第11話 2008年8月9日 噂

 僕は自転車に乗って悪妖の巣窟である主が潜んでいる場所を探していた。永久湖とわこに全ての元凶が潜んでいるのは分かり切っているのでそれ以外の危険地帯を探す。永久湖の主も最終的には退治しなければならないのだろうけどきっと最後に攻略することになるだろう。ゲームで言うところのラスボスだから。


 森の中なんて村自体が元は森だったのだからどこでも当てはまりそうなものだ。その中でも木が生い茂っていて現在になっても自然を感じられる場所を直感で探す。昔から姿を変えない場所がいいのかもしれない。


 洞窟があったら地元の人がすぐに分かりそうなものだけど祖父母に聞いても首をかしげられてしまった。廃屋について聞いたら村の所々に人の住んでいない家があると言っていたけどそれが本に書いてある廃屋ではないかもしれない。今日は森の中の洞窟に潜む妖怪の住処を探すことに決めた。


 僕は村の北部、山に近い集落に自転車を走らせた。木楽きがくさんの家があった方角だ。そこなら森と呼べるような場所が沢山ある。

 まだ午前中だというのに日差が肌にじりじりと照り付けるようで痛い。僕は村にやってきて1週間程度だが既に肌が薄っすらと焼けている。

 舗装されていない道を走ると自転車が上下に揺れる。その感覚にすら慣れて今はなんてことなく自転車を進ませることができる。用水路の水が涼し気に流れるのを横目に見ながら山を見上げた。


 濃い緑に真っ青な空。巨大な積乱雲がかかる景色はあまりにも出来過ぎた夏の景色を作り上げていて作り物のようだった。誰かが描いた絵の中に迷い込んでしまったかのような錯覚に陥る。

 背中を流れる汗がここが現実の世界であることを伝える。

 山の方に目を凝らして道を走らせても洞窟のようなものは目に入ってこない。僕は小中学校までやってきてしまった。おそらく呼子村の子供たちの殆どが通っているであろう学校だ。鉄棒やブランコ、砂場がある校庭が手前に広がり、奥に校舎が見える。夏休みのせいで何だか学校が懐かしく感じた。

 流石にこの辺りに洞窟なんかないかと自転車の方角を変えて立ち去ろうとした時だった。


「俺お化け見えるからあそこに何がいるか分かるかも。夕方見に行ってみよう!」

「ええー。やだ」

「お化けなんかいるわけないじゃん。最近野生動物が出るから夕方出ちゃダメって先生が言ってたよ」


 プールバックを持って小学校へ入っていく小学生たちを見て僕は自転車から降りる。

 お化けってもしかして妖怪のことだろうか……。


「ちょっと!いいかな?」


 僕は勇気を振り絞って3人組の小学生に声を掛けた。男の子2人と女に子1人だ。皆僕のことを怪しそうに眺めている。それはそうだ。僕はこの村の住人ではない。見ず知らずの人に話しかけられるなんて子供達にとって不審者しかいない。

 僕はキャップを外して怪しい人物だと思われないように会話を続ける。


「五家の火差義人ひざしよしとって言うんだけどその話詳しく聞かせてもらえる?」


 子供たちは五家という言葉を聞いて顔を輝かせた。


「妖怪退治の人だ!樹里菜じゅりなさくれん以外で初めて見た!」


 僕は子供たちの警戒心を解くことができたのに安堵する。どうやら五家のことはこの村の誰もが知っているらしい。祭りがあるくらいだから当然と言えば当然だけど何だか自分が有名人になったような気持ちになる。ちょっと嬉しい。


「さっき話してたお化けってどういうことか教えてくれない?」


 3人組は顔を合わせると「ちょっと待ってね!」と言って校舎に向かって駆け出して行った。



「五家の子供さんね!こんにちは」

「……こんにちは」


 僕は40代ぐらいの眼鏡の教師に頭を下げる。3人組はこの教師に僕を学校に入れる許可を取りに行ってくれたらしい。教師は子供好きそうな優しい笑顔を浮かべて僕が学校に入るのを許可してくれた。


「先生、石碑のところ案内してもいい?」

「ああ。気を付けてね」


 3人組が僕の腕を引いて石碑の場所へ案内する。

 後者の裏側な木々が生い茂っており獣道を上っていく。やや坂道になっているが小学生は構わずに僕を引っ張りながら駆け上がる。

 木が日陰になって涼しい。土や草の香りが僕の鼻を通り抜けていく。とても気持ちのいい場所だったけれども空気が澄んでいて人のいる場所とは異なる空気を感じる。


「ここ!ここにお化けがいるらしいの!」


 そこには小さな石碑があるだけだった。石碑が置いてある所よりも奥はフェンスが建てられていて先に進めそうもない。ただ木々がずらりと並んでいて妖怪よりも今にも動物が顔を出しそうな雰囲気だった。


