第16話 2008年8月13日 五家祭り1日目

「わっしょい!わっしょい!わっしょい!」


 村の子供達が小さな神輿を担ぎ呼子村よぶこむらを練り歩いている。こんな炎天下の中よくやるな。心の中で子供達を労う。

 僕は五家祭りの『妖怪退治の儀』に備えて家で色々と準備をしていた。

 昨夜は家の周辺や学校の方まで妖怪を消して周っていたので眠気が僕を襲う。その時も普段の自分とは思えない身のこなしをすることができたからご先祖様の力というのはあながち間違っていないかもしれない。


 無心で妖怪を退治するのは苛立った僕にとっていいはけ口となっていた。


「『妖怪退治の儀』はご先祖様の恰好をしてやるのよ。蔵に甲冑があるから合わせてみようか」

「まあ、暑いから最近は胴部分しか身に付けないけどな!実際に村を走り回るとしたら邪魔になるから」


 そう言って蔵の更に奥から古びた甲冑を取り出してきた。これは祭りの為に作られたレプリカらしい。ということは父もこれを身に付けて祭りに参加していたのだろうか。僕は無言で祖父母の為されるがままTシャツの上から甲冑を合わせてもらった。


「似合うじゃない!ちょっと。写真写真!義文よしふみに送りましょう」

「えー……いいよ。写真なんて」


 僕は甲冑の重さに驚きながらも首を振った。僕は最近写真というものが嫌いになりつつあった。家族写真なんて撮ろうものなら恥ずかしさで蕁麻疹が出る。自分の姿を残すことが何だか気恥ずかしかった。それに別に写真に残さなくたっていいと思う。記憶に残しておけばいいんだから。


「はい!チーズ」


 祖父が写真を撮るための古い掛け声をかけるといつの間に手に持っていたのか、デジタルカメラのシャッターを切る。誰も僕の話聞いてないじゃないか……。


「おお!よく撮れとる」

「あらあ!いいわね!やっぱり義文と似てる」


 祖父母が盛り上がっている中僕はうんざりした目で太刀を握って祖父母の被写体になっていた。僕は見世物じゃないぞ。


義人よしと、祭りの最中は抜刀したら駄目だぞ。本物の刀なんだから。ただ腰にさしているだけ。いいな?」


 祖父が冗談交じりに忠告してくる。

 僕は禁止事項を破っていることを悟られないようにいい子の返事をする。


「分かってるよ。そんなことするわけないでしょ」


 ごめん。もう何度か抜刀してるんだ……。心の中祖父に謝った。


 昼ご飯を食べた後、珍しく父から電話があった。祖母に受話器を手渡され僕は廊下に立ちながら話す。父から連絡があるなんて珍しい。


義人よしと!元気にやってるか?』


 久しぶりに父の声を聞く。やっと仕事が休みに入ったらしい。携帯電話で話しているらしく背後からショッピングモールのBGMが聞こえてくる。


「まあ元気」

『今日から五家祭りなんだろう?どうだ意気込みは』


 僕は一瞬父に妖怪のことを話そうか悩んだ。妖怪のことを直接話すのは怖かったので遠回しに聞くことにした。頭おかしくなったと思われたらいやだし。


「勝つ自信はあるよ。それよりさあ……。父さんが五家祭りに参加した時ってどうだった?」

『俺が参加した時?ずーっと昔のことだから忘れちまったな……』

「何か変なこととか起きなかった?!」


 僕は答えを急かすように勢いよく受話器に向かって叫んだ。


『別に普通の宝探しゲームだったよ。確か水嵩みずかさの家が勝った気がする』


 父の答えを聞いて僕は項垂れた。やっぱりこの現象は現在、2008年現在と千年前に限った出来事らしい。


『元気そうで安心したよ。じゃあまた23日に迎えに行くから。優勝賞品待ってるぞ』


「うん……。じゃあね」

 僕は深いため息をつきながら受話器を置いた。妖怪退治の問題は僕らでどうにかするしかない。


 夕暮れ時。屋台や提灯に明かりが灯された。


 五家祭りが始まる。


「じゃあ行こうか。転ばないように気を付けてね」


 僕と祖父母は火差家のお堂の前で一礼すると集会所へ向かった。集会所が祭りの本部になっているからだ。祖父母が提灯を持って先導するように僕の前を歩く。

 埃っぽい甲冑を身に付け太刀を腰に下げた僕は傍から見ればお供を連れた武士に見えるのだろう。甲冑は形式的なものだから中はTシャツに半ズボンという軽装だった。

 集会所に向かう道のりで子供や人とすれ違うと歓声が上がる。


「すげえー!武士だ!」

「がんばってねえ」


 村で度々顔を見かけたことのある人たちが僕たちに声を掛ける。僕は高揚感を覚えながら応援に手を振ったり会釈をして答えた。人から注目されるのは恥ずかしい……。僕のご先祖様もこんな風に誰かから声援を受けたりしていたのだろうか。


 集会所には既に五家の子供たちが揃っていた。皆甲冑の一部分を身に付けて五家に伝わる武器を手に立っている。れんなんていつもの恰好にやりだけ持っている。なんか一人だけ気合が入っているみたいで恥ずかしい。


 静かに兜だけ取り外し祖父母に渡すと五家の子供たちが一列になっている最後尾についた。右隣りに黙って並ぶ水嵩みずかささんは僕の方をちらりとも見ない。僕も声を掛けることができずに黙っている。水嵩さんは弓矢と矢筒を担いでいた。


 五家が揃ったのを確認すると祭りの実行委員のおじさんが開始前の長い話を始める。おじさんの側には和服の男性が立っていた。僕は永久湖にある神社の神主さんなのではないかと予測する。この村に神社は1つしかない。


