第26話 2008年8月17日 五家祭り最終日
昨日の悪天候とは打って変わり元気を取り戻した太陽が僕を容赦なく照らしている。自転車を役場に向かって大きく漕ぎながら僕の体中の水分が蒸発しそうだなと思った。どうにか命を失わずに役場に到着したいものだ。
竜の力が無くなったからだろうか、昨日全力疾走した為に足が筋肉痛になってしまった。そのせいで心なしか自転車の進むスピードも遅く感じられる。
この3日間、野生動物の被害が報告されなかったので無事に五家祭りが開催されることになり僕は今、祭りの準備に向かっているのだ。
最後の1日ということで『妖怪退治の儀』は行われないことになってしまったが屋台だけは出すというので
「遅いよ
一足先に到着していた
村長は自転車のブレーキ音に驚きながらもにこやかに僕を迎えた。
「ここ数日野生動物の報告を聞かなかったから約束通り祭りを開催することにしたよ。お疲れさん。これも五家の見えざるパワーのお陰かな?」
村長は冗談でそんなことを言って笑った。本当に五家の力のお陰なんだけれども誰も僕らと妖怪の奮闘を知らない。話したところで本当の話とは思えないだろう。
本当のことを知る僕らは顔を合わせると曖昧に笑った。
「ああ!そう言えばこれ」
木楽さんは何かを思いついたようにハーフパンツのポケットから何かを取り出した。
「見回り中に『妖怪退治の儀』の札を見つけたんですけど。昨日永久湖に2つあったから朔君と分けちゃいましたけど」
それは悪妖に見立てた人形の中に入っている『五家祭り』と書かれた木札だった。
「ああ。それなら僕も初日に学校で見つけたよ」
僕も今日こそ返そうと思ってポケットに木札を入れてきた。
「なんなら俺達だって持ってる。廃屋んとこで見つけた」
錬と水嵩さんも札を見せる。五家の子供達はそれぞれ札を見つけ出してた。不思議だったのはそれが全部妖怪の主が潜む場所であったことだ。
その様子を見ていた村長は大笑いした。
「『妖怪退治の儀』を準備をして祭りがそのまま中止になってしまったからね!見回りの時に探し当てるなんて面白いな。もう妖怪退治の儀は行ったってことにしてしまってもいいか!うん。そうしたら今年の優勝賞品は五家で山分けということにしよう」
本物の妖怪退治をしていたんですけどね……という言葉を飲み込んで僕らは村長の提案に乗った。物足りない気もするが平和的な結末でもいいかなんて思う。竜がいたころの僕と比べると考えられない思考だ。
「私からも君たちに感謝をするよ。普通だったら祭りを中止にして終わりにしてしまえば済むと考えてしまうけど君たちはちゃんとこの村の人のこと、他の人のこと、ご先祖様のことを考えて行動を起こしてくれた。その姿に大人たちが動かされたんだからね。ありがとう」
村長の言葉に心がふわっと軽くなるのを感じる。ご先祖様もこんな気持ちになったんだろうか。自分の起こした行動に感謝されるのがこんなに嬉しいものだと思わなかった。
「その心を大切にしなさい。さあ、今夜は祭りを楽しむといい」
村長が優しく笑ってそう言った。
日が落ちると祭り提灯に火が灯る。お囃子の音に屋台のお兄さんの声、昨日まで妖怪が蔓延り静まり返った夜とは大違いだ。武器を持たずに村を周るのが久しぶりで腰に太刀がない状態が何だか落ち着かない。
今日は五家の子供達と屋台を周り終わった後に『売店 とわこ』の前で花火をする予定だった。何だかんだで僕が呼子村にいる時間もあと少ししかない。夏休みもここまで来るとあっという間に終わってしまうのだ。そう思うと少し寂しい気がした。
「お待たせ!」
僕は息を弾ませながら売店の前に辿り着くと錬と朔君が退屈そうにベンチに座っているのを見つけた。朔君の腕には何か光るブレスレットのようなものが付いている。くじで貰える発光ブレスレッドだ。貰ったときは棒状になっており無色なのだが折り曲げると光り始めるというお祭り定番のアイテムだった。手首に付けたり繋げて楽しむことができる。
