第9話 2008年8月7日 妖怪退治の先輩
「へー。早速二人で来たんだ。まあとりあえず上がんなよ」
そんなことよりもまりもみたいな大きな毛玉をストラップとしてつけているのが気になった。携帯電話よりも大きくて邪魔じゃないのかと思う。
木楽家は
「お姉ちゃん誰その人?」
「おねちゃんあそぼー」
「何この人たち」
僕より年下の子供達が玄関に押し寄せる。
「はいはい。後でね」
木楽さんは兄妹達の頭を高速で撫でる。
「樹里菜?お友達?」
子供たちの後ろから赤ん坊を抱いた木楽さんのお母さんが顔を出したので
「お邪魔します」
2階は洋室になっていた。木楽さんの部屋に足を踏み入れる。
「うわー……すご」
僕は思わず呟く。隣で水嵩さんがちょっと失礼でしょ!と目配せしてきたが口にでてしまったものはもう戻せない。部屋はこじんまりとしていたが物で溢れていた。勉強机とベッド、タンスが置かれているのだが、男性アイドルのポスターが所狭しと貼られていて圧迫感がすごい。僕の母と妹が好きなあの国民的アイドルグループ『ビッグ・ストーム』だ。
だけど正面の大きな窓が開いていて気持ちのいい風が入ってくる。クーラーが無くても周りのポスターさえ気にしなければ過ごしやすい環境だ。
「ああ。ポスター?かっこいいでしょ」
木楽さんは照れくさそうだが自慢げに笑う。部屋の隅に置いてあるスクールバックもアイドルの顔写真キーホルダーでジャラジャラと付けていた。相当なアイドルオタクのようだ。
「ちょっと待ってな!飲み物とお菓子持ってきてあげるから」
そう言ってまた慌ただしく部屋を飛び出していった。何だか僕も木楽さんの兄妹に仲間入りしてしまったようなそんな気持ちになる。木楽さんは面倒見がいい人のようだ。
「木楽さんの持っていた薙刀って、五家に伝わる武器よね?」
小さな折り畳み式の卓上テーブルの前に座らされた僕と水嵩さんは隣り合って座っている。
「そうなのかな?確かに普通の物ではなかったし……。そもそも武器を持って出回るなんて誰かに見られたらまずいよね」
「それもそうなんだけど気になったのは木楽さんが妖怪退治に慣れてるってところかな」
水嵩さんが顎に手を当てて思考を始める。言われてみれば木楽さんはあれだけの数の悪妖を見て動揺もなければ恐怖もない。
「お待たせ―っ」
勢いよく扉を掛けて木楽さんが現れたので僕と水嵩さんは肩をびくつさせた。木楽さんは飲み物とお菓子が乗ったお盆を手にベッドの上を渡って僕らの向かいに胡坐をかく。
「はいよ。飲みな飲みな」
手際よく僕らの前に氷の入ったオレンジジュースを置いていく。すぐに水嵩さんが口を開いた。
「木楽さん。昨夜持っていた武器って……」
「まずは自己紹介から!あたし2人のことなんも知らないから。はい!まずはそこの男の子」
水嵩さんの堅苦しい質問を躱すように手を叩くと木楽さんがにっと笑った。僕は指をさされたのでワンテンポ遅れながらも自己紹介をする。
「
「義人君ね。はい、女の子!」
びしっと次は水嵩さんが指さすと水嵩さんも戸惑いながら答えた。
「……
「東京!いいなー私の推しにも会えそう……。私も早く東京行きたいっ!」
きゃーっと木楽さんが『東京』という言葉に盛り上がる。水嵩さんはそんな木楽さんを見て小さく笑った。
「昨日も言ったかもだけどあたしは木楽樹里菜。ビグストのファンで中学3年生!」
ビッグ・ストームのファンはグループ名を略して『ビグスト』と呼ぶ。そして言わなくてもこの部屋を見ればファンであることは一目瞭然なのに敢えて自己紹介に入れてくるから面白い。
「あの……本題に戻るんですけど。木楽さんが昨夜持っていた武器って五家に伝わるものですよね?どうして持ち出してるんです?いつから妖怪退治を……」
水嵩さんが興奮気味に木楽さんに質問をぶつける。その様子を見て木楽さんが笑いながら水嵩さんを制止する。
