第12話 2008年8月10日 五家の子供達(1)
「皆さんおはようございます!本日はお忙しい中お集まりいただきありがとうございます」
声の大きいおじさんの声が集会所の会議室のような場所に響き渡った。今年の祭りを取り仕切る人物らしい。会議室には五家の子供の他に子供たちの親や祭りの手伝いをする人達で賑わっていた。
僕の祖父母も参加しているのだが落ち着かない。学校の以外で見知らぬ人に囲まれるのが久しぶりだった。
「今年も五家祭りを開催したいと思いますが五家のお子さんたちが揃ったので『妖怪退治』の催しができそうで気合が入っとります!」
おじさんが楽しそうに腕を回す。五家祭り、特に妖怪退治の儀は村の人たちにとって特別なものだということが分かった。
「まず祭りの関係者の自己紹介と五家のお子さんの自己紹介をお願いします」
僕は内心怠いなと思いながらも名前と挨拶を口にして手っ取り早く椅子に座る。配られた五家祭りの概要に軽く目を通す。『妖怪退治の儀』が行われる期間は8月13日から17日の5日間。午後7時から8時までの間、村のどこかに隠された悪妖に見立てた人形を見つけ出し中の札を回収しなければならない。毎夜1体の人形が配置され札を沢山持っている家の勝利となる。
おじさんが人形のサンプルを手にしながら説明する。人形と言うよりはかかしのようで僕よりも背が低い。胴体と顔だけがついたその木の人形は不気味だった。なんせ顔の部分に鬼の顔がほられているのだから。
「これね、首の部分が簡単に取れるようになっているから。この中に木札がはいっているからそれを集めるんだよ」
おじさんが簡単に鬼の首を捻ると中が空洞になっているのが分かった。ガチャガチャのカプセルのような仕組みだ。
「夜で怖いかもしれないけど夏だし、祭りの関係者も村中を巡回してるから安心して参加してください。野生動物も出てきているようだし、動物撃退用スプレーも持ってますから。きちんと安全は確保して祭りは実行するのでゲームみたいに楽しんで」
おじさんは鬼の首を戻しながら楽しそうに笑っているけど五家の子供たちは複雑な表情をしていた。もう僕たちにとって『妖怪退治の儀』は祭りでもゲームでも何でもなくて現実の出来事となっていたからだ。
「8月に入ってから少しずつ祭りの準備は進めてきましたが会場の設営や人形の設置については皆さんにも手伝って頂きたいと思います」
祭りの準備を手伝うだって?そんなの聞いてない……ということは暫く昼の調査がストップしてしまうということだ。
「それと今回はなんと!祭りの助っ人がおります」
そう言っておじさんの呼びかけで僕らの後ろに座っていた人物が前にやってきた。
「初めまして。
驚くべきことに春明さんも祭りに参加するらしい。爽やかな笑顔に会議室にいる女性陣がざわめくのを感じた。歴史の研究者だったら祭りに参加するのも不自然な行動ではない。
全体の話が終わった後、僕たち五家の子供は夏祭りの飾りつけの準備を手伝うことになった。大人たちは屋台や会場の設営について打ち合わせを行っている。
僕はあらかじめ作られていた花の花びらを開く作業をした。学校のイベントになるとよく作られる布地のような感触のするあの花だ。
じゃばらになるように折り、真ん中をホチキスか輪ゴムでとめて1枚ずつ花びらとなる部分を広げていく。近所の子供たちは作業を中断して友達とのおしゃべりに夢中になったり走り回ったりして自由だった。
「とんでもないことになったね」
僕は隣で黙々と紙の花飾りを仕上げていく水嵩さんに声を掛けた。水嵩さんが作り上げる花はとても綺麗で僕が作ったものとは大違いだ。
「まさかここまであいつが来るなんて。やっぱり怪しい」
僕は遠くで練が携帯をいじっているのをみて晴明さんについて話すことに決めた。なるべく木楽さんと朔君が気が付かないうちに話してしまうことにする。2人は晴明さんと何やら楽しく話している。
「練ちょっといいかな?」
練は名前を呼ばれて反射的に僕を睨みあげる。僕が立っていて練が座っているから自然に睨むような格好になってしまう。それにしても練の睨みは人を寄せ付けない怖さがある。見た目が派手だから余計に迫力が増すのだ。
「なんだよ」
折り畳み式の携帯電話に視線を落とすとぶっきらぼうに練が返事をする。
「あの春明さんって人、僕と水嵩さんは怪しいと思ってるんだ。この村に妖怪が発生してることと何か関係があるんじゃないかって」
僕が声を小さくして伝えると練は顔を上げた。
「何か証拠でもあんのかよ」
「……。探してる途中って感じかな。だから練もできれば協力して欲しい。不審な点とかあったら教えて欲しいんだ」
僕が真剣な表情で伝えても練は興味なさそうに適当な相槌を打つ。
「面倒でやってらんねーよ。人の観察なんて」
僕は引き攣った笑いを浮かべる。練は裏で地味に動くのが嫌いなタイプそうだと思っていたら本当にその通りだった。
「そんな面倒なことするよりも直接聞いたらいいだろ」
練は立ち上がると春明さんのある方は向かってズカズカと歩き出した。僕は突然のことについぼーっとしてしまった。
これ、不味いんじゃないか?僕らが疑ってるって分かったら何をしてくるか分からないぞ?
