第23話 2008年8月16日 五家祭り4日目(1)
僕は昨日のこと思い出していた。
お墓参りを終えた後、祖母は居間の畳に正座してご先祖様の活躍を話してくれたのだ。僕もつられて祖母の正面に正座する。
縁側の窓が前回になっており心地良い風が家の中を駆け抜けた。今日も蝉がやかましく鳴いているが祖母の話が始まると遠くに聞こえた。
「
邪竜の征伐を名乗り出たのは私達のご先祖様よ。『ここは1人で収めて見せる』と言って湖に向かったの。正義感が強くて真っすぐな人だったそうよ。手ごわい相手は五家の中でも一番の力自慢だったご先祖様が邪竜退治に名乗り出たの。
湖に辿り着くと妖怪達で溢れていてご先祖様は疲弊しながらも水辺に辿り着いた。そこにはね……なんと」
祖母が僕の興味を引くように言葉を止めた。
「青年がいたのよ」
僕が驚いた反応を見せると祖母が楽しそうに笑った。祖母の思う壺である。
「竜じゃなくて?」
「その青年が竜だったの。正確には
僕は聞き慣れない存在に首を傾げた。
「元は普通の青年だったんだけど湖の水を飲んでから竜に変化できるようになってしまったの。でもその普通じゃない力のせいで迫害を受けるようになったのね。
人々の酷い仕打ちによって青年の性質は悪になり
そこまで祖母の話を聞き終えると僕の腕に鳥肌が立つ。
父が「
僕は『竜人』なのかもしれない。
5歳の時、僕は永久湖を訪れていた。祖母の家を経つ日で湖でも見てから帰ろうということになったのだ。
そこには偶然幼い水嵩さんもいて……何かに怯えていた。そんな彼女を励ますために僕は湖の水を飲んでみせたのだ。そのあとのことは覚えていない。
「……五家の人達も湖の水を飲んで力を得ていたのに竜人にならなかったのはなぜ?どうしてその男の人だけ……」
僕はどうしてもその推測を信じたくなくて話を遮った。
「それは……
祖母は僕が動揺していることも知らずに話を続けた。
「ご先祖様はこの竜人との戦いに苦戦したわ。竜の姿になることもできるし、人よりも力が強い。激戦の末、邪竜の
「え?それだけ?どんなふうに倒したとか……詳しいことは知らない?例えば家宝の刀に特別な力があってそれで倒したとか!」
昔話風に祖母が語るご先祖様の英雄譚に僕は肩透かしを食らったような気持ちになった。あまりにも簡潔に纏められすぎて詳しいことが分からない。今までの五家の戦いでは家に伝わる特別な力を持った武器で妖怪達に立ち向かってきたという伝承が残っているのに。
「そうよ。うちに伝わっているのはこれだけ。不思議なことに家宝の太刀には何の謂れもないの。邪竜退治だもの凄い戦いだったはずなのに詳しいことは何も分からないのよ。まあ千年も昔のお話だし、誰も確かなことなんて分からないわよね」
僕は祖母の当然の答えに黙り込んだ。どうして竜退治だけこんなに大雑把な内容しか伝わってないんだ……。
歴史だって物語と同じで正確に全ての出来事を伝えるのは不可能だ。どうしたって情報が取捨選択される。僕は大雑把な記録を残したご先祖様に少し怒りを覚えた。これじゃあどう対処すればいいか分からないじゃないか。
僕は今、気乗りしないまま売店に向かっていた。いつも通り五家の妖怪退治会議が開かれる予定だ。自分の正体が分かりかけた今、集会をサボってしまおうかと考えたけど行かない方が逆に怪しまれる。敵だと思われてしまうことの方が怖い。
五家の皆は僕の正体を知ったらどう思うだろう。今まで妖怪達に向けていた武器を僕に向けるんだろうか……。ただ“妖怪”という分類になってしまっただけで。
重い足取りで畦道を歩いている時、ふと僕は気が付いた。
これが……退治される側の気持ちなのか。
何者かに排除される恐怖。異物でも見るかのような目。人とどこか違うというだけで存在を許されないという理不尽。その全てが僕に襲い掛かってきた。
今までの僕は妖怪を倒すことについて何も思うことは無かった。悪い奴を追い払うことが良い行いだと考えていたからだ。
正義を振りかざすのは気持ちが良い。太刀を振っている時は自分が正義の味方みたいになれた気がして気持ちが大きくなった。ついでに自分の中に溜まっている鬱憤も晴らせる。妖怪退治がこんなに面白いなんて思ってもいなかった。
今思い返してみれば僕の行いは「正義」なんかじゃなかった。最初は「正義」という旗を手にしてそれらしく振舞っていたけど後半は違った。「正義」という旗を捨てて「暴力」に走っていたと思う。
気がついたら僕は歯止めの効かない化け物になっていたんだ。
何もしてこない妖怪であっても見つけ次第太刀を振った。僕の視界に入っただけで、妖怪というだけで……。
考え込んでいたら『売店 とわこ』に到着していた。見慣れた自転車が店の前に停まっている。
「あ!
