第22話 2008年8月15日 五家祭り3日目(3)


 俺は自分の目で見たことしか信じない。行動しながら物事を判断する。作戦とか何か考えてから動くとかそういう回りくどいことが嫌いだ。

 だから樹里菜じゅりなさくから初めて妖怪の話をされた時、当然信じなかった。2人して頭をどこかに打ちつけたのかと疑ったほどだ。

 

 実際に目の当たりにしてやっと妖怪の存在を認めた。素直に2人には謝ろうと思う。


 自分の先祖のことは小さい頃から両親、特に祖父母から教わっている。何でも呼子よぶこ村に蔓延っていた妖怪を退治していたのは五家の武士達だったらしい。

 俺にとって先祖の活躍はどうでもいいことだった。本当にあったことかも分からないし先祖の活躍はその先祖のものであって今を生きる俺のものではない。先祖の活躍を否定するわけではないが我がことのように語るのは違う気がする。


 そもそも何故今更妖怪なんてものが出現し始めたんだろうかと俺は考えた。生まれてからずっと呼子村に住んでいるが今年の夏だけ様子がおかしい。


 俺の中でおかしいことの原因だと思っている奴が2人いる。

 1人は賀茂春明かもはるあきという朔の民宿に泊まっている大学生、それと

もう1人……五家の1つ。火差家の子供、火差義人ひざしよしとというクソガキだ。初対面から俺に横柄な態度をとった生意気な中学生。


 だから昨夜、見回りの時に直接聞いたんだ。


「お前さ本当は呼子村のことなんてどうでもいいんだろ?妖怪退治も人の為だなんて思っちゃいない」


 思っていた通り義人は固まった。義人のこれまでの行動を見ていれば分かる。こいつは村の為に妖怪退治をしているんじゃない。に妖怪退治をしている。

 有り余る力や苛立ちを妖怪で発散しているように見えた。小中学校に乗り込んだときの容赦のない戦い方からも分かる。


「何が目的でここに来た?」


 9年も呼子村を避けてきたのだ。何かこの妖怪が発生するような原因と繋がっていないのかと俺は考えている。どんな答えを返すのか見守った。


「……ずっと戻りたかったんだ」

「はあ?」


 俺は手にしていた家宝の槍を地面に落としそうになった。我に返ったように義人が驚いた表情を浮かべると急いで訂正した。こいつは時々人が変わったように凶暴になる。2重人格というやつだろうか。本人も自覚しているのが厄介なところだ。最初は中学2年生だし中2病かと思っていたがそうでもないらしい。


「お前って何かにとりつかれて……」


 言葉を続けようとしたら樹里菜たちの花火の音が聞こえた。それ以上追及はできずに今に至る。


「協力して!」


 水嵩の所のお嬢様が嫌そうな顔で俺に声をかけてきた。明らかに俺と性格が合わなそうな優等生の皮を被っている奴だ。ガチガチに計画を固めるタイプは好きじゃない。どんな状況になってもその場で対応する方がいいに決まってる。俺もつられて顰め面を浮かべる。

 俺だって好きで手助けするわけじゃない。今はあいつを助けるのを優先すべきだと考えただけだ。

 今回の騒動で1番怪しい奴だがまだ確かな証拠をこの目で見ていない。ため息を吐くと槍を振りまわしながら水嵩憂美みずかさゆみに声をかける。


「それで?どうする」

「今正面から火差君が入って行ったでしょう?土鞍君は裏口から家に入って。歴史書の通りなら鬼は人に化けているはず……。先に土鞍君の武器で姿を露にさせてから私が弓矢を打つ!多分火差君に鬼たちが集中しているはずだから一斉に退治できるはず」

「……挟み撃ちだな」


 俺は家の周辺に鬼の数が減ってきたのを確認した。これなら家に向かって動けそうだ。お互い視線を合わせると背を向けて家の勝手口へ走る。


 五家とか土鞍家とか……。俺にとってはどうでもいい。

 今できることをやるだけだ。



 廃屋になだれ込んできた2人に僕は圧倒された。水嵩さんの放った矢は僕の周囲に集中していた鬼達を射抜いていく。一本の矢は自動追尾弾のように気持ちいいぐらい鬼の眉間を貫通させていった。


