第十九話:怖いもの

「力を持つこと……また妙なもんを怖がってるな」

「そうですよね。変ですよね」

「何かあったのか?」


 それを聞かれた瞬間、ノートの頭には過去の嫌な記憶が蘇る。

 だがこれを話さなければ、先に進めない。

 ノートは溢れ出そうになる嫌悪感を抑えながら、話し始めた。


「力に飲まれて、変わってしまうのが怖いんです」

「ほう」

「レオ。俺が前に所属していたパーティーのリーダーがそうだったんです」

「お前を追放した奴か」

「はい」


 ノートはレオと出会った当初の事を思い出す。


「レオは、今でこそBランクパーティーのリーダーを勤めてます。剣技にも魔法にも長けている、期待の新人なんて言われてます」

「優秀なんだな」

「最初はそんなことなかったんですよ。俺がレオと出会ってすぐの頃、レオは剣も魔法もそれほど強くなかったんです」

「まぁ誰でも最初はそうだろう」

「村を出て彷徨っていた俺は、偶然レオと出会ってパーティーを組んだんです。帰る場所がない者同士、生き残るために」

「仲は良かったんだな」

「途中まではです。雑魚なりに頑張ってその日を生きていたんですけど、ある日突然レオの魔法の才能が目覚めたんです」


 その日の事を、ノートは鮮明に覚えている。

 格上の大型モンスターと遭遇し、絶体絶命に陥った時だ。

 レオは今まで見た事ないような、強大な魔法を繰り出したのだ。

 高位の魔法を受けたモンスターはそのまま絶命。

 レオは自身の中に眠っていた魔法の才に震えていた。


「それが切っ掛けだったのかは分かりません。それからすぐ後に、レオは剣の才能にも目覚めました」


 そこからのレオは、まるで物語の主人公のような快進撃を見せていった。

 剣と魔法の才がある冒険者として、様々なクエストをこなしていった。

 ある時は強大なモンスターを狩り、ある時は危険地帯へ薬草の採取。

 またある時は傭兵代わりに盗賊を討伐しにいった。


「気づいた時には仲間も増えていたんです。才能の塊であるレオを囲むように」

「まぁ新規精鋭の冒険者にゃ、よく聞く話だな」

「そのあたりからです。レオが変わっていったのは」


 最初は、金遣いが荒くなった。

 次は、他者への態度が尊大になった。

 自分の力過信するようにもなった。

 ノートがそれとなく咎めても、彼は聞く耳を持たなかった。

 そして、ノートを蔑むようになった。


「なるほどな。強大な力を手に入れて、自分の器を認識できなくなったってことか」

「そういうことです」

「だけどまだ、何かあっただろ?」

「……はい」


 見抜かれていた。

 ノートは素直に、最も辛い記憶を引き出す。


「ある日、レオが依頼を受けてきたんです。遠方の村に巣食っていた盗賊の討伐依頼」

「たまにギルドに出る傭兵系の依頼か」

「討伐とはいっても追い出せばそれで終わりの依頼だったんです……だけどレオは、それで終わらせようとしなかった」


 脳裏に再生されるのは、盗賊達の悲鳴と、あちこちに舞う血飛沫。


「レオは……盗賊を皆殺しにしようとしたんです」

「……マジか」

「確かにあの盗賊達は悪人ですよ。でも、わざと拷問染みた方法で殺さなくてもいいじゃないですか!」

「殺しを楽しんでいた……もしくは自分の正義に呑まれか」

「後者だと思います。せめてそう信じたい……」


 突然の苛烈な行動に、当時のノートは絶句した。

 舞う血飛沫と悲鳴。それらに重なって聞こえたのは、レオ達パーティーの喜々。

 まるでそれは、悪を罰する事を喜んでいるようだった。

 その狂気を目の当たりにして、ノートは強い恐怖を覚えたのだ。


「我に返った時には、どっちが悪人かわからない惨状でした。盗賊は必死に村から逃げようとしていたんですけど、レオ達はそれを許さず、問答無用で攻撃を加えました」

「酷いな、それは」

「そのすぐ後です。盗賊の中に子供が二人いたんですよ」

「親が盗賊の子供か」

「多分そうです。その子達が、レオに見つかったんです」


 ドミニクの顔が険しくなる。

 この先の展開を予測してしまったのだ。


「子供は、どうなったんだ」

「親が殺されて、酷く怯えてました。動けなくなっていたところを、レオに見つかったんです。あいつは当然のように魔法でその子達を殺そうとしたんです」


 その光景が目に入った瞬間、ノートの身体は自然に動いた。

 今まさに魔法を解き放とうとしたレオの身体を、スキルで弾き飛ばしたのだ。


『逃げろ! 早く!』

『ノートぉ、テメー!』


 ノートが作ったチャンスを使って、子供達は村から逃げる事ができた。

 だが代償として、ノートはレオから報復を受ける事となった。


「その後は酷いもんでしたよ。死なない程度に魔法と木剣でボコボコにされました」

「ノート、お前後悔はしたか?」

「……してないです」

「そうか」

「それからですね。俺、力を持つ事が怖くなったんです」