「練!ちょっと……ちょっと待った!」
僕が止める声も聞かずに練は春明さんの前に仁王立ちする。
迫力たっぷりな練を前にしても春明さんは少しも動じない。そばにいた2人は練を見て首を傾げていた。
「どうしたの練?」
「練!春明も祭りに参加してくれんだって!すっごい楽しみだよ」
木楽さんは不思議がっていたが朔君は無邪気に春明さんの参加を喜んでいる。僕は練の少し後ろから様子を見守る。実を言うと僕も少し気になっていた。春明さんがどんな反応をするのか見て敵か味方か見極めようと心に決める。
「賀茂さんだっけか?アンタ妖怪とかに関わってない?」
練はど直球で春明さんに疑問をぶつけていた。春明さんは少しも表情を変えない。
「君は……。
「だから妖怪がこの村に出るようになったのもアンタのせいじゃねぇのってこと」
少しも怯まない練の物言いに僕はハラハラしながら見守っていた。春明さんが反応するよりも先に木楽さんが声を上げていた。
「あんた何言ってるの?春明様は私達に妖怪退治の方法を教えてくれたんだよ?この村のヒーローだって言ってもいいぐらいなの!それをそんな失礼なこと言って……」
続いて朔君も弱々しく反論する。
「春明は……そんなことしないよ!」
春明は笑顔で2人を制すると練をまっすぐに見て答えた。
「余所者が突然口を出すのは怪しいよね。だけど信じて欲しいんだ。僕は五家の味方だ。妖怪やこの村に詳しいのだって研究しているからだ。まさか本当に見れるとは思わなかったけど……。対処方法だって研究から推測しただけで確かなものじゃなかった」
「……」
妖怪をまだ目にしていない練は大人が真剣に妖怪について話す姿を黙り込んで聞いていた。
「ね!だから信じてよ春明のこと」
「そうだよ!春明様めちゃくちゃあたしらの村好きなんだよ!」
木楽さんと朔君の説得を聞いて練は何を思ったのか無言で元の場所へ戻った。後ろから木楽さんと朔君が謝る声が聞こえる。春明さんのフォローにまわっているようだ。僕は小声で練に聞いてみた。
「本当にさっきの言葉で春明さんのこと信じたの?」
「納得してはいねーよ。ただあれ以上話しても無駄だなと思っただけ。あいつ肝心なことは隠してるみたいだし」
春明さんの言っていることに納得する。心に何かが引っ掛かるのは春明さんが何かを隠しているからだ。練は意外と物事の本質を見抜くことができるらしい。
「探るだけ無駄だ。何か企んでるとしても本性を現してからのがいい」
「……早くに潰した方が……」
僕は自分が物騒なことを口走っているのを自覚して口をつぐむ。また勝手に自分ではない何かが出てしまった。やっぱりこの村に来てから僕は何かおかしい。
その言葉を聞き逃さなかった練が神妙な顔をして僕に言った。
「お前さ……その人が変わるのって中2病なの?」
僕はそのワードを聞いて固まった。確かに僕は中学2年生でアニメや漫画に影響され独特の世界観を持ってしまうような年頃かもしれないけど決してわざとやってるわけじゃない。
「違うよ!ただ自分じゃない何かが勝手に言ってるみたいで……」
「だから中2病じゃねえか」
違和感を説明しようとするとどうしても中2病まがいになってしまうので僕はそれ以上言葉にするのをやめた。錬の冷めた視線が辛い。
「妖怪を見たことがないから春明さんへの脅威も分からないんだよ」
捨て台詞みたいになってしまったが僕はそう言って錬から離れようとした時だった。
「そんなに言うなら妖怪のいるとこに連れてけよ」
錬が薄笑いしながらそんなことを提案するものだから僕は強気になって答える。
「じゃあ今日の夕方6時30分過ぎに売店で!普通に村を歩いてれば1匹2匹はいるから」
僕はやけくそで錬と奇妙な約束をしてしまった。こうなったらもう実際に見てもらった方が早い。
「錬と
僕と錬は祭りの準備を手伝いに来たであろう男の人に声を掛けられ会議室から出ることになった。錬は怠そうに椅子から立ち上がると僕もそのあとに続く。
ふと水嵩さんの方を見ると複数の人に囲まれて何か口論している様子が遠目で見えた。多分水嵩さんの側に立っている男性と女性が水嵩さんのお母さんとお父さんなのだろう。女性の近くには妹の
どうしたんだろうと思いながらも僕は会議室を後にする。
「つっかれたー!」
僕は居間の畳に大の字になって寝ころんだ。会議室から出た後はひたすら重労働だった。テントや会場の設営に使う機材を小中学校に運んだ。普段の僕ならすぐにばてていただろうに不思議と元気だった。「義人君見た目はそうでもなさそうなのに力あるなー」なんて知らない村民に言われるぐらいに。
今だって疲れてはいるけれども軽い運動をしたような心地い疲れだった。やっぱり五家の力のようなものが働いているんだろうか。僕はあの水を飲んでいないけど土地からパワーのようなものを貰っている気がする。
畳の香りと仏壇の線香の香りが僕の心を落ち着かせる。そんな様子を見た祖父母が僕の姿を見て笑う。
「お疲れさん。今日は大変だったなあ!おじいちゃんはもうクタクタだよ!」
祖父が笑いながら居間に置いてあるマッサージチェアに腰かける。
「すぐご飯の支度しちゃうからね」
祖母が台所に消えるのを見ると僕は夕方になるのをそわそわしながら待った。
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