第19話 2008年8月14日 五家祭り2日目(3)

さく君!」

 樹里菜じゅりなの叫び声と同時に僕は勢いよく後方に引っ張られた。Tシャツの首根っこを掴まれて後ろに力を掛けられたお陰でフェンスから飛び降りてきた土蜘蛛に踏みつぶされずにに済んだ。


 土蜘蛛との間合いが一気に狭まってしまった。


「やったね!朔君のお陰でぬしが見つかった!」


 すぐ後ろにいる樹里菜が親指を立ててグーサインをして見せる。できれば主なんて見つけたくなかったよ!樹里菜が喜ぶ理由が分からない……。

 樹里菜の声に反応して此方に鋭いかぎ爪を振りかざしてきた。蜘蛛だから当然足が6本あってそのうち4本で自分の体を支えている。

 僕らは背後にジャンプして土蜘蛛の攻撃を避けた。夢中になって今更気が付いたけど僕ってこんなに跳躍力があったんだな……。きっとこれも『力呼びの儀』によって得た五家の力なんだろう。五家の皆がいつもより身体能力が上がったって話していたし。


「それにしても何?あのでっかい蜘蛛。怖ーっ。あたし虫苦手なんだよね」


 樹里菜が独り言を続けていると再び土蜘蛛は前足を振り下ろしてきた。でも何故か一歩も動いてない僕の方には攻撃せずに樹里菜の方に向かっていった。おかしいな。絶対僕の方が近い距離にいたはずなのに。


「なんでこっちにばっか来るの?」


 樹里菜は軽々と薙刀を使って土蜘蛛の攻撃を交わしていたけれどもよく分からない現象に困惑していた。土蜘蛛は僕の存在なんか最初から知らないみたいに樹里菜に集中攻撃をしかけている。

 僕は自分の状況と樹里菜の状況を比べた。それと僕と樹里菜の武器のことを思い浮かべた。“目くらましを祓う刀”と“音無しの薙刀”……。


 そうだ!音だ!


 土蜘蛛に目と鼻がない。物を認知しているのは音なのではないかと閃いた。僕はいつも持ち歩いているライト機能つきの防犯ブザーを左ポケットから取り出すと紐を引き抜いて茂みに投げ入れた。

 辺りにブザー音が鳴り響く。これで誰か人がやってきたら困るのだが校庭にいる水嵩さんが何とかしてくれると信じて防犯ブザーを使う決心をした。


 僕の考えた通り土蜘蛛は狙いを樹里菜から防犯ブザーへと変えた。僕は樹里菜に向かって人差し指を口元に立てる仕草をして音を立てちゃいけないことを伝えた。

 樹里菜も僕の言わんとしていることが分かったらしく独り言を止めて大きく頷いた。


 土蜘蛛は夢中になって防犯ブザーをかぎ爪で踏みつぶして破壊する。防犯ブザーの音が止んでしまうがその前にはもう土蜘蛛の背後に樹里菜がいた。

 樹里菜は大きく息を吸い吐くと同時に薙刀を土蜘蛛に向かて右から左へ薙ぎ払うように動かした。土蜘蛛の体は綺麗に真っ二つになったというのに薙刀を振る音や切り裂くような音は一切耳に入ってこない。


 土蜘蛛が人の叫び声のような身の毛もよだつような声を上げてその場に崩れ落ちた。最後に4本の鋭いかぎ爪を天に向けて苦しむ様子を僕は呆然と眺めていた。


「やった!ぬし倒したよ!」


 樹里菜が無表情から一変、笑顔になると僕の側に駆け寄ってきて薙刀を誇らしげに掲げる。僕もつられて笑顔になった。妖怪を倒すことができて喜ばしいことなのに何かが心に引っかかる。


「2人とも大丈夫?」


 学校裏に駆け込んできたのは水嵩さんだ。樹里菜が大きく薙刀を左右に振る。


「おおーい!憂美ゆみちゃんも無事?」

「うん。というか突然あんなに沢山いた妖怪が消えたからこっちにきたの。妖怪が消えたってことは主を倒せたってことだよね?」


 不思議なことに校庭を占拠していた妖怪の群れは跡形もなく消えてしまったのだという。そういえば別空間から解放されたような清々しい気持ちになったのに気が付いた。

 直感で学校が元の空間に戻ったのだと僕は悟った。妖怪がいなくても誰もいない学校ってのは怖いんだ。


「妖怪退治記念にこれ、打ち上げよーよ!」


 樹里菜がこれからいたずらする子供みたいな笑みを浮かべながら打ち上げ花火をポケットから取り出した。


「ええ?でもそれ何かあった時の信号として上げようって話してたじゃない。2人が心配したらどうする?」

「大丈夫だって!れんにメール入れとくから」


 優等生っぽい水嵩さんはため息をつきながらも楽しそうに打ち上げ花火をセッティングを手伝い始めた。

 学校で花火なんてバレたら怒られるぞ!と思いながらもやってみたい気持ちの方が大きかった。僕も自分の打ち上げ花火を右ポケットから取り出す。


「よーし。それじゃあ行くよ」


 樹里菜がマッチに火を点けると横一列に並べた打ち上げ花火に火を点ける。キャーッとか言いながら走って花火から離れる。その様子をみて僕まで楽しくなってしまった。

 3度、炸裂音が鼓膜を震わせた。

 僕と樹里菜、水嵩さんは五家の武器を手に花火を眺めた。

 赤、白、青の打ち上げ花火がそれぞれ2回ほど打ちあがって黒一色の空のキャンバスに色をちりばめる。


「うわー……キレー」


 思わず口が開きっぱなしになる。上を見上げると何故か自然と口が開いたりしない?