 「力」が人を変えてしまう。

 「力」が人を残酷にさせる。

 ならば自分は「力」なんて必要ない。

 だがそれでもなお、「力」は自分の中で育ってしまう。

 それが怖くて仕方ないのだ。


「変わることが怖い。人を傷つけるころが怖い。だから力を恐れているのか」

「……はい」

「なるほどな」


 事情を理解したドミニクは、一度ノートから離れる。

 解放されたノートは、弱々しく身体を起こした。


「マルクが言っていた通り、お前は甘ちゃんだ」

「そうですね」

「だけどな。誰よりも人間らしさを持っている」


 意外な言葉が飛んできて、思わずノートは顔を上げた。


「攻撃するだけなら誰にだってできる。それこそ人じゃなくて獣やモンスターにだってな。だけどな、守るって行動をするのは思っている以上に難しいんだ」

「守ったのは、結果的にですよ」

「それでもだ。どうしても譲れないものがあったんだろ。だからお前は動いたんだ。それは、すごく人間らしい行動だと思うぞ」


 ずっと否定され続けた自身の行動を始めて肯定され、ノートは何とも言えない気持ちになる。


「ノートもライカと同じタイプだな」

「ライカと?」

「アイツもな、優しすぎるせいでアルカナを使いこなせてないんだ」

「あのバリアは相当強力だとおもうんですけど」

「違う。ライカのバリアはメインの能力じゃない」


 突然告げられた事実に、ノートは驚愕する。

 あの高ランクモンスターの攻撃を防ぎ切ったバリアが、メイン能力ではないとは。


「ライカの本来の能力は、悪を断つことにある」

「悪を断つ?」

「魔人体が持っているレイピア。あれはな、能力者であるライカ自身が「悪」であると認定した存在だけを斬ることができるんだ」

「なんですかそれ。それじゃあライカの主観で」

「そうだ。主観で「悪」と認めた瞬間にアルカナの餌食にできる。だがアイツはそれをしない……いや、できないんだ」

「できない?」

「ノート。お前から見て、ライカは自分の主観で正義を執行するような性格に見えるか?」


 ノートは首を横に振る。

 とても彼女がそのような性格には思えなかったのだ。


「そういうことだ。ライカは強力なアルカナを持っている割に優しすぎる。それこそ、攻撃手段が無くなってしまうくらいにな」

「(そういえば、初めて会った時も攻撃手段はないって)」

「お前はそれと同じだ。根が優しすぎる」

「……すみません」

「アルカナは、所有者の深層心理が大きく影響するとも言われている。きっとお前の魔人体も、お前自身が否定しているから出ないんだろ」


 ドミニクはしゃがみ込んで、ノートに目線を合わせる。


「忘れるなよノート。何かを傷つけるだけが「力」じゃない。守るのも立派な「力」だ」

「それは……わかってますよ」

「じゃあ言い方を変えよう。防御したり、回避したりするだけが守ることじゃない」

「えっ」

「攻撃は最大の防御。時には攻めることが守ることにも繋がる」

「攻めを、守りに」

「お前がライカと出会った時にもそうした筈だ。デビルボアを倒しただろ?」


 そう言われてノートは思い出した。

 デビルボアからライカを助ける為に、攻撃を仕掛けた事を。


「お前も冒険者の端くれなら、その時の状況を見極めろ。むやみやたらに「力」を使う必要はない。必要な時に、必要な分だけ使えばいいんだ」

「……俺に、できるのかな」

「できるように修業をつけるのが、俺の役目だ。安心しろ」

「ちょっと厳しすぎる気もするんですが」

「こういうのは厳しい程、成長が早くなるって相場は決まってるんだ」


 「それにな」とドミニクは続ける。


「安心しろ。万が一お前が「力」に呑まれそうになったら、俺達が全力で止めてやる」

「ドミニクさん」

「だから俺達を信じろ。もうお前は、ウチのパーティーの仲間なんだ」


 リーダー直々に、仲間と明言してもらう。

 それだけでノートは嬉しかった。

 本当に信頼してもらえている。

 そう実感できたのだ。


「そう、ですね……それなら」


 ノートは立ち上がり、ドミニクを見る。


「もしもの時は、お願いします」

「任せろ。手段を問わず止めてやる」

「……お手柔らかにお願いします」


 額に汗を流すノート。

 彼は一瞬、ドミニクが本気で狩人の目をしていた事を見逃さなかった。


「それじゃあ、修業の続きするか」

「えっ!? まだやるんですか!?」

「たりめーだろ。お前が魔人体を出せるようになるまで、みっちり付き合ってやるからな」


 そう言うとドミニクは再び、七つの棺桶型魔人体を出現させた。


「安心しろ。死なない程度には手加減してやる」

「せめて怪我しない程度にしてくださーい!」


 そして森に鳴り響く銃声と叫び声。

 結局二人は、夕暮れまで模擬戦をするのだった。

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