第13話 2008年8月10日 五家の子供達(2)

「ちょっと売店見てくるね!」


 僕は早めの夜ご飯を平らげると玄関に飛び出す。祖母は「早く帰ってきなさいね」と言って僕を見送る。2人ともテレビで放映されるオリンピック競技に釘付けだ。五家祭りの準備にも参加したのでゆっくりとした夜を過ごすつもりなのだろう。


 2人がテレビに夢中になっていることを確認すると下駄箱の上に置かれた祖父の鍵を静かに手にする。蔵の鍵は車の鍵や家の鍵と一緒にワイヤーで繋がっていたが一つだけ取り外す。南京錠の鍵は他の鍵よりも単純なつくりをしているので見極めるのは簡単だった。ごめんおじいちゃん家宝の太刀が必要なんだ。


 懐中電灯を手にすると砂利道を音を立てないように静かに歩く。へこんだ蔵の扉の南京錠を開ける。

 蔵の電気をつけてバレてしまうと困るのでそのまま懐中電灯を照らして蔵の中を散策する。すぐ正面に桐の箱が置いてあるのが見えて大きさからしてもすぐにそれが太刀だと分かった。分かりやすい場所に置いてあるのは祭りが近いからだろう。

 蔵の中の空気が変わった気がして息を呑んだ。


 桐の箱から音を立てないように慎重に太刀を取り出す。まるで盗みを行っているようで冷や汗が背中を伝う。ちゃんと使い終わったら返すのだからこれは盗みじゃないと僕は心の中で言い聞かせた。これがなければ妖怪を打ち払うことはできない。この前のように傘や石では対処しきれないことは分かり切っているんだ。


 本物の刀である証にずっしりとした重みを全身で感じる。左手に太刀、右手に懐中電灯を持って僕は足音を立てないように蔵から外に出る。ガチャリと蔵に南京錠をかけ直す。


 そのまま小走りで薄暗くなりかけた畦道を行く。

 夕焼けというのは美しい景色だと思われているが僕は気味悪く思える時がある。夜でもないかといって昼でもない曖昧な時間。

 公園から一人で家に帰る時に夕焼けを見ると恐怖心から急いで帰らなければという気持ちになったものだ。小学生じゃあるまいし今の僕に恐怖心はない。ただ不気味だなと思うだけだ。


 田んぼを見ながら郵便局の近くまでやってくると『売店 とわこ』が見えてくる。夕方になると民家が立ち並ぶ一帯にやってきても人通りがない。五家祭りの準備をしていた昼間の賑わいが嘘みたいだ。

 売店の前には同じく懐中電灯を持った錬が立っていた。携帯電話を眺めているため反射した光が錬の顔に当たっていて怖い。


 錬の側に駆け寄ったのだが何の反応もない。僕は耐えきれず声を掛けた。


「おーい錬!どうかしたの?」

「いや……今、樹里菜じゅりなから変なメールが来てそれっきりずっと電波がおかしいんだ」


 そう言うと僕に携帯画面を見せた。


『呼子小中学校に妖怪多数発生。』


 見たところ賀茂春明かもはるあきのメールを木楽きがくさんが錬に転送したようだった。アンテナの部分が圏外になっている。僕は携帯電話を持っていないから分からないけど水嵩みずかささんに貸してもらったときこの村でも問題なく使えることを確認した。いきなり圏外になってしまうのはなんだかとても不穏だ。


「今のところ歩いてても妖怪の1匹も歩いてない。ということは小学校に集まってるってことなのかな?」


 僕は顎に手をあてて考える。水嵩さんがいないからこの考えが正しいか分からない。


「そんなの知るかよ。とりあえずこのメールんとこ行けばいいんだろ?」


 錬があくびをしながら面倒そうに懐中電灯の明かりをつける。こうして僕らはメールの文面から小中学校に向かうことに決めた。


「春明さんがメールをしたってことは木楽さんと朔君も来てるってことか」


 僕は錬の後を追いながら周りに注意をむけて歩く。前のようにどこから妖怪が出てくるか分からない。


「てか何で刀なんて持ってきてんだよ。本当に中2病極まってんのな」


 錬が僕の装備をみて鼻で笑う。僕も負けじと声を張り上げる。


「丸腰で来たことを後悔するよ。いつか錬だって家宝の武器が必要になる」

「へいへい」


 小中学校に近づくにつれて僕は神経が逆立つのを感じた。そして空に無数に飛ぶムササビと蝙蝠こうもりが合体したような生き物が小中学校の方角に向かって飛んでいくのを見た。


