに思え、か。相変わらずだな君は。面白いことを言う」

「――何だと? 馬鹿にするつもりか!」

「いや、陰湿な心を残し過ぎていたようだ。助かった。ありがとう、ステラ」


 卑屈になることは無かった。自分では気にしていないと思っていたが、人と話さないことを当たり前と思っていたことがこんなにも苦しいことだったとは。しかし癒しの女神は今でも健在のようだ。


「ふん。最強の力を持っているくせに、お前が不甲斐なかっただけだ。それに、お前を何度立ち直らせて来たと思っている!」


 彼女が言うように、オレは最強を誇っていた。しかし精神が弱く、落ち込んだりすることも多かった。そんなオレを励まし、勇気づけて来たのが相方のステラというわけである。彼女のことを思い出していなければ、ここまで気を強く保てなかった。


「ああ、ステラのおかげだ。そ、それはそうと、ずっと手を繋いだままなんだが……」


 ステラは照れや恥ずかしさを昔から持ったことが無い。こうして別の姿となった今でも年頃の生徒が抱くような感情は、恐らく持ち合わせていないのだろう。


「――今にも泣き崩れそうなお前を突き放すほど、アタシは腐ってなどいない! だがそろそろ手繋ぎも飽きて来た。アタシはあの男と一緒にいる彼女たちと親睦を深めておく」

「飽きたって……まぁ、親睦は大事だな。王女が国民と触れ合うのは、いいことだと思うぞ」

「お前もあの男と仲良くして来い! じゃあなまたな、シーク」


 彼女なりに気遣ってくれたのか、ステラは他の女子たちの所に近付いて市場が見える所や、道具屋といったお店に案内を頼んでいるようだ。


 他の女子たちと一緒にステラが動き出すと同時に、ベルングがオレの所にやって来た。


「あの強気そうな彼女と仲直りしたか? シーク」

「喧嘩していた風に見えたか? ここに来るのに抱っこして来たんだぞ?」

「空間転移が使えなかったんだろう? それを知って、無理やり抱っこして来たってことくらい見れば分かる」


 外門前に着いた時は取り乱していたくせに、この男は細かい所まで探っていたようだ。いつも女子たちと一緒にいる軽い奴ではあるが、実は凄い奴なのかもしれない。


「まぁ、そんな所だ」


 あれこれと言い訳しても、この男には意味が無さそうだ。


「そうか。そうだろうな! お前不器用そうだもんなー! はははっ」


 上手く話題を変えられたし、ステラとの関係をこれ以上深くまで聞いて来ないだろう。安心しきった所でステラたちの姿を探すと、彼女たちはあちこちの店に足を運んでいるようで楽しそうだ。気を抜くと置いて行かれそうだが、遠くまで行かない限り確認出来るから問題無いだろう。

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