僕も小学生の時これで遊んでいたので懐かしい気持ちになった。朔君は一足先に縁日で遊んでいたんだろう。
「義人ー。
「へえ珍しいね。あの2人が遅いなんて」
「……腹減った」
錬も待ちくたびれたようにベンチにのけぞって座っていた。僕はそんな2人の様子を見て笑う。そこに丁度遠くから此方に手を振る人影が見えた。
「遅れてごめーん!でもこれで許して!」
この弾むような元気な声は
木楽さんは黄色地で大きな花柄が目立つ浴衣を、水嵩さんは紺色の蝶々柄の浴衣を身に付けていた。髪型も普段と違ってアップにしている。
女の子って装いだけでこんなに変わるんだな……もう人が変わるレベルだから凄い。感心して黙り込んでいると木楽さんがすかさず突っ込んでくる。
「あれー?女子の晴れ姿に義人君は言葉もでないのかなー?こういう時にきちんと褒めないとモテないぞー」
木楽さんに指摘されて僕は我に返ると笑顔を浮かべて言った。木楽さんの隣で水嵩さんが困ったように笑っている。
残念ながら僕の誉め言葉に対するボキャブラリーはそこまで多くない。
「2人とも浴衣の着付けで遅かったんだね。とっても似合ってるよ」
「はいっ!心が籠ってない!次は錬っ」
「
「はいっ!サイテー、落第点。さよならー」
錬と木楽さんのテンポの良い会話に僕は自然と腹を抱えて笑った。神奈川にいるころよりも呼子村にいる方が素の自分を出せていることに気が付く。
「2人とも可愛いね!それより早く屋台行こうよ!焼きそば食べたい!」
「おお。朔君の褒めはシンプルでよろしい。じゃあお店でも回りますか!」
僕らは五家祭りの屋台を楽しんだ。かき氷を食べて舌の色が変色するのを見て朔君と笑いあい、焼きそばとたこ焼きを食べて僕の胃は満たされた。何故か祭りの食べ物というのは安上がりなのに家で食べる時よりも数倍おいしく感じる。
多分こんな風に賑やかな場所で人と一緒に楽しみながら食べているからだと思う。脳が賑やかで楽しい環境だから、食べ物もおいしいのだとプラス思考の方向に勘違いさせているのだ。
出店を巡っていると僕たちの元にバタバタと子供が走って来た。
どこの子かなと思ったら土蜘蛛がいた小学校で妖怪に襲われていた小学生達だった。
「五家の皆さんにお礼が言いたくて!助けてくれてありがとうございます!」
3人は声を揃える。周りの大人たちが不思議な顔をして通り過ぎていく。多分誰も僕らの会話を理解できる大人はいない。
「いえいえ~。妖怪退治は五家のお仕事だからね!」
「助けたのは俺と義人だぞ」
木楽さんの言葉に錬がすかさず突っ込みを入れる。
「僕達、妖怪の事話しても誰も信じてくれなくて……。五家の皆さんが助けてくれたことも伝えたのに」
「当たり前だよ。僕らしか見えてなかったみたいだし。本当に妖怪がいるなんてな……」
「夜の見回りも妖怪退治をしてたんですよね!カッコいい!」
3人の子供達が口々に話すものだから聞き取る方は大変だったが感謝されていると思うと嬉しかった。
「あのね。火差さん……。最初は怖いと思ったけど私達を守る為だったって思ったら怖くなかったです!だからお祭りを取り戻してくれて、誰も知らないところで戦ってくれてありがとう!」
僕は女の子の言葉に心がじんわりと温まるのを感じた。僕らの戦いは結局僕らしか事情を知らないから妖怪を退治したことに対して誰からも
出店を周り終えると僕らはシャッターの降りた『売店 とわこ』の前で僕らは花火の準備を進める。僕が今日1番楽しみにしていたことだ。
僕が住んでいる家の周辺で花火をやることはできない。公園や川では花火が禁止されていることが多い。騒音や後片付けの問題でそもそも花火をやる場所を探すのが大変なのだ。だから花火で思い存分遊ぶことのできるというのが楽しみで仕方なかった。普段できないことができるというのはやっぱりワクワクする。