「ストップ!そんなに一気に言われたら分かんないよ。あたしは逃げないからゆっくりね。ほら、ジュース飲んで」
木楽さんはグラスを突き出すと水嵩さんは渋々とストローを口に咥える。
「あれは五家の武器で木楽家は薙刀なの。私が妖怪退治を始めたのはつい最近、2日とか3日とか辺りから。イケメンの指示で動いてるって感じかな」
僕と水嵩さんは目配せをする。もしかしてそのイケてるメンズってのはもしかして
……。僕は水嵩さんが頷くので心当たりのある名前を上げる。
「
「どうして春明様のこと知ってるの?!」
春明様って……。僕は思わず吹き出したら木楽さんに睨まれたのですぐに真面目な顔をする。
「呼子村を散歩してる時に偶然民宿に寄ったら居てさ。水嵩さんも資料室で会ったことあるって」
「ええー何それ。羨まし―。私も集会所の近くで会ったかなー。春明様めっちゃかっこいいよね?それこそビグストに加入できそうなぐらい。大人の色気があるっていうか……」
僕は「そうだねー」と心無い返事をしながらオレンジジュースを飲む。木楽さんの止まらないおしゃべりに対して水嵩さんが首を傾げた。
「ちょっと待って。賀茂さんに指示されて妖怪退治をしてるってことは……。賀茂さんは妖怪が出る場所を知ってるってこと?」
「そうだねー。ほらこんな感じで依頼のメールが届くの!」
大きな毛玉のストラップが目立つ携帯電話の画面を誇らしげに突き付ける。
『湖の入り口にて悪妖多数発生。』
メールが送られてきた時間は僕らが待ち合わせした時間と一致する。僕は春明さんとメールのやり取りをしている木楽さんに驚いた。僕らの敵かもしれないのに。
「凄くない?あたし春明様とメアド交換してるの!まだこういう必要事項しか連絡しあってないんだけどね……。今のところ妖怪が沢山集まってるところを2回ぐらい退治したかなー」
「可笑しいと思わなかったの?妖怪がいるってことも、賀茂さんが妖怪の出る場所を知ってるってことも!」
水嵩さんが深刻な表情で木楽さんに問いかける。木楽さんが春明さんに利用されてるんじゃないかと心配しているようだ。
「そりゃあ私も嘘だと思ったよでも……イケメンが言ってるんだもん。事実でしょ?」
僕は心の中でお笑い芸人のごとく盛大にこけた。隣で水嵩さんも開いた口が塞がらない様子だ。色んな意味で木楽さんが一番危なくないか?
「出会いは偶然だったの。兄妹たちを学校のプールに送っていった時に資料室から民宿に戻る途中だったみたいで……。『五家について知りたいから連絡先教えてくれ』ってー!もう奇跡!嬉しすぎて死ぬかと思った!」
木楽さんは僕たちを置いて一人で盛り上がっている。
「1回目は
驚くべきことに妖怪退治のチームは僕と水嵩さんが結成する前に出来上がっていたようだ。正確には出来かけていた、だろうけど。
「最後に……一つだけいい?武器を使うっていうのも賀茂さんのアドバイス?」
難しい顔をした水嵩さんが木楽さんに再び質問する。
「そうだね。五家の武器が有効だって言ってた。
もし今起きていることが過去の呼子村の再現だとしたら歴史書を読んで予測したというのは納得できる。それでも春明さんに疑問を抱いてしまうのは僕が素直な人間じゃないからだろうか。
「二人とも丸腰で夜歩くとか危ないって。今度からちゃんと五家の武器持ってきた方がいいよ!そうだ、2人も夜の妖怪退治手伝ってくれない?春明様から連絡入ったら伝えるからさ!五家が集まれば怖いもの無しでしょ!」
木楽さんが楽しそうに僕たちに提案する。この訳の分からない現状をどうにかするにはこのチームで動いた方がいいのかもしれない。ただ賀茂春明が裏にいるのが怖い。
「私達もメンバーに加わる。私達も妖怪を見て丁度どうにかしなきゃと思ってたところなの」
水嵩さんが僕の了承も得ずに妖怪退治のメンバーに加わることを告げた。僕に権利はないのか?
