第20話 2008年8月15日 五家祭り3日目(1)
僕を含め五家の子供達は『売店 とわこ』に入り浸るようになっていた。入り浸るというより妖怪退治の作戦を立てているのだが外から見たらアイスを食べながらだべっている子供達にしかみえないだろう。
「まずは
そう言って木楽さんが手に持ったオレンジ味のアイスバーを掲げた。
五家の子供達はそれぞれ自分たちの小遣いで購入したアイスを手にしている。僕は当たり付のソーダ味のアイスバーで水嵩さんは袋の中にボール状のアイスが沢山入っている物を口に運んでいる。錬はゼリー飲料が入っているようなパッケージのバニラアイス、
木楽さんは何の許可もなしにアイスを食べる僕らをカシャカシャと携帯電話の写真で撮り始めた。写真を撮ると思ってなかったから間違いなく僕のアホ面が撮れたと思う。速攻で写真データを消去して欲しいと思った。
「勝手に撮んなよ」
「いーじゃん減るもんじゃないんだから。おばさんに送っとこ。息子が店番さぼってまーすって」
「ふっざけんな!すぐ消せ!」
錬と木楽さんの応酬が始まると水嵩さんが騒がしい店内を諫めるように片手を上げる。口にはボール状のアイスが含まれているため水嵩さんの片頬がリスのように膨らんでいるのが可愛らしい。口元を隠しながら水嵩さんが話し始めた。
「昨日のことなんだけど。やっぱり歴史書の通り主を倒すことができたってことでいいのかな?」
その問に木楽さんと朔君が顔を見合わせて大きく頷いた。
「うん。僕の“目くらましを祓う刀”で見えなかった土蜘蛛が見えるようになって
「だから鬼と竜退治も歴史書通りに対応すればいいってことだよねー!楽勝じゃん。早いとこあたしらの夏祭りを、青春を取り戻そう」
僕は木楽さんの冗談に小さく笑った。青春って言いすぎだろ。
「それとね、それとね!土蜘蛛って洞窟にいるって言ってたじゃないか。今まで学校の周りに洞窟がないと思ってたんだけどよく見たらフェンスの向こう側にあったんだ!小さな洞穴みたいなのが。今までずーっと気が付かなかったんだけど」
朔君が興奮気味に話し終えると再び木の棒でチョコアイスをすくうと口に入れる。水嵩さんが物事を考え込むような素振りを見せると言葉を続けた。
「もしかして。主がずっと隠してたのかもしれない。それを朔君の力でのお陰で見えるようになったんでしょう」
「なるほど!そういうことか……!すごいや水嵩さん」
朔君は水嵩さんの推理に目を輝かせた。今日も水嵩さんの思考力は冴えわたっている。
「それで次の主の居場所なんだけど……。鬼?だっけどこにいるのか分からないんだってね火差君」
僕は突然話を振られて慌ててアイスバーを食べるのを一時停止する。
「昔廃屋があった場所は僕の家から南側にある墓地みたい。廃屋は残ってないから鬼なんていなさそうなんだよな。妖怪もあまり見かけないし」
昨夜も村を見回っている時にそれらしい場所がないか探したのだが何も見つけることができなかった。
「今夜もう一度村の東側を探してみるよ」
「いや、私と土鞍君が行くよ。歴史書では水嵩家と土鞍家が倒したって書かれていたし。それに私、お祖母ちゃんに鬼の倒し方聞いてきたの」
水嵩さんが口の中のアイスを飲み込むと口の端を少し上げた。春明さんも話していたけど家にそれぞれご先祖様の武勇伝が伝わっているらしい。それさえ調べれば妖怪退治の攻略は楽勝でできる。土蜘蛛退治の時はただ木楽家と鐘崎家が退治したという組み合わせだけを合わせて倒しに向かったが今回は作戦を立ててから向かうらしい。慎重な水嵩さんらしい。
僕達に鬼の攻略方法を僕たちに語って聞かせる。錬はアイスを咥えながら水嵩さんの作戦を聞いていた。
「……というわけだから。その通りにね!土鞍君」
「その通りに行くとは思わねえけど」
「え?」
気持ちよく話していた水嵩さんが動きを止める。僕は頭を抱えた。折角妖怪退治が順調に進んでいるっていうのに水を差すようなことを言うなよと思った。木楽さんと朔君が錬の言っている意味が分からないという風に顔を合わせて首を傾げている。