僕の家から持ってきた市販の花火セットと錬が買い足してきた花火セットを地面に広げる。懐中電灯を側に置くとビニール袋に入った花火を取り出して遊びやすいように準備した。錬が水の入ったバケツを片手で持って来ると花火セットの近くに置く。
花火セットに付いてきた
「どれにしようかな……」
「僕これにするー!」
気が付くと五家の子供達が手持ち花火を広げた場所に集合している。僕も慌てて手持ち花火を選ぶ。
「うわー!すごーいっ!」
「綺麗!」
木楽さんと水嵩さんが火のついた花火を見て歓声を上げた。
シューッという音とともに赤と青の鮮やかな閃光が僕の目に入る。その後にすぐ煙の臭いが鼻を刺激した。
僕も手持ち花火に火を点けた。大きな線香花火みたいな丸い明かりが特徴的なものだった。
「馬鹿!振り回すんじゃねえよ」
「えー?こうやって動かして写真撮ると面白いんだよ」
木楽さんが火の点いた手持ち花火を円を描くように振り回して錬に起こられている。そういう錬も花火を両手持ちしてるんだけどな……。そのうち木楽さんに触発されて朔君も錬も花火を振り回し始めた。
花火を振り回すことによって生まれた光の軌道が僕の目に、脳に刻まれる。何故だかこの光景を何十年か経った後でも思い出しそうな気がした。
沢山あったはずの花火もいつの間にか線香花火しか残っていない。楽しい時間は1本の手持ち花火のようにあっという間なのだ。
「
地面にしゃがみ込み、線香花火の仄かな明かりを見ながら水嵩さんが問いかけてきた。浴衣姿の水嵩さんに落ち着かない気分になる。僕は気を紛らわすように線香花火の火に視線を集中させて答える。
「うーん。なんていうか難しいけど……ご先祖様に助けてもらった。竜から切り離されたって感じかな」
「え?どういうこと?」
僕は昨夜の顛末を説明すると水嵩さんは少し黙り込んだ後で言葉を継いだ。
「火差家は力で竜を退治するんじゃなくて助ける道を選んだんだ……。立派な人だったんだね」
「妖怪退治が仕事だったはずなのに実は妖怪退治が嫌いで竜を助けてる。歴史書に書いてあることは嘘なんだよ」
「当時はそう言う風に書き残さなきゃいけなかったんでしょうね……。周りから圧力もあったんだろうし村としては妖怪は退治されたことにしなきゃ安心できないから」
僕を励ますように水嵩さんが声色を明るくして言う。僕も歴史書と違ったご先祖様に落胆はしていない。むしろ安心したし誇り高く思う。今までご先祖様なんて僕に何の関係もない祈る意味も分からないと思っていたけど違う。
僕は知らないところで彼ら、彼女らと繋がっていた。ご先祖様がいなければ僕はここに存在していない。命を繋げてもらっていることを感謝をしないと、と思う。特に
僕を竜から切り離してくれたのも、祖父母を守ってくれたのも彼のお陰なのだから。僕の推測だけど祖母が呼子村の上空で見たという竜はあの竜人ではないかと思う。義明さんが竜を救ったから祖父母は竜に助けて貰ったんだと僕は考えている。
「あ。落ちちゃった」
僕と水嵩さんの線香花火の火が同時に落ちた。そこで初めて僕は水嵩さんと目が合うと自然と笑いあった。照れくさくて心の奥がむず痒くなるような気持ちになる。
「結局僕の太刀だけ特別な力の正体が分からなかったなー……。皆カッコいい力で妖怪退治してたのに」
そんな気分を吹き飛ばすように別の話題を振ると水嵩さんは立ち上がりながら答えてくれた。
「私の推測だけど……
僕は水嵩さんを立ち上がった見上げる。自然と呼子村の星空も見えて目を見開いた。本当の所は分からないけどその答えに僕は「そうだったかもね」と言って納得する。
「ねーねー。線香花火でだれが一番長く火を保ってられるか競争しよ!」
木楽さんの一声に僕らはそれぞれ線香花火を手にして輪になった。
何故かこの一瞬が永遠に続いていくような……そんな気がした。
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