「何だあれ……。蝙蝠にしちゃあでかいな……」


 錬が空に向かって懐中電灯を照らす。僕は太刀の柄に手を掛ける。刀なんて抜いたことも持ったこともないけど時代劇で見たようなそれらしい構えの体制を取る。


「あれが妖怪だよ。気を付けて……どこから来るか分からな……」


 僕が言葉を発している途中で僕らの目の前に何かが躍り出た。目玉がひとつしかない人の形をした何かが僕らを視界にとらえる。大きさは中型犬ぐらいの大きさしかないがそのサイズ感が逆に恐怖心を煽る。

 自然と隣に並んだ錬が生唾を飲み込んだのが分かった。


「何だ……これ」


 眠たそうだった錬の顔が一気に覚醒していくのが分かった。細かった目がどんどん大きく見開いていく。

 1つ目の妖怪は僕らに向かって動物でもない人でもない音で叫ぶと此方に向かってきたのだ。

 僕は太刀を抜いて応戦しようとしたけど鞘から刀身を全て抜き切るのは難しいとすぐに悟った。このまま何もしなければ僕らは怪我をしてしまう。僕は直感的に少し出かけていた刃をしまうと鞘に納めたまま足を踏ん張って刀をバッドのように振った。


 1つ目の妖怪が田んぼの方に吹っ飛ばされるのが見えた。僕はその光景をみてスカッとした気分になる。僕は息を荒げながら錬に向かって得意げに言った。


「ほらね?いたでしょ。本物の妖怪が」


 錬は呆然と1つ目の妖怪が吹っ飛ばされた方角を眺めていた。


「ああ……。妖怪については納得した。だけど刀ってそういう風に使うのか?」


 錬に痛いところを突かれる。僕は笑って誤魔化した。


「刀とか初めて持つからさ……。抜けなくて思わずバッドにしちゃった」


 錬はため息を吐くと懐中電灯を持ち直す。辺りの闇が深くなってきたので懐中電灯を明かりを点けた。僕も連につられて明かりを点ける。


「もう妖怪も見たことだしとっとと帰るぞ。案外この村があぶねえってことが分かった」

「え?春明さんからメール来たのに帰るの?」


 僕は踵を返してもと来た道を歩いて行く錬を見て慌てた。これからもっと沢山妖怪がでてきて楽しくなるっていうのに。いや……楽しいなんて不謹慎だ。


「当たり前だろ!俺は何ももってねえし。わざわざ妖怪の巣窟に突っ込む方が可笑しいだろ」

「待ってよ!」


 僕が後を追おうとした時だった。


「キャー!!」

「わあーっ!!」


 複数の子供の叫び声が小中学校の方角から聞こえた。僕と錬は同時に声の上がった方を見て顔を合わせる。錬は舌打ちをすると家に戻りかけた足を学校の方に方向転換する。


「いくぞ。俺は何も持ってないからお前がどうにかしろよ」

「ええ……」


 錬の無茶ぶりに僕は戸惑いながらも学校に向かって走り出す。その前に太刀を鞘から抜いておくことにする。

 僕は懐中電灯を地面に置くと慣れない手つきで太刀を抜く。僕の顔が映るぐらいに綺麗な刀身が姿を現した。

 時代劇で役者が簡単そうに刀を抜くのをよく見るけど案外難しいんだななんて思いながら太刀を眺める。鞘が邪魔になるのでズボンのベルトに適当に差し込んでおいた。


「早くしろよ」


 僕は錬に急かされて学校へと足を急がせる。不思議なのは村が変な静けさに包まれていることだ。まるでこの村から誰もいなくなってしまったみたいだ。

 闇に包まれた校舎に足を踏み入れると別の空間に足を踏み入れてしまっかのような変な感覚に囚われる。


「……今何か変な感じがした」

「……」


 錬は僕の感想に構うことなくズカズカと学校の校庭に足を踏み入れる。上空には何匹か妖怪が飛び交っていていつ此方に危害を加えてくるか分からない。僕はあちこちに注意を向けながら叫び声が上がった方角を目指す。


「校舎の裏側か?」


 錬の言葉に僕は昨日の小学生達の噂を思い出す。石碑の周辺にお化けが出ると言っていたっけ。もしかして悲鳴の主も昨日話をしていた小学生達かもしれない。


 校庭を走り抜け僕らが校舎裏に回った瞬間、驚きの光景を目にした。

 たくさんの妖怪達がある木の下に集まっているのだ。下から楽しそうに木の周りをぐるぐると周っている。その木の上には3人の小学生達がいた。半べそをかきながら木にしがみついている。


