第28話 2008年8月23日 竜鳴きの夏
五家祭りが終わった後の6日間はあっという間だった。その中で一行日記に書くべき出来事と言ったら
それぐらい怪異が消えた
まあ夏休みの終盤というのはやることが見当たらなくてボーっとすることが多くなってくるものだ。夜中までゲームをしてみたり暇な友達に声を掛けて遊びに行く。無理矢理予定を詰め込み夏休みが終わるという現実から目を逸らすのだ。
どうして錬と朔君といきなりゲームで遊び始めたかと言うと、僕が売店でアイスを買って食べていた時に朔君に声を掛けられたからだ。
その時錬が「どうしてこここにいるんだ」みたいな渋い表情をしていた。呼子村でアイスが買えるのはここしかないんだから仕方ないだろ。
テレビに繋いでプレイするタイプのゲームでゾンビを銃で打ち倒すものだった。錬のゲームの腕前は素晴らしかった。僕なんかすぐにゲームオーバーになってしまったというのに。
錬は近づいてくるゾンビを順々に打ち倒していく。錬のゲームプレイ画面を見て僕は妖怪が次々と近づいてくる様子を思い出した。これって……土蜘蛛退治の時みたいじゃないか!
僕は気が付いてしまった。錬があの時僕に出した指示はゾンビゲームでの経験が生かされたものであるということを。
「複雑な気分だ……」
僕が失望した声を上げると錬が此方を向いて「あ?」と睨みつけてきたので慌てて「何でもない」と首を振る。朔君が隣で「錬、ゾンビ来てるぞー!」と興奮した声を上げる。
宿の一室、宴会場のような場所で出前の寿司を五家の子供達で囲んだ。朔君のお母さんが次から次へと食べ物を持って来る。僕らは5人しかいないのに一体何人分の食事を持って来る気だろうか。
「聞いて!力返しの儀の後からさー。家宝の薙刀全然動かせなくなってたの!もー持ち上げるのも大変なぐらい」
半袖、ハーフパンツ姿の木楽さんが興奮したように僕らに言った。やっぱりあの力は期間限定、地域限定のものだったのだ。五家の子供達はそれぞれ心当たりがあるのか頷いている。
「私も……。石を投げてみたんだけどやっぱり全然飛ばなかった。力を返しちゃったからなんだね」
僕はまた
「それとね。いつの間にか
木楽さんが口の中に寿司を詰め込みながら悲しそうにそう言った。へえ……春明さんもう少し長くいると思っていたのに帰っちゃったんだ。
「朝早かったみたいでお母さんしか見送ってないみたい。本当はもっと長くいる予定だったのに。僕も会えなかった……」
春明さんファンの2人はしおれた表情をしていた。僕はマグロの寿司を口に入れながら思いをめぐらした。春明さんは最後までよく分からない人のままだったな……。風のように現れて消えてしまったようだ。
「田舎の中学生で遊んでたんだよ。あいつ」
「春明様になんてこと言うの!?何か深ーい事情があるのよ。私にはビグストがいるからいいですー」
錬のきつい一言にもめげない木楽さんに僕は笑った。木楽さんのたくましさには敵わない。
……とまあこんな感じであっという間に呼子村での時間が過ぎ去って日付は8月23日、午前9時少し過ぎ。
「忘れ物ない?ああそれとこれ、野菜と果物ね。それとお米、それと……」
祖母が慌ただしく縁側に僕が持ち帰るものを並べる。呼子村に来た時に比べると数倍の量になってしまった。大体旅行というのは帰りの方が荷物が多くなってしまうものだ。
「寂しくなるな!また来年遊びに来るといい」
「うん」
祖父が眉を下げて悲しそうな表情を見せた。手を差し出され握手を交わす。その流れで祖母とも。身内で握手するなんてなんだか変な気持ちがしたけど祖父母の手はとても温かく、力強いものだった。祖父母なりの別れの挨拶だったのだろう。
やがて車のエンジン音が庭から聞こえてきた。父の車がやってきたのだ。
縁側の網戸に視線をやると、カエルが1匹も貼りついていなかった。
「おお!義人焼けたなー!麦茶と同じ色じゃないかー!」
車から出てきた父は僕を見るなり大笑いしている。人のことを麦茶なんて失礼な。僕は父の反応を不満に思いながらも縁側に並べられた荷物の積み込んだ。
そのあと父も
「じゃあね!気を付けて!」
「またなー!」