木楽さんが前髪をゴムで上げうっすらと化粧をした姿で楽しそうに話しかけてきた。
「火差君は……私達の味方?」
その言葉に僕は素直に答えることができなかった。木楽さんと朔君は互い違いに首を傾げた。水嵩さんの言っている意味が分からないという表情を浮かべている。
「どういうこと?五家なんだから当然でしょ」
「僕ら一緒に戦ってきたじゃん」
水嵩さんのことだ。火差家の妖怪退治に関する記述も調べているんだろう。僕がわざわざ説明することは無い。
予想通り水嵩さんが躊躇いがちに話し始めた。
「……火差君が最後に退治する。邪竜……かもしれない」
ベンチに座った2人は笑い声をあげた。
「五家の子供が竜?そんなの有り得ないって!」
「義人が竜になるところ見たことないよ?」
水嵩さんと僕が一切笑っていないのを見て2人は笑うのを止めた。「え?マジなの」と木楽さんが間抜けな声を出す。
「永久湖の邪竜は人の姿にもなる。元は人で永久湖の水を直接飲んでしまって『竜人』となったの。……9年前火差君は湖の水を飲んでる。私の目の前で」
水嵩さんは一呼吸おいてからまた話を続けた。
「呼子村に突然妖怪が現れ始めたのは竜人がいるから。邪竜は呼子村が妖怪の巣窟になった元凶で悪妖を集めると言われているの。霊脈のある永久湖を支配しているのもその竜。
8月1日、呼子村にやってきたのは私、賀茂さん、
水嵩さんはトリックを暴く名探偵のように僕が最後に倒すべき対象である理由を語る。僕も全く同じことを考えていたので一言も言葉を発さなかった。探偵に追い詰められる犯人ってこんな気持ちになるのか……。体がひりひりとして喉が渇く。できれば2度と体験したくない感覚だ。
「昨日大鬼、
今まで姿をみせなかった錬が店の奥からやって来てベンチの背に手をつきながら語った。水嵩さんの推論に自分の意見を加え、僕が竜人であることに説得力が増す。2人の言葉に木楽さんと朔君は表情を曇らせた。
「じゃあ……妖怪騒ぎは全部義人のせいなの?義人を倒さないと……終わらないの?」
朔君の沈んだ、けれどもはっきりとした問いかけは僕の心に響いた。それは僕もずっと考えていた。
過去の呼子村の再現をさせるきっかけを作ったのは9年前の僕だった。
再現の通り
今まで容赦なく妖怪を消してきたのにいざ自分がその身になると命が惜しい。消えたくないと強く思う。
「何かの間違えじゃない?まさか人殺しはできないよ!あたし達は妖怪退治専門なんだから」
木楽さんが明るさを繕って水嵩さんと錬に呼び掛ける。
「妖怪ってね……人だったっていう説もあるんだよ。歴史に葬られた敗北者、普通とは少し違った人」
水嵩さんの妖怪研究がここで生かされる。今まで僕らが退治してきた妖怪はもしかしたら昔は人だったのかもしれない。妖怪退治をしている僕らにとっては何とも後味の悪い説だ。
「だとしたら僕らのやってることって……間違ってるのかな?」
その言葉に僕ら五家の子供達は黙り込んだ。
もし僕らのご先祖様が妖怪なんかじゃなくて人を退治していたら?当時の権力者の反対勢力が呼子村に逃げてきた人々を成敗していたのだとしたら輝かしい英雄譚とは言えない。弱者を更に追い詰めた極悪人のようにすら見える。
歴史は勝者が作り上げる。権力者側だった五家の武士達は英雄となり敗れ去った反対勢力は悪妖にされた。
「……どうして正しい行いだと思う……」
さっきまで見えていた青空が嘘のように鉛のような雲が山から伸びてくる。さっきまでうるさかった蝉の鳴き声がいつの間にかピタリと止んだ。
僕ではない何者かが僕の姿を借りて口を開いた。怒りで思わず声が震えた。
「弱者を際限なく弱者に貶めるこの世界に災いあれ!」
その言葉と共に雷が落ち、激しい雨が僕と水嵩さんの頭上に降り注いだ。僕は我に返ると唇を噛み締める。五家の子供達に敵対する意思表示をすることになってしまった。おまけに雷雨という演出が追加されたことで僕の化け物感が際立ってしまう。全く……竜人様やりすぎじゃないか……。僕だって死にたくないのに。
言ってしまったからには仕方ない。僕はある決意をすると恐怖で固まっている水嵩さんと五家の皆に言った。
「……ごめん。今夜は僕だけで永久湖に向かうよ」
振り絞るようにだした弱々しい声に木楽さんがすかさず反応する。五家の中で僕を変わらない目で見ているのは木楽さんだけだ。他の子供達は妖怪を目の前にした時と同じ目を僕に向けていた。当然の反応と言えば当然だったけど傷つく。
「義人君、1人で行ってどうすんの……」
僕は大粒の雨を浴びながら笑顔を貼り付けて答えた。
「この竜をどうにかするよ」
僕の頭の中にこの状態をどうにかする方法なんて何も浮かんでいなかったけど五家の子供達の武器の餌食になるのは避けたい。1人で何とか解決しようとすることにした。
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