「助けて!」


 子供たちが僕らに向かって声を上げる。僕らの存在に気が付いた妖怪たちが一斉にこちらを向いた。僕は冷や汗をかく。こんな沢山の数本当に倒せるんだろうか。刀なんて使ったこともないのに。さっきまでの強気な僕は何処かへ行ってしまい弱気な僕が姿を現す。


「おいっ。近くの奴から倒せ!飛び掛かってきた奴だけやればいい。他の奴は無視しろ。少しずつガキたちに近づくぞ」


 呆然としていた僕に錬が檄を飛ばしてなんとか我に返る。錬が僕の手から懐中電灯を奪った。


「俺が照らすからこいつらを何とかしろ!」


 僕は太刀の柄を握りしめると静かに錬に頷いた。じりじりと小学生がいる木に近づいていく。


「左だ!」


 錬の合図とともに僕は思いっきり飛び出してきた妖怪に向かって刃を振るう。手に物を切ったという鈍い感覚と目の前で妖怪が灰のように消える光景が目に入った。

 太刀で物を切り裂くなんて経験したことがないはずなのに懐かしい気持ちになる。それと同時に楽しいという感情が湧いてきた。


「右!正面!」


 錬は自分の背後にも睨みを利かせながら僕に指示を出していく。木楽さんが言っていた通り五家の武器は妖怪を祓う効果があるみたいだ。刀を振るたびに面白いぐらい簡単に消えていく。


「後ろ!」


 錬がそう叫ぶと同時に懐中電灯を照らしながら僕と体を入れ替わるように移動する。僕は振り向きざまに太刀を右に振った。僕は自分の体が自分のものではないみたいに感じた。誰かが僕の体を乗っ取って刀を振ってるみたいだ。


 いや……そんなの気持ち悪すぎる。僕はそのことについて考えないようにしながら飛び掛かってくる妖怪を順々に消していった。そのうち錬が指示する声もなく切りつけることができた。


 右、左、上空……、正面。


 僕は夢中になって妖怪に向かって刀を振り続けた。飛び掛かって来なくても僕の視界に入っただけで刀を振る。逃げようとして背を向けている奴もお構いなしだ。いつしか懐中電灯の光さえ必要なくなっていた。


 もっと暴れたい。もっと壊したい。


 そんな衝動が僕の体内を駆け抜ける。

 ふいに何者かに右腕を掴まれて僕は相手を睨みつけた。せっかく楽しい所だったのに止めるとは何事かと思ったからだ。

 止めたのは錬だった。冷ややかな目で僕を見下ろしている。


「もう十分だろ。ガキどもは木から降ろしたし戻るぞ」


 いつの間にか僕達は木の下に到達していて錬の後ろに小学生が怯えた様子で僕を見ていた。気が付けば小さな妖怪の群れは消えてなくなっている。学校は静けさを取り戻していた。


「あ……ごめん。そうだね」


 僕はその場の空気を取りなすように笑うと太刀を静かに降ろす。僕はまたやりすぎてしまったようだ。


「向こうにね……。何かおっきいのが……いるよ」


 女の子が震える手で石碑の方角を指さす。錬は大きなため息を吐くと僕に向き直って真剣な表情で言った。左耳のピアスが懐中電灯の光できらりと光る。


「そんなの構ってられるか!戻るぞ」


 錬が学校の表側へ向かおうとした時だ。校舎の角から何者かが近づいてくる足音と息遣いが聞こえる。僕は再び太刀を持つ手に力を込めた。錬が近づいてくる物体に懐中電灯の光を当てる。


「うわっ!?なにっ?」


 女の子の驚いた声が辺りに響く。聞き馴染んだその声の主は木楽さんだった。


「錬どうしてここに?大量の妖怪は?もしかして……義人君が退治してくれたの?てか錬、眩しいから懐中電灯降ろして!」


 木楽さんの呑気な声が張り詰めた空気を解いていく。朔君は今夜も姿を現さなかった。


「お前も武器持ち出してんのかよ。妖怪はこいつが全部消したよ!早くここから離れるぞ」

「はいはーい」


 僕は石碑がある方向をじっと見つめた。。


 間違いない、水嵩さんが言っていたぬしはそこにいる。


 僕がひとりでに石碑に向かって歩き出そうとしたが錬に腕を強く引かれて行くことはできなかった。



 

 









  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る