 永久湖の方は嫌な予感がするのと父に禁じられていのであまり見て回っていなかったから神主さんを見るのも今日が初めてだった。

 実行委員の男性がマイクを握って祭りに開催における長ったらしい話を始めた時、集会所含め周辺の屋台の照明が一斉に消えたのだ。


 人が手にしていた提灯や懐中電灯の明かりも消えた。まだ完全に日が落ちているわけではなかったのでまだ近くに何があるのかは判断することができるぐらいの暗さだ。


「何だ?停電か?」


 実行委員のおじさんが持っていたマイクも音が入らなくなってしまった。周囲の人がざわつき始めた。僕は息を呑んだ。

 異常事態に五家の子供達も周囲を見渡し始めた。


「おい……。あれって……」


 錬の視線の先には空を飛び交う妖怪の姿があった。学校がある方角だ。

 僕は会場の騒ぎに乗じて学校へ向かって走り出した。五家の子供達からの視線を感じたが声を掛けることはせずに一人で走る。どうせ誰も付いてこないだろうし。


 いつもより数倍速く畦道を走り抜ける。通り過ぎていく人たちが驚いたような表情で僕を見るが気にしている暇はない。


 悪妖のぬしが動き出したのだ。


 小学校に到着すると盆踊りの会場も電気がすべて消えていて何事かと騒ぎになっていた。

 校庭に足を踏み入れた瞬間、異空間に入り込んだようなあの奇妙な感覚に囚われた。水嵩さんが言っていた主のテリトリーに入ったらしい。


「携帯電話が繋がらないの」

「いったん集会所に戻ろう」


 そんな祭りの参加者の声が聞こえてきた。自然に人の流れは集会所へ向かっていくので僕は安堵したのも束の間。

 小型の妖怪たちが盆踊りのテントの上で暴れ始めたのだ。それが合図になったのか姿形様々な妖怪達が躍り出てきた。


「きゃああ!何あれ?」

「猪か?猿か?早く逃げるぞ!」

「飛んでるのは蝙蝠こうもりか?」


 パニックになった人々は一斉に集会所へ走り出した。逃げながら携帯電話で写メを取っている人もいる。

 僕は人の流れに逆らって妖怪達に歩みを進めていく。周りの人の騒ぎ声が遠くに聞こえた。


 テントの布地を滅茶苦茶にして逃げていく人に飛び掛かろうとする妖怪を太刀を抜きざまに切りつける。太刀の使い方は自己流だから傍から見たら不格好な刀の抜き方をしていると思うけどバットみたいに扱うよりはましだ。昨日の夜こっそり抜刀の練習をしておいて良かった。


 僕は次々と視界に入る限り妖怪を切っていく。

 物を引き裂く感触がしっかりと手に残った。その度に懐かしい気持ちと爽快感で僕の心は支配される。

 ご先祖様の力が降りてきていると祖母が話していたけどその通りで僕の中の何者かが僕を突き動かしているようだった。


 気がついたら盆踊りの会場には僕1人しかいなくなっていた。その方が都合がいい。抜刀した中学生がいるなんて騒ぎになったら通報されかねない。もしかしたらさっきの人混みの中で既にみられてしまったかもしれないが今はそれどころじゃない。

 僕は妖怪を切り伏せながら石碑のそばまで走る。ここに悪妖の主がいるはずなんだ……。


 目を凝らして辺りを見渡すが歴史書に書いてある大きな蜘蛛みたいな妖怪は何処にも見当たらない。代わりに石碑の近くに鬼の人形が立てられていた。


「これって……。『妖怪退治の儀』の人形……」


 僕は妖怪に見立てた人形の首を取ると中から木札を取り出す。木札には「五家祭り」と墨で書かれていた。祭祀が始まって早々に発見してしまい思わずぼんやりとしてしまう。


「どうしてここに……」


 悪妖の主がいると思われる地点にこの人形が立てられていることに疑問を感じた。誰かが意図してここに立てたみたいだ。

 僕が木札をポケットにしまいながら考え込んでいる時、フェンスの向こう側から何かの足音が聞こえた。僕はフェンスから距離を取ると太刀を構える。


 何かがいる。なのに姿は見えない。


 フェンスが風もないのに大きく揺れる。僕は生唾を飲み込んだ。緊張感で自分の心臓の音が聞こえた。

 確実に僕に近づいて来てるのにそのものが見えないのだ。僕はじりじりと獣道を後退する。そして僕の左頬に何かが横切っていった。その瞬間僕の背中に冷たい汗が流れる。


 ぬしが僕に攻撃してきているんだ!


義人よしと君!!こっち!」


 下の方から木楽さんの声が聞こえてきた。薙刀で近づいてくる妖怪を振り払いながら此方に手を振る。


「本当にヤバいから!早くそこから離れて!」


 僕はさっきまでの高揚感は吹き飛び、下り坂を駆け下りた。早くここから離れなければ!鎧の胴部分にも背後から何かに掠った気がして額に汗を浮かべる。


「早く!ここから出よう!」


 木楽さん以外にも五家が校庭に集結していて各々の武器で妖怪を退治している。皆動きがぎこちないのが少し微笑ましかった。朔君は刀を抜かずにうまい具合に避けている。


「どうして……。みんなここに?」


 僕は走りながら木楽さんに問いかけた。木楽さんは周辺に潜む妖怪を注意しながら答えてくれた。


「義人君が一人で走ってくからだよ!つい追いかけてきちゃった」


 僕は何て言葉を言えばいいのかわからず口を噤む。素直に「ありがとう」と言えばいいのにこの時は何も言えなかった。


 あれだけ酷いことを言ったのに五家の子供達は僕を助けに来てくれたのだ。 

 


 

 

 







 



 

 



 

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