「僕の友達がね、夕方学校でかくれんぼをしててこの辺りに隠れようとしたんだって。そうしたら沢山の足音が聞こえたらしいよ!」

「しかもこの石碑、妖怪退治しましたって記念に建てられたみたい」

「いや妖怪のお墓だよ!」


 子供たちが口々に情報を教えてくれる。僕は聞き取るのに必死だった。学校には何のために作られたのかわからない石碑やら銅像が置かれていることが多い。多くの生徒達が関心を持つことなく日々を過ごしている。


 僕は石碑を観察するが文字が彫られていないので詳細はよく分からない。石碑は小さくてお墓に使われるような材質ではないかなと思う。

 当たりに洞窟らしいものは何もないし本当にただの動物だったりして。ここははずれのようだ。僕が気落ちして戻ろうとした時だった。


「お兄ちゃんがお化け退治してくれるの?」


 子供たちの期待に満ちた瞳に僕は黙り込んだ。これは子供たちに夢を見せてやった方がいいだろう。


「うん。退治しておくからあんまり夜は出歩いちゃダメだよ」


 僕がそう答えると子供たちは大盛り上がりする。


「すげー。やっぱ伝説って本当なんだ!」

「だから!お化けなんていないってば」

「ねえねえ!そしたら学校のトイレと用務室のお化けも退治してよ!」

「そ……そうだね。やっとくやっとく」


 調子に乗って適当な返答までしてしまう。僕は先祖が妖怪退治をしていただけで心霊現象とは関係ないぞ!と言いたかったけどやめておく。小学生の時ってこの手の都市伝説やら怖い話が好きだよな……。


 僕らは坂を下りるとそこで別れた。3人はさっきまでお化けの話をしていたというのにもうプール遊びに頭を切り替えている。3人が走っていく方向にプールがあるであろうコンクリートの白い壁が見えた。

 僕はもと来た道を辿って正門に向かう。その途中で眼鏡の男性教師に会ったので軽く会釈する。


「ありがとうございました」

「どうだった?あの石碑学校に昔っからあってね。生徒達が勝手に噂を作って肝試ししたりするんだよ。ほら学校の裏って森になってて薄暗いだろう?」


 やっぱり。お化けが出るっていうのは生徒達の作り話なのだろう。


「今年久しぶりに五家祭りが行われるって言って皆盛り上がってるよ。妖怪退治頑張ってね」


 教師の言う妖怪退治は祭りの一環で行われる「妖怪に見立てた人形を探し出し札を集める儀式」のことを言っているんだろうけど、どうしても本物の妖怪退治に聞こえてしまう。「本物の妖怪退治するんです」って言ったらどんな反応をするのかな……。そんなことを考えながら笑顔で答えた。


「はい!妖怪退治頑張ります」


 教師の冗談に乗っているように聞こえるかもしれないが僕は本気で言っているので何だかそのすれ違いが可笑しく思えた。

 この辺りは水嵩さんの家の近くだったからついでに寄って学校での出来事を話そうと思ったのだがあの格式の高い家に入るのは気が引ける。お腹も空いたし昼ご飯でも食べた後に電話を掛けよう。



「それらしい場所を見つけたけど妖怪がいるかどうかは夜にまた行ってみないと分からないね」


 僕は台所の正面、洗面台と風呂に続く廊下の途中に置かれた電話機の前に椅子を置いて座りながら水嵩さんと話をしている。玄関も網戸になっているし台所にある勝手口も網戸になっているので風がよく通って気持ちがいい。


「確かに学校は怪しいね。すぐに調べに行きたいところだけど私今夜は難しそう。1人で行くのも危ないから明日でもいいかな」

「分かった。じゃあ学校は明日に」


 僕は電話を切ると台所で枝豆を洗っていた祖母が此方にやってくる。


「明日五家祭りの顔合わせと祭りの準備もあるからね。忙しいかもよ」


 僕は腕組をしながら椅子に寄りかかる。


「あ。そうか……。明日五家の顔合わせなんだ」


 妖怪と春明さんのことで頭がいっぱいだったけど僕は五家祭りに参加するために村に来たんだった。気が付けば祭りが開催されるお盆はもうすぐそこまで迫っている。

 その日の夜は自分の家の周りを警戒しながらもなるべく外には出ずに静かに過ごした。クーラーの効いた部屋で防災マップに目を通し学校の裏山に印を付ける。

 その日の夜は何日分か書き忘れていた一行日記を適当に書いて眠りについた。



 


 








  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る