祖父母が大きく手を振るのを僕は車の窓から小さく手を振ってこたえた。
段々小さくなっていく祖父母の姿に後ろ髪を引かれるような気持ちになる。あの畳の部屋、居間、台所、仏壇、縁側、洗面所……。短い時間だったが見慣れた景色から離れることに寂しさを感じた。
何度も忘れ物がないか確認をしたはずなのに何かを忘れてしまってような気がして不安になる。どこか別の場所へ遊びに行った時もそうだ。帰り際はいつもそわそわして落ち着かない。
僕はこの現象の正体を知っている。
思い出の詰まった親しみのある土地を立ち去ることはいつも身に付けている物を置いってしまうことと同じなのだ。それが「忘れ物をした」と錯覚してしまう理由だと僕は考えている。
僕にとっての忘れ物は……呼子村だ。
「五家祭りどうだった?優勝したか?」
父が運転しながら僕に問いかける。
「ううん。引き分けだよ。商品は山分け」
「なーんだ。つまらん」
父が子供のように唇を尖らせる。
「五家の子達とは友達になったのか?」
僕は暫く考え込んだ。友達になったのかはよく分からない。友達だと思っていても相手はそう思っていないかもしれない。ご飯も食べたしゲームもした。アイスも食べて妖怪退治をしたわけだけど友達に当てはまるのだろうか。かといって一緒に居て楽しくないのかといわれるとそうでもない。むしろ学校の友達よりも楽しい。
この夏だけの期間限定の人間関係を「友達」と呼んでしまっていいのか。
五家の子供達の関係を上手く表現する言葉が見つからず僕は適当に誤魔化す。
「どうだろう」
別れの言葉も言わなかった。五家祭りの後も何度か顔を合わせていたし暇だったのだから別れの挨拶ぐらいする時間があったのに。今思えば1軒1軒周って挨拶しても良
かったよな……なんて思う。
「ん?何だ。後ろからなんか来るな。バイク?」
父がバックミラーに向かって目を細めた。
僕は後ろを振り返って後部座席の向こう側、背面のガラスに目を凝らす。
なんと僕の車を追っていたのはバイクに乗った錬と朔君だった。錬がハンドルを握り後ろに乗った朔君が口をパクパクさせて何か言いながら手を振っている。朔君はきちんとヘルメットを被っているのに錬は被っていない。気怠そうな表情が丸見えで僕は思わず笑った。
僕は慌てて助手席の窓を開け、身を乗り出す。
「おおーい!義人―っ!!さようならー!」
僕も感極まって手を振って「さようなら」を言い返す。僕の返事を聞いた朔君と錬はその場にバイクを停めると僕の車を追うのを止めた。
どんどん小さくなっていく2人と呼子村を僕は暫く眺める。
「何だ。友達できたんじゃねえか」
僕の姿を見て父は楽しそうに笑った。僕を乗せた車が大きな道路に差し掛かった時だ。
呼子村の方角に雷の音が鳴り響いた。
「ああ。竜が鳴いてるなあ」
父が驚きの発言をしたので僕は思わず窓から父へ視線を移した。
「どういうこと?竜って……」
「何だよ。そんなに驚いて。雷ってのは昔から『竜の鳴き声』って言われてるんだぞ。こりゃあ向こうは大雨だな」
僕は再び窓の外に視線を向ける。薄っすらと天に何かが昇っていくのが見えた。
神奈川に戻れば僕はすぐいつものつまらない日常に戻される。正確には「つまらないと思っていた日常」だ。
そんな終わりの見えない日常を楽しく、面白くさせるのは自分の行動しかない。これからどれだけ自分を楽しませることができるか。僕はこれからの生活に胸躍らせた。
まずは自分で考えて行動することからだ。夏休みが終わるっていうのに僕の中では何か別のことが始まろうとしていた。
さて。僕はこれから何をしようかな。
決意めいた僕の表情を見た父がぽつりとこんなことを言った。
「暫く見ないうちに成長したな……。今の表情、出陣前の武士みたいだったぞ」
「え?何言ってんの?」
僕は父の冗談交じりの言葉に笑いながらも少し得意げになる。僕の姿がご先祖様と重なって見えていたのなら嬉しい。
僕はもう一度呼子村の方角に視線を向ける。天に向かって飛ぶ竜のようなものはどこにもなかった。
竜鳴きの夏 ねむるこ @kei87puow
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