第21話 2008年8月15日 五家祭り3日目(2)

火差ひざし君先に行っちゃダメ!」


 水嵩さんが矢を放ちながら叫んだ。水嵩さんが放った矢は数匹の鬼を貫通して再び水嵩さんが背負っている矢筒に舞い戻っていく。その様子は弓矢に意思が宿っているように見えて面白かった。確か水嵩家に伝わる武器は“正心せいしんであれば必中する弓矢”とか言っていたな……。


「廃墟の中にいる大鬼を倒せば外にたくさんいる妖怪は消えるでしょ?僕が先に行って倒してくるよ」


 気持ちが高揚してきた僕は今朝水嵩さんが提案した作戦を無視して先走った。今までよりも明らかに数が多いし学校と違って狭い場所なのだ。戦いにくいので早々に決着をつける必要があると僕は判断した。


「勝手に動くなよクソガキ!」


 錬が槍を右から左に振りかざしながら吐き捨てるように言った。流石“真を見せる風を起こす槍”だ。錬が軽く左右に軽く薙ぎ払うだけでその場に風が巻き起こる。僕の前髪も錬が起こした風に揺れた。


「煩いな……」


 僕は2人の制止を聞かずスライド式の入り口から廃墟に侵入する。鍵はかかっていなかったらしく簡単に入ることができた。ぬしにしては警戒心がなさすぎないか?


 さあここの主はどんな姿をしているだろうか。僕はワクワクしていた。大鬼というぐらいなんだ。きっと巨大でこの世の物とは思えないおどろおどろしい姿をしているんだろうな……。

 

 部屋の中は薄暗かったがまだ辛うじて何があるか物の輪郭を見て取ることができる。畳の部屋だったのだろう、全てはがされた後で木の部分がむき出しになっていた。当然家財道具は何も置かれていなかった。


 そんな殺風景な部屋に居たのは……赤い着物を着た綺麗な女性だった。




 私、水嵩憂美みずかさゆみは昔からずっと「いい子」だった。

 大人の言いつけを破ったことは無い。俗にいう優等生というやつだ。だけど呼子村よぶこむらに来てから私は「いい子」ではなくなった。

 

「五家祭り、『妖怪退治の儀』なんて下らない。そもそも家の男が参加する祭りなんだよ。わざわざお前が出ることは無い」

「そうよ。女の子が参加するようなものじゃないわ」


 毎年訪れる祖父母の家で今年、五家の子供が揃ったことで『妖怪退治の儀』が行われるというので私は密かにワクワクしていた。だけど両親は五家の顔合わせの時になっていきなり文句を言ってきたのだ。


 「女の子なんだから」という時代錯誤な理由で止めに入ってくる両親に私は大きなため息をついた。だけど私にとって両親は絶対的な存在だった。強く反抗することができない。一日だけでもと『妖怪退治の儀』の参加をお願いして何とか祭りの一日目は集会所の前に立つことができた。


 両親は私よりも人生を経験している。同様に学校の大人たちも。だから大人の言うことを聞いていれば私は安全で安心な道を歩いて行けると思っていた。

 妖怪退治が本格的になり始めた頃、私は両親から夕方の外出を咎められ火差ひざし君と落ち合うことができなかった。


 その時ほど悔しかったことは無い。呼子村の窮地を知っていて対処できるのは五家の子供達だけなのに自由に動けない自分が情けなかった。

 そして祭りの準備をしている時、火差君の『臆病者、自分の意志で行動できない者、男の為に動く者に、自己保身に走る者……。そんな心持ちでは誰も助けられない』という言葉に私はカッとなったのだ。

 

 自分の意志で行動できない。


 痛いぐらいの正論に私は腹を立てることしかできなかった。今思うととても恥ずかしいのだが彼の言う通りだ。

 

 両親の指定した学校に通い、習い事を習う。洋服も両親が望んだものを着る。学校では先生が望んだ答えを発言し、望まれた範囲を勉強する。

 家で大人しくしている間、口では「この村を救いたい」といいながら何も行動することのできない自分が格好悪すぎて嫌になった。結局私は誰かが望む「いい子」を演じていただけなのだ。


 五家祭りの1日目、1人で妖怪に向かって駆け出して行った火差君を見て私は頬打たれたような気持ちになった。


 この時初めて私は「いい子」を考えずに自分で考えて動くことができたのだと思う。殆ど本能的なものだったから何も考えていなかったかもしれない。やっと私は他人の期待というしがらみから抜け出すことができた。