「実際に戦わなきゃどう動くとか分からないだろ。だから俺は俺なりにやらせてもらう」
「何言ってるの?今私達が怒ってることは全部過去の再現なのよ。だったら過去の退治方法通りに倒した方がいいに決まってる!」
「だからお前はその通りにやればいいだろ」
「今回は2つの家が協力しなきゃダメなの!」
口論がエスカレートしてきたので木楽さんが立ち上がって2人の間に入る。
「まあまあ、これからは五家が力を合わせなきゃいけない時なんだから喧嘩は止めて。じゃないとツーショット写真撮るよ!」
木楽さんの脅しに2人は黙り込んだ。僕は木楽さんのユーモア溢れる脅しに笑いそうになる。両者とも納得していない様子だったがとりあえず言い争いは終わった。
思考してから行動する水嵩さんとその都度判断して行動する錬とは性格が合わないんだろう。優等生とヤンキーという対抗図が僕の目の前に広がっている。
ピリピリとした雰囲気のまま僕たちは夕方の妖怪退治に備えて解散することになった。それに今日は祖母から用事を言い渡されている。
「じゃあ義人も戻ってきたことだし行きましょうか。お墓参り」
家に戻ると既に祖母が支度を整えていた。終戦記念日に合わせてお墓参りに行くのがここ数年の祖父母の習慣だという。
大きな麦わら帽子を被った祖父が線香とチャッカマンを手にして玄関に座っていた。傍には水の入ったペットボトルが置かれている。あのサイズはきっと焼酎が入っていたペットボトルだ。
僕は祖母からお供えの花束を受け取ると2人の後ろを歩く。祖母は風呂敷に包まれた重箱を大事そうに抱えている。中身は祖母が手作りしたおはぎだ。
「もう終戦の日なのね。早いわ」
「本当に!ここまで来ると夏休みなんてすぐ終わっちまうな!」
そう言って祖父が大きな声で笑いながら僕の方をちらりと見た。僕は困った笑顔を向ける。何故か夏休みというものはお盆を過ぎると猛スピードで終わってしまうのだ。何年か夏休みを経験している僕が言うんだから間違いない。
取り留めもない会話をしながら蝉の声をBGMにして墓地への道を歩いた。その間昨日の見回りについての話を聞く。夜、大人たちも村を見周ったが異常は無かったらしい。僕らが妖怪を退治したから当然と言えば当然だ。
「昨日どこぞの悪ガキが花火を打ち上げていたみたいだな。バレたら怒られちまうけど俺はそういうの好きだから」
そう言いながら祖父は僕を見ながらにやにやしていたが僕は笑ってやり過ごした。
墓地は僕らの家から南、田んぼのど真ん中に突如現れる。鬼が潜む廃屋があったというあの場所だ。
昨日の夕方見た時は如何にも何かが出てきそうな雰囲気だったが今は平穏な田園風景でしかない。
祖父がお墓に水をかけ、花を入れる穴の部分にも水を入れはじめた。お墓が水を浴びて太陽光によって輝いている光景は何だか清々しい気持ちになる。
僕は慣れない手つきで線香に火を点け祖母の隣で手を合わせた。
「義人に話したっけ?おばあちゃん、戦争の時アメリカの飛行機を見たことあるんだよ」
「え?」
「
祖母が隣でお供え物の重箱を開きながら話し始めた。祖父母が戦争を生き抜いてきた時代の人間であるということをこういう時に改めて思い出す。僕の知らない世界を祖父母は知っている。
「飛行機を見たそのすぐ後にね。竜が飛んでいたのを見たのよ」
「竜?見間違いじゃない?お祖母ちゃん妖怪は信じないのに竜は信じんの……?」
僕の話を信じない祖母をさりげなく非難するが祖母は柔らかい笑顔で躱す。
「竜はこの目で見たんだもの。その時おばあちゃん考えたんだけど……。竜がこの村を助けてくれたんじゃないかって」
「竜ってご先祖様が退治した竜のことだよね?人に退治されたんだから助けてくれなさそうだけど」
僕は祖母の発言に首を捻る。
「さあ。なんででしょう。帰ったら竜退治のお話でもしてあげようね」
「分かった!」
現実世界で妖怪退治をしている僕にとって竜退治の話は重要だった。恐らく最後に僕が戦うであろう対象のことだ。きちんと情報を仕入れておきたい。
「遅いよ!火差君」
「ごめん……。色々あって……」
