第17話 2008年8月14日 五家祭り2日目(1)

 眩しい日差し、ミンミンゼミが騒がしく鳴くお昼少し前。 

 僕は水嵩みずかささんから電話で呼び出され『売店 とわこ』のベンチに座らされている。周りには五家の子供たちが勢ぞろいだ。錬は店の奥、レジが置いてあるサッカー台に座っている。そんなところ座ってたら怒られるぞ……。


「あの……この前は酷いこと言ってすみませんでしたっ!助けに来てくれてありがとうございます!」


 僕は謝罪とお礼を一息に述べた。その姿を見た木楽さんが腕組をして得意そうに言う。汗でメイクが取れかかっているが余計なことを言ってまた怒られてはたまらないので黙っておく。少し茶色がかった短い髪の毛が日に照らされて明るい色に見える。


「素直で結構!許しましょう!」

「ええ……そんなあっさり?」


 僕は木楽さんの単純さに戸惑った。そのあとに朔君が照れくさそうに話し始めた。


義人よしと、村の人守るために一人で走ってったんでしょう?それを見て僕らも行かなきゃってなったんだ」


 どうやら正義感から僕が走り出したと思われているようだが実際は違う。僕は妖怪を倒したいという衝動に突き動かされたに過ぎない。要はストレス発散だ。

 まあどちらも村を守る行為につながるのだから問題ないか。僕はここでもまた本心を隠した。


「今考えてみたらあの時の言葉も私達を奮い立たせるためのものだったんだよね。その……。理解しようとしなくてごめん」


 麦わら帽子と黒い長い髪、水玉のワンピース姿の水嵩さんが僕に深々と頭を下げた。僕は謝る水嵩さんを見て少し胸が痛んだ。


「僕も!臆病者って言われてムカついたけどさ……。本当のことだし。1人で飛び出していく義人を見て僕も怖がってちゃダメだなと思ったんだよ」


 朔君まで僕のことを“正義感溢れる凄い奴”だと思い込んでしまっているらしい。きらきらと輝く瞳が僕の心を突き刺す。残念ながら僕は皆が思うような奴じゃないんだ。

 でもいい奴だと思ってもらえる方が何かと都合がいいから曖昧に微笑んで受け流す。


「いや……。その。僕こそ口が悪くてごめん」

「さあ!そしたら仲直りのしるしに!」


 そう言って木楽さんがアイスケースからチューペットを取り出す。色とりどりの3本のチューペットを割ると皆に配り始めた。木楽さんが家から持ってきた物を売店のアイスケースで冷やしていたらしい。


「俺2つ食べる。どうせ5人だったら余んだろ」


 れんはそういうと木楽さんの手からぶどう味のチューペットを奪った。


「あー!錬ずるい!」


オレンジ色のチューペットにかぶりつきながら朔君が非難の声を上げた。水嵩さんも朔君のチューペットの片割れを木楽さんから受け取っていた。


「いいんだよ。俺がこん中で一番年上なんだから」


 錬はチューペットを真っ二つにすると豪快に同時に食べ始めた。


「うわーっ。錬、食い意地張ってる。はい義人君」


 僕は木楽さんからリンゴ味のチューペットの片割れを受け取る。


「ありがとう」

「結局あの後五家祭り中断しちゃったよね。動物の出没と停電があったから」


 木楽さんが僕の隣に腰を下ろすと昨夜の出来事を振り返り始めた。皆チューペット片手に話しているものだからシャリシャリという効果音が時々混じる。

 そうだ。あの後結局祭りは安全確保のため中断してしまったのだ。電源もすぐに復旧したものの原因は不明だという。昨夜の異変は全て妖怪が出現したことで異変が起きたのではないかと僕は考えている。


「このまま中止になっちゃうのかなー。お祭り」

「警察も学校の様子を見に来てたけど動物が出没したっていう形跡が残ってないから取り合ってないらしいぜ。動物の足跡も毛もない。ただ荒らされたテントがあるだけ。写真を撮ったって人も誰1人妖怪の姿を写せていないらしい。学校に居た人たちも誰もあれらを妖怪だなんて考えてないみたいだ」


 錬が天井を見上げながら呟いた。


ぬしのテリトリー……。活動領域っていうのかな?の中では僕ら以外の人も妖怪が認識できているみたいだけど。それ以外で妖怪は認識できないみたいだ」


 僕は水嵩さんの推理を披露すると木楽さんが目を見開いてきょとんとした表情を浮かべる。


「主って……何?」

「それじゃあ今、お互いが把握してる情報を整理しよう」


 水嵩さんが売店の中心に移動すると声高々に宣言する。すっかり元気を取り戻したようで僕は勝手に安心した。


 水嵩さんは電動自転車の前かごに置いてあった自分の鞄からノートを取り出す。水嵩さんは呼子村についてまとめたノートを開くと自然と水嵩さんの周りに五家の子供たちが集合する。僕もベンチから立ち上がると水嵩さんの側へ行く。錬だけは相変わらずサッカー台から話を聞いていた。


 呼子村に妖怪が蔓延っていた時代が今再現されていること、悪妖の主のこと……。僕は水嵩さんの見解に加えて春明さんから得た情報を伝えた。妖怪が元は生きてた人間だったっていう話は士気に関わると思って黙っておく。


「あたし達本格的に妖怪退治しなきゃいけないんだ!」

「そう。しかも私達の力が一番強くなるのはお盆の期間。その間に主を退治する必要があると私は考えてる」


 僕は水嵩さんの発言に唸った。確かにお盆に入った瞬間僕の身体能力がより高まった気がする。妖怪を退治しきるとしたら五家祭りの期間で行うのが一番いいのだろう。


「今日も合わせて4日間で?できるかな……」


 朔君が不安そうに呟いた。


「できるかできないかじゃない。やるかやらないかよ。私達しか状況を知らないんだから」


 水嵩さんがいつになく勇敢だ。握りこぶしを作って僕らに力説する。


「『妖怪退治の儀』に乗じて妖怪退治をすれば私達が武器を持って呼子村よびこむらを練り歩いても誰も怪しまないと思うの。だから五家祭りの開催中に協力して妖怪退治をしよう」