 私は今、自分の意志でここにいる。


 家を飛び出してきた時、両親が背中越しに何か言っていたけど全て無視して走って来た。私は今までに感じたことがないくらい心が弾んだ。

 でも今は自分の成長を喜んでいる場合じゃない。鬼に取り囲まれ、1人で乗り込んでしまった火差君を助けなければならない。

 5歳の時に初めて会った時から火差君の行動には驚かされる。三つ子の魂百までということわざがあるが本当にその通りだなと思った。


 不本意ではあるけれど私は土鞍錬つちくられんに声を掛けた。

 歴史書には水嵩家と土鞍家が阿吽の呼吸で大鬼を退治したとあったけど私には考えられない。ご先祖様のように息を合わせて戦えるか分からないけど私は彼と力を合わせるしかないと考えた。


「協力して」


 私がやるんだ。ご先祖様がこの村を守ったように私も自分の意志で、行動で誰かを守ってみせる。



 僕は太刀を構えたまま見知らぬ女性と対峙していた。その姿は紛れもなく人間だった。

 一瞬刃を向けることにためらいがあったけど僕はすぐに右足を踏み込んで姿勢を低くした。きっと鬼は上手く人間に化けているんだろう。右下から左上に刃をなぞるように切りかかろうとした時だった。


 部屋の天井から複数の鎧武者の恰好をした人間が僕の両側から落ちてきた。見た目は完全に人だが明らかにこの世のものではない。恐らくこの人たちも人間のふりをした何かなのだろう。


 僕は袋のねずみになったのだ。鬼に囲まれた僕に恐怖心はなかった。早く鬼を切り倒したくてうずうずしている。昼間に祖母から聞いた話を思い出して首を振る。違う僕はあいつらなんかと一緒じゃない……。


 僕が1人で苦しむ姿を部屋の奥に控える女性が楽しそうに眺めている。動くことのできない僕に「人の姿であれば攻撃できないだろう」と言っているかのような……得意げな顔をしていた。


 今までの妖怪とは違って人の姿をしたそれらは昔の武士の恰好をして僕に向かって武器を振り上げている。僕は春明はるあきさんが言っていた言葉を思い出す。


『こういう話聞いたことあるかな。妖怪は虐げられた人々を表現したものだって』


 いつも躊躇いなく妖怪に刃を振りかざしていた僕は先ほどまで高ぶっていた神経が収まっていくのが分かった。じゃあこの人たちは……歴史のどこかで虐げられた人達なのか?


 僕は近くにいた武者からの剣戟けんげきを受け止めた。びりびりとした痛みが掌全体に伝わってきてこれは現実に起きているのだということが伝わってくる。


 そうだ。僕は


 僕のご先祖様だって村を守るという大義名分の元たくさんの妖怪を、悪人を切ってきたんだろう?だったら躊躇うことは無い。僕は兎に角暴れたいんだ。


 僕は足腰に力を入れて思いっきり武者を後方に押すようにして太刀を押し出した。武者がバランスを崩したところを狙って素早くその胴に向かって太刀を水平に滑らせる。武者が黒い灰になって消えた。


「お前こそ……化け物だろう」


 部屋の奥に控えていた女性が口元を着物の裾を当てながら僕にそう告げたのだ。その声は色んな年齢層の人が話しているようだった。子供や大人の女性、年配のおじさんにも聞こえるから不思議だ。

 初めて妖怪が話すのを聞いて僕は太刀を振りながら目を丸くした。悪妖のぬしには意思があるらしい。


「化け物に言われたくない」


 僕はまた僕らしくない台詞を吐く。その正体を僕は分かりかけているけれども認めたくない。ああ。僕はどうして人の姿をしたものを切りつけて笑ってるんだろうな……。また次の武者に狙いを定めた時だった。


 主の背後から暴風が吹き荒れた。僕は腕で風を凌ぎながら何が起きたのか確認しようと目を凝らす。


 その風は忽ち武者の姿を外にいた鬼の姿に変貌させた。やっぱりこれは人を惑わすための鬼の策略だったんだ。


「あああ……!ああああ!」


 主は老若男女入り混じった声を上げながら体中にたくさんの目がついた鬼へと変貌した。グロテスクな見た目に僕は思わず息を呑んだ。先ほどまでの美しい女性と同一のものとは思えない。

 裏口から侵入してきた錬が槍を豪快に振り回して風を起こす。“まことを見せる風”というのは鬼の変化へんげを解くための能力だったんだ。


「今だ!水嵩みずかさ!」


 錬の号令と共に僕が入ってきた出入口から水嵩さんが躍り出た。僕の周りに集中している鬼たちに目がけて矢を放つ。

 僕は優等生と不良のチームプレーにただ驚いていた。




 


 



 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る