僕は謝りながら五家の子供たちが集まる『売店 とわこ』の前まで走る。妖怪退治にも慣れてきたもので家宝の武器をこっそり持ち出すのも手間取らなくなった。
物寂しそうにヒグラシが鳴く声が遠くから聞こえてくる。夕暮れ時は僕らにとって開戦の時だ。最初こそ気味悪かったが今は何とも思わない。
「じゃあ話し合いの通り。私と土鞍君、火差君で村の東側を。木楽さんと朔君で村の西側を見まわろう。何かあったらすぐに花火か携帯電話で知らせて」
打ち上げ花火は昨夜3人分使ってしまったので1グループにつき1つ持つことになった。錬は自分が持っていた打ち上げ花火を朔君に投げ渡す。
「じゃあ義人君チーム頑張ってね!こっちもぼちぼちやってくから」
「あー!樹里菜走ってかないでよ」
学校のある方角に向かって2人は元気よく駆け出して行った。僕らはその様子を見送ると気まずい雰囲気が流れる。そうだ、この2人相性が悪いんだ。こんなチームに僕が入るなんて……面倒極まりない。だけど木楽さんがニヤニヤしながら『義人君は水嵩さんと一緒がいいでしょ?』なんて言うから。
僕は笑顔を作って無言で視線を飛ばしあう2人に声を掛ける。
「僕らも行こうか!」
「鬼が潜んでいそうなところは……なさそうね」
村の東側を歩き始めてすぐに水嵩さんが呟いた。今のところ大量に妖怪が発生している場所はない。僕は視界に入った妖怪を太刀で軽く薙ぎ払いながら水嵩さんに向かって答えた。
「もしかして昔とは違った場所に潜んでるのかも。うちの祖母ちゃんから人が住んでない建物がある場所を聞いたからそこに向かってみる?」
呼子村も人口が減って空き家が問題になっているらしい。墓の近くに空き家が集まっている一帯があると聞いた時、僕はそこが怪しいと思っていた。
「時代と共に村の様子も変わるもんね……。見に行ってみよう」
槍を後ろ手に錬はただ遠くをみているだけで何も答えない。僕らは錬を後ろに置いて廃墟がある一体へと歩みを進めた。元々村の人通りは少ないので昼間人が住んでるかどうか判断するのは難しい。見た目でわかるほど家が朽ち果てている状態でもないので人から教えてもらわないと分からない。
「不法侵入にならないかな……」
現実的な不安に僕は吹きだしてしまった。
「妖怪退治の為だから大丈夫だよ。たぶん。主がいる場所は現実とは違う空間になるわけだしバレないんじゃないかな」
「……だといいけど」
水嵩さんが弓束をぎゅっと握った。水嵩さんがそんな見当違いなことを言うのは主との対決が不安だからだろう。
「その前に銃刀法違反だけどな」
後ろから錬が茶化すように言った。「それもそうだ」と僕は錬の突っ込みに笑う。僕らの下らないやり取りに水嵩さんも少し笑った。気まずい雰囲気は少しだけ和らいだ気がする。
不思議なことに僕らが見回りをしている夕暮れ時は誰一人人と鉢合わせたことがない。もしかすると僕らは既に別空間の呼子村にいるのかもしれないなんて考えて身震いする。それは僕の考えすぎか……。
人が住んでいないという住居の前までやってきた。今までと違って気味が悪いのは妙に静かなところだ。カエルも蝉の鳴き声も聞こえなくなった。
「じゃあ行くよ」
水嵩さんの合図で廃墟へ足を一歩踏み出す。その瞬間、別の空間を跨ぐような感覚がして僕はすぐに学校に潜む主と対峙した時を思い出した。
異変を感じた次の瞬間、目の前に複数の妖怪が音もなく現れる。
僕はほぼ反射で抜き身の太刀を目の前の小さな妖怪に向かって振った。何かを切り裂く感覚がしてそれは黒い灰となり忽ち消え失せる。
今までに見掛けた妖怪とは違う。角と牙、人のような体つき……大小様々ではあるがその姿はまさに“鬼”だった。僕の目の前にいた鬼は目が血走っていて牙が出ていて……皮膚の色も赤黒く子供が見たら泣き出すような姿をしていた。
武者震いという言葉を実体験する人生が僕に訪れるとは思わなかった。これが武者震いかなんて思う余裕すらある。
開始の合図もなく僕は1番に飛び出していた。
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