 打ち上げ花火の残骸を片付けている時に僕は何気なく土蜘蛛が倒れた場所に視線を向けた。そこに人が立っていたんだ!


「え?」


 瞬きをした時にはもういない。着物を着ていたし現代人じゃないんだなというのは分かったけど一体何だったんだろう。


「どうしたー?朔君」

「早く戻ろう。本格的に辺りが暗くなってくるよ」


 樹里菜と水嵩さんが下り坂の近くで僕が下りるのを待っている。


「……うん。今行く」


 見間違いだったんだろうな。幽霊だったとしたら僕は叫んでいたはずなのに何故か声は出なかった。だってその人花火が打ちあがっていた方を見ながらとっても悲しそうな顔をしていたんだ。だから怖いというより悲しくなった。

 あの人は一体誰だったんだろう。



 あたし、木楽樹里菜はイケメンが好きだ。国民的アイドルグループ『ビッグ・ストーム』のファンである時点で察して欲しい。


 だからイケメンにお願いされると弱い。村の観光にやってきた春明様から妖怪退治をお願いされた時、迷わずに受けてしまった。他の人が聞いたら呆れるだろうけどこれがあたしなんだから仕方ないでしょ。

 

 妖怪を目の前にして怖いなと思ったことは無い。むしろキモ可愛い。奇妙なマスコットみたいで愛着すら湧く。退治してしまうことの方が可哀想に思えた。だからできるだけ襲い掛かってきた妖怪だけ消すようにしていた。


 こうして土蜘蛛を倒すことができたわけだけど、戦っている時私は不思議な感覚に襲われた。まるで誰かがあたしの側に寄り添って薙刀を指南してくれているようだった。憂美ちゃんの推測通り、やっぱりお盆であたしたちのご先祖様が助けてくれてるのかもなんて思う。朔君との連携プレーも今考えると普段のあたしならできそうもないことだった。


 あたしのご先祖様は妖怪退治をしてこの村を守ってきたらしい。村を守り家族を守ったご先祖様をあたしはただぼんやりと凄いなと思っていたけど実体験してみるとこれまた大変なことだったんだと分かる。まさか平成の世になって妖怪退治するなんて思ってもいなかった。


 妖怪ってどうして人間の敵として退治されてしまうんだろう。昔から人間が退治してきたものだから悪いものなんだろうけどあたしにはそう思えなかった。見た目は変わってるけど愛嬌のある面白い存在だ。

 

 土蜘蛛を真っ二つにした時にあたしは悲しいような寂しいような気持になった。春明様の為、村の為、ご先祖様の為にあたしが役に立ったことは素直に嬉しい。最後の叫び声が悲しいことのあった人の泣き声みたいに聞こえて実はあまりいい気分はしなかった。

 あたしのご先祖様も妖怪退治していた時こんな気持ちだったのかな?

 

 そもそも呼子村に出現している妖怪って一体何なんだろう。

 

 



「花火だ!どうしたんだろう3人に何かあったのかな?」


 僕は太刀を鞘に納め天を仰いだ。僕と錬はひと悶着あった後村の見回りを再開していた。今のところ妖怪が大量発生みたいなことはなく木楽さんの家周辺までやってきたところだった。

 打ち上げ花火は携帯電話での連絡が使えず緊急事態が起きた時に狼煙として使おうと決めていた。だから僕は花火の光を見て3人の身に何か起きたのか心配になって冷や汗をかいたのだ。


「花火が3つも上がってる……。急がなきゃ!」


 僕が学校に向かって駆け出そうとしたら僕の前を歩いていた錬が「ちょい待て」と手にした槍を横にして僕を止める。駐車場のバーみたいに家宝の槍を使うなよ!と心の中で突っ込む。

 錬はポケットから折り畳み式の携帯電話を取り出すと自分で画面を確認しそのあとで僕に突き付けた。


『ぬし倒した\(^o^)/= =じゅりな=』


「これって……。木楽さんから?」

「ああ。妖怪を倒したらしいな」

「何だ……非情事態じゃなかったのか」


 僕は胸を撫で下ろした。それにしても狼煙がわりの花火を3つも消費するなんて……明日また補充しなければならないじゃないかと僕は心の中で文句を言う。楽しそうでいいな。こちらは楽しい雰囲気なんて少しもない。


「もう今夜の見回りは終わりでいいだろ」


 できればもう1カ所主の居場所を探しあてたかったけれども見つけることができなかった。もう少し調べたいところだったけど仕方ない。


 僕らは明日の午前中再び『売店 とわこ』に集まる約束をして解散し1日目の妖怪退治を終えたのだった。



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