第二十七話:「力」と向き合う

 世界は怖いものだらけだ。

 それは地球の頃も、そして今の異世界も変わらない。

 だからこそ「力」は必要なのだろう。

 世界を生きる過程が、少し楽になるから。


 暗転した視界が復活する。

 ノートの意識は夢の中と同じ場所、どこかの学校の屋上に飛ばされていた。


「ここは……」


 いつもと変わらない曇天の空が染め上げている屋上。

 間違える筈がない。ここはノート自身の魔人体と話をした場所だ。


 ノートの影が伸びて大きくなる。

 影から黒い靄に塗れた像が出現する。

 岩の腕を持つノートの魔人体だ。


『「力」と向き合え』

「聞かせてくれ。「力」ってなんだ?」

『「力」は、変化するもの』

「変化?」

『「力」は、それを行使する担い手によって姿を変える。創造にも破壊にも、牙にも盾にもなる』

「俺は……ずっと「力」が怖いものだと思っていた」


 「力」を得た事でレオが変わった。

 「力」に呑まれた事で、彼は暴君と化した。

 故にノートは恐怖する。人間を悪しく変化させてしまう「力」そのものを。


 だが今は違う。


「「力」は、守る為にも使える。傷つけるだけじゃなくて、大切な人を生かす為に使える」

『だが「力」は汝を吞み込もうとするぞ。耐えられるのか?』

「わからない。でも、吞まれること自体に恐怖はない」

『ほう』

「信じられる仲間がいる。俺の背中を託せる大切な人たちがいる。パーティーの皆が俺を信じてくれている。だから俺は、自分の中の恐怖に向き合える」


 心を覆っていた黒い物は晴れていた。

 恐怖は確かに残ってはいる。だがその恐怖を受け入れ、先に進む心も生まれていた。

 ドミニクとライカの言葉がノートの中で反芻される。

 背中を任せる。だから自分も、皆の背中を守ろう。


 ノートは真っ直ぐな眼で、魔人体と向き合う。


「「力」を持つことは今でも怖い。だけど、それよりも怖いものができたんだ」

『何を恐れる?』

「ライカを、仲間を失うこと」

『つまり汝は、守る為に「力」を欲するのか?』

「……欲しい。守るための「力」、生きるための「力」が欲しい」


 黒い靄のかかった像が、ノートに近づく。

 死かづけば近づく程、その本質がノートに伝わってきた。


 この魔人体、アルカナは強い。

 凄まじい存在感を持っていて、全てをねじ伏せる圧倒的な「力」を持っている。

 いや、むしをこれは純然たる「力」そのものなのかもしれない。


 きっと以前のノートなら背を向けて逃げただろう。

 だが今は違う。

 守りたい人がいる。進みたい未来がある。

 弧の世界で探したい、夢がある。

 その思いたちが、ノートを恐怖に打ち勝たせたのだ。


『問おう。汝は「力」と向き合い続けるか?』

「向き合う。絶対に間違った使い方はしたくない。俺はこの世界で、前を向いて生きるために「力」を使いたい」


 だから……


「今すぐ寄越せ、アルカナの「力」!」


 手を差し出し、ノートは叫ぶ。

 きっと現実の世界では今にも自分達は死にそうになっているだろう。

 それを打破したい。

 その為にも「力」が必要なのだ。


 全てを押し潰す「力」が。


 顔は見えない。だが黒い靄のかかった魔人体は、一瞬笑ったような気がした。


『欲望は「力」の切っ掛けになる。欲に染まった時が、汝が「力」に呑まれる時だ』

「それでも俺は抗ってやる。仲間達のためにも、お前を使いこなしてやる!」

『……せいぜい、吞まれないようにするのだな』


 そう言うと魔人体は黒い粒子と化して、ノートの身体に入っていく。

 瞬間、ノートの中に魔人体に関する情報が流れ込んできた。

 一瞬にして自分が持つアルカナを理解するノート。


「そうか……そういう「力」だったんだな」


 自分に与えられたギフトを理解して、ノートは微笑む。

 きっとここから物語が始まるのだろう。そう考えると幼子のように、ノートはワクワクした。

 だがここで、ふとある事が気になる。


「そういえば、どうやって魔人体を出すんだ?」

『我の名前を呼べばよい』

「名前?」

『汝は既に知っている筈だ』


 すると突然、舞台となっていた屋上が粒子状に消失し始める。

 現実世界に戻る時が来たのだ。


 戦おう。恐怖を乗り越えて、この「力」で大切なものを守ろう。


『我が名を叫べ。我が名は――』


 そして、ノートの意識は現実へと戻された。

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