 僕は図書館で見かけた武士の槍と弓矢を手に鬼に立ち向かう挿絵を思い浮かべた。本で見た光景が目の前に広がっていることが信じられなくて暫く夢を見ているのかと思った。優等生と不良がこんなコンビネーションを見せるとは。


 関心しながら僕は太刀を持ち直して女性からおぞましい姿に変わった主に向き直った。


 水嵩さんの矢は周りの鬼を消し終えると再び水嵩さんの背負った矢筒に収まる。水嵩さんは再び矢を手にすると再び主に向かって放った。

 

 矢は迷うことなく主の頭を貫くと同時に背後から錬が鬼の体を突いた。主は錬の槍から生み出されているであろう風に包まれ再び老若男女が入り混じった奇妙な声を上げる。


 2人の動きは予行演習でもしたかのような連携っぷりだった。僕は息をするのも忘れて見入ってしまった。


「お前……は私と同じ……」


 僕の方を見ながら大鬼はとぎれとぎれに言った。巨大で歪な体が少しずつ黒い灰となって消えかかる。その発言に僕は怯えを隠すように笑って言い返してやった。


「……何訳の分からないことを言ってるんだよ」

「……お前の力は……五家の物じゃない」


 最期になんてことを言うんだこいつは……。僕だって認めたくないことなのに。完全に主が消え去った後で取り残された僕らは沈黙した。


「火差君……どういうこと?」


 水嵩さんは主の最期の言葉を聞き逃していなかったらしい。大きな目を一段と大きくさせて僕を見ている。こんな時ぐらい聞き逃してくれればいいのに。

 錬は「やっぱりな」とでも言っているように納得した表情を浮かべていた。最初から僕のおかしさに気が付いていた錬にそんな顔をされると少し腹立つ。


「……さあ、分からない。それより早くここから離れようよ。朔君達と合流しないと」


 僕は言葉を濁した。主が言っていた言葉の意味を教えたくなかったし認めたくない。水嵩さんは釈然としない様子だったがそれ以上僕に何か聞いてくることはなかった。


 廃墟から出ると辺りは夜になっていて蝉の鳴き声やカエルの鳴き声が聞こえる。   田舎の平穏な夜が訪れていた。妖怪の脅威がなくなったことを肌で感じる。


 水嵩さんが木楽さんに主を倒したことをメールで連絡すると再び売店の前に合流することになった。


「え?どうしてこんなところに?」


 突然水嵩さんが声を上げて僕と錬は水嵩さんの側に駆け寄った。そこには『妖怪退治の儀』で使われる悪妖に見立てた人形が立っていた。鬼や大鬼と戦っている時は気が付かなかったがポストの隣に配置されていたようだ。

 無言で錬も木札をポケットから取り出すと僕に見せる。


「廃屋の裏にもあった」


 水嵩さん前の前にある、鬼の顔を模した人形の首を捻った。中から錬と同じ木札が姿を現す。

 五家祭りと『妖怪退治の儀』は中止しているはずなのに。何とも言えない気味悪さを感じながら僕らはその場を後にした。


 売店の前で合流した後僕らはそれぞれ家に帰る。木楽さんと朔君が僕らの戦功を喜んでくれたけど作り笑いしかできない。僕が主に言われたことは2人には話さなかったし水嵩さんも錬もそのことについては触れなかった。

 

 家に帰ってからも僕は上の空だった。祖母が作ってくれた夕食はしっかりと食べたもののずっと主から言われた言葉を考えていた。


 ずっと僕は村を悪妖から守るという大義名分で自分の中に眠る力を発散させてきたけど本当は「正義」なんてものは持ち合わせていなかった。


 急に五家の皆と顔を合わせにくいなと感じる。最初から分かっていた気がするけど僕は正義の味方ではない。五家の皆と肩を並べるような存在じゃなかった。


 僕の正体は……退治されるべき悪だ。

 



 




 

 

 

 


 

 

 

 

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