「やったー!そしたらまずは……メアド交換しよー」
木楽さんははしゃぎながら水嵩さんと赤外線でメールアドレスを交換する。木楽さんが僕に視線を寄越してきたので「僕は携帯もってないんです」と困った笑いを向ける。
「火差君には私が連絡するから大丈夫」
「おっけー。じゃあ2人ともよろしくね!まあ10日に五家祭りの準備と顔合わせがあるからその時にでも!」
こうして僕たちは木楽家を後にした。思ったよりも情報量が多くて頭がボーっとする。夏の暑さのせいでもある。
「水嵩さんさあ。春明さんのことあんなに警戒してたのに仲間になっちゃってよかったわけ?」
僕らは集会所の休憩スペースで座って話していた。その間もずっと水嵩さんは辺りを伺って春明さんがいないか確認していた。
「うん。逆に仲間になったふりをしてあいつを探る方がいいんじゃないかと思って。それに木楽さんの機嫌を損ねないためにもあいつが敵かもしれないことを伝えるのを止めておいた」
「あ……そう。随分考えてるんだね……」
水嵩さんの先を考えた行動に僕は身震いする。水嵩さんを敵に回したら大変なことになりそうだ。
「私達も賀茂春明から指示される前に妖怪が出てくる場所を突き止めて退治しない?私も最近過去の文献を読み始めたの。資料室のお爺さんに聞きながらだけど。もしかしたら私達も妖怪の出る場所を予測できるかもしれない」
「ええ?昔の文献なんて読めるの?水嵩さん凄いな……。そこまでする?」
僕が項垂れていると水嵩さんが四角い形状のソファから勢いよく立ち上がって言った。
「相手は人に悪さをする妖怪と絡んでるのかもしれないんだよ?私達でこの村を守らなきゃ!」
一瞬水嵩さんが勇ましい、自分の土地を守り抜く武士のように見えたので僕は思わず目を擦る。確かに妖怪と戦うことができるのは五家の子供たちしかいない。
どうしてそんなに人の為に行動できるんだろう。僕だって五家の家の子供なのにそんな気持ち微塵も湧いてこない。だけど僕は普段通り水嵩さんに調子を合わせる。それに武器を使って妖怪退治なんて面白そうだし。
「まずはどうする?」
「本当は今夜も村の様子を散策したいところだけど……。まだ会ってない五家の子供が賀茂春明をどう思ってるか、妖怪退治についてどう思ってるか調べてきて欲しいの。私は過去の文献を解読してみる」
「ええ……」
僕は早速武器を持って暴れまわれるのかと思ったら違ったので思わず不満そうな声を出してしまった。水嵩さんはそんな僕を冷たい目で見下ろしながら説教する。
「今は情報が必要なの。一度動いて失敗したでしょう?だからお願いね。
どうやら僕に拒否権は無いらしい。
「はい……」
「それとこれ。私の携帯番号」
そう言ってノートの切れ端を手渡された。
「義人、水嵩さんところに遊びに行ったんだってな。やるねえー」
夕飯の席で突然祖父からそんなことを言われて僕は口に含んでいたものを吹き出しそうになった。多分異性の家に行ったことを茶化してるんだろう。
「別に……。ご飯食べて帰ってきただけだよ。何もない」
「女の子とご飯なんていいじゃねえの!若いっていいなあー」
そう言って祖父はがははと笑った。いや、水嵩さんだけじゃなくて思いっきり家族も居たけども。祖父母が盛り上がっていたので僕は事実を黙ってただにこにこ笑っていた。何故か不思議なことにこの世は男女がご飯に行くと色恋沙汰だと認識されてしまうのだ。何とも居心地が悪い。
そんなことよりも僕は明日、2つの家の子供に会わなければいけないことがとても嫌だった。
特に
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