 5人の子供達はそれぞれ顔を見合わせると頷きあった。

 過去の真似事であった『妖怪退治の儀』が現実のことになるなんてだれが想像しただろう。

 決起集会をしたその直後、外からこんな村内放送が流れてきた。


『こちらは呼子村役場です。昨夜から17日まで開催予定でした五家祭りですが野生動物と機材の不調により中止することが決定しました。繰り返します。こちら呼子村役場です……』


「祭り中止だとよ」


 錬がすでに空になったチューペットの残骸をレジの近くにあったゴミ箱に投げ捨てながら言った。


「えー!?あたしまだかき氷も焼きそばもホットドックも食べてないよ?やだー!妹も弟も祭りを楽しみにしてたのにー」


 木楽さんが大袈裟に背中をのけぞらせた。水嵩さんも朔君も呆然としている。

 

「祭りの再開を交渉してみる?妖怪退治の為、村の皆の為に」


 水嵩さんの言葉に僕は一時停止する。どういうことだろうか……。他の子供達はああその手があったかみたいな顔をしている。


「うちのおじいちゃん呼子村の村長だから。話してみよう」


 五家の子供たちが歩いてやってきたのは役場だ。自転車に乗ってきた僕、木楽さん、水嵩さんは自転車を手で押して歩いた。朔君は歩いてきたらしいので錬と話ながら先を行く。すっかり見慣れた畦道は今日も日が照って暑い。じりじりと僕らの肌を焼く。


「驚いたな……。水嵩さんのおじいさんが村長さんだったなんて」

「言ってなかったっけ?」


 確かに家が役場の近くだし立派だったから村長の孫娘と言われても違和感はない。


「どうやって説得するの?」


 木楽さんが首を傾かせて水嵩さんの方を見る。


「それはね……」


 水嵩さんは僕らに村長に話す内容を語った。


「どうしたのかな?憂美ゆみ。五家の皆さんも揃って」


 僕らは水嵩さんの顔パスで難なく村長室に通された。案内してくれた受付の女性に僕は軽く会釈をする。

 水嵩さんのお祖父さんは分厚い眼鏡をかけているものの背筋はピンとしていて優しい表情を浮かべて机の横に立っていた。ポロシャツにスラックスという村長にしてはラフな格好をしていた。祭りのことでお盆でも役場に出勤していたようだ。


「お祖父ちゃんにお話があって」


 水嵩さんのいつになく真剣な表情に村長の顔もつられて真剣になるのが分かった。


「五家祭りを……。再開して欲しいの」


 それを聞いて村長は困った笑いを浮かべた。


「いくら可愛い孫のお願いでもそれは難しいよ。安全が第一だからね」

「私達が今日も合わせて3日日間、夕方見回りをするから何も起こらなければ最終日に祭りを再開させて」


 水嵩さんが指を立てて3という数字を作りながら村長に提案する。

 水嵩さんの交渉内容はこうだ。3日間僕らが村の見回りという名目で妖怪退治を行い最終日に祭りを復活させるというものだ。そんなことが大人の都合を変える物になるのか疑問だったけどやってみないことには分からない。


「この村の人たち五家祭りの為に頑張ってきたじゃないですか!あたしの兄妹達も楽しみにしていたし……。五家として力になりたいんです!」


 水嵩さんの横から木楽さんが言葉を続ける。


「僕も小学校でずっとこの日の為に踊りとか飾りつけの準備をしてきました!その努力が無駄になってしまうのは嫌です!」


 朔君も自分の熱い思いを伝える。空気を読んで後ろに控えていた錬もぶっきらぼうに言った。


「先祖のための祭りなのに中断したらあんまよくねえと思います。子供らも楽しみにしてるみたいだし」


 えーと……この流れは僕も何か言わなくっちゃいけないな。大人を説得させるいい子発言が得意な僕の出番だ。


「僕はこの祭りの為、9年ぶりに呼子村に来ました。このまま帰ってしまうのは寂しいです。できることがあれば何でもやります!かつてこの村を救った僕のご先祖様のように」


 五家の子供達の意思が通じたのか村長が何かを噛み締めるように大きく頷いている。


「君たちの熱意はよく分かった。そうしたら日が落ちる前までは君たち子供に見回りをお願いしよう。日が落ちてからは大人が回るからね。動物を見つけたら何もせずにすぐ大人に連絡すると約束してくれ。その間に何も起こらなければ最終日に祭りを開こう」


 村長の了承を得て木楽さんと朔君がハイタッチをする。水嵩さんも満面の笑顔を浮かべた。僕は気恥ずかしくなって水嵩さんから視線を逸らしてしまう。


「ありがとう、おじいちゃん!」


 村長は孫のお願いに弱いのかそれともこの子達に言い聞かせるのは難しいと判断したのか分からないが僕らの提案をすんなりと了承してくれた。


「妖怪退治することにはなったはいいけど。これからどうするの?とりあえず主をどうにかしなきゃいけないってことでしょ?」


 役場の駐輪場で木楽さんが呟いた。


「うん。これからのこと集会所で話しましょう」


 水嵩さんが珍しく声のトーンを上げて答えた。


「作戦会議だね!かっけー!」


 最年少の朔君が目を輝かせる。

 何だか皆楽しそうだ。そういう僕も今夜から行われる五家総出の妖怪退治に心躍らせていた。

 

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