第十八話:七人の咎人(デビルズ・セブン)
注文していた魔道具を受け取ったノート達は、シドとルーナに別れを告げてデスマウンテンを下山した。
ライカはカリーナと共に、ノートは魔道具の山を背負いながらの下山となった。
道中のモンスターからも逃げ切り、三人は無事アインスシティの本拠地へと帰還した。
「つ、疲れた……」
重い荷物を下ろして、ようやく一息つくノート。
それを労いに、ドミニクが近づいてきた。
「よう新入り。ご苦労さん」
「ドミニクさん……もっと事前情報はしっかりくださいよー!」
「ハハハ。悪いな、これも修行だ」
「厳しいなぁ」
だが一応、成長に繋がったことは自覚していたノート。
それ以上文句は言わなかった。
一方カリーナはドミニクを見つけた途端、凄まじい勢いで彼に食ってかかった。
「ちょっとドミニク! なんなの今回のお使いは!」
「いい修行になっただろ?」
「なーにがいい修行よ。体のいいタダ働きじゃない!」
「シドには普段から世話になってんだ。少しくらいいいだろ?」
「事前に言いなさいって言ってんの!」
ガミガミと怒るカリーナを、飄々とかわすドミニク。
やっぱりこれはパーティーの日常なのだろうと、ノートはぼんやり考えていた。
「そうだライカ。なんか変わったことは無かったか?」
「ちょっと、まだ話は終わってないんだけど!」
「オメーの話はいちいち長いんだよ。それでライカ、どうだった」
「そうですね〜。洞窟の中で変異トロールが出てきたことと……あとはノート君の魔人体が出たことですね」
「なに?」
ノートの魔人体と聞いて、ドミニクの目の色が変わる。
「おいノート。魔人体が出たのか」
「は、はい。一瞬だけ」
「一瞬でも出たのか……どういう状況でだ?」
ノートとライカは洞窟での戦闘について話始めた。
変異トロールとの戦闘後、別の変異トロールが出現。
ライカ達に襲いかかってきたそれを、ノートが出した魔人体が倒してしまった事。
二人はできる限り詳細に語った。
「なるほど……やっぱり戦いの中で目覚めるのか」
一通りの話を聞き終えたドミニクは、一人で勝手に納得する。
その直後、何かを思いついたようにドミニクはノートの肩を掴んだ。
「おい新入り」
「はい」
「帰ってきて早々なんだが、修行するぞ」
「……はい?」
するとドミニクは凄まじい力で、ノートを引きずっていった。
「ちょ、ドミニクさん! せめて少し休ませて!」
「善は急げだ! さっさとやるぞ!」
「急ぎ過ぎです! 誰か助けて!」
「ごめんなさいノート君。こうなるとドミニクさんは止まりませんです」
「ライカに同じよ。骨は拾ってあげるわ」
ライカとカリーナに見捨てられて、ノートは「殺生なぁぁぁ」と叫びながら本拠地を後にした。
◆
数分後。
ノートとドミニクは街外れの森に来ていた。
マルクとの模擬戦に使った場所でもある。
「それでドミニクさん。修行って何するんですか?」
もはや逃げる事完全に諦めたノート。
せめて修行内容くらいは聞いておきたかった。
「簡単な話だ。模擬戦をするんだよ」
「……それだけですか?」
「疑り深いなぁ、それだけだよ」
それならマルクの時と同じように、できる限りの事をしよう。
ノートがそう考えた瞬間、ドミニクの影が七つに増えた。
「ただしだノート。俺は本気でお前を殺しにいく」
「……へ?」
「アルカナってのは戦いの中で目覚めることが多いらしい」
「あの、ドミニクさん?」
「だからなノート……本気で戦うぞ」
次の瞬間。
七つに増えたドミニク影から、合計七つの棺桶が出現した。
それと同時に、ドミニクの右手の痣も淡く光っている。
「ナンバーⅩⅤ『
棺桶は全て、ドミニクの魔人体であった。
「人型じゃない魔人体……ていうか七つもあるなんてズルくない!?」
「そういう能力者もいるってことだ」
ドミニクが手を挙げると、棺桶の一つが開き、中から一本の剣を取り出した。
「さぁ、始めようか」
開始の合図と共に駆け出し、距離を縮めてくるドミニク。
ノートは咄嗟にスキルを発動して、両手の平を前方に突き出した。
「うわぁ!?」
凄まじいスピードで振り下ろされる剣。
それを上手く弾き返すノート。
その後もドミニクは隙を与えない猛攻を続ける。
「嘘だろ、反動が手に伝わってくる」
剣の衝撃が、スキルを貫通してノートの手に伝わってくる。
今までに無かった経験。それはドミニクという男の強さも表していた。
「(そういえばドミニクさんが例外もあるとか言ってたけど、こういうことだったのか)」
アルカナホルダーでありながら剣技の才能がある。
それがドミニクの言っていた例外だ。
想像以上の強敵を前に、ノートの心が焦りを見せる。
だが次の瞬間、僅かに手の力を緩めたドミニクは、後方に剣を弾き飛ばされてしまった。
「隙ができた!?」
「だと思うか?」
間髪入れずにドミニクの影から棺桶型の魔人体が出現する。
棺桶の蓋が開き、ドミニクは中から槍を取り出した。
「武器変更だ」
「うそー!?」
高速の突きを繰り出してくるドミニク。
まさか槍術まで扱えるとは。
ノートは必死にその動きを読んで、弾き返そうとする。
だが攻撃の速度が早すぎて、ノートは数発掠ってしまった。
「痛ッ!」
薄皮が破け、血が滲む。
それを見てもドミニクは攻撃を続ける。
「いちいち当てにいくのが面倒なら!」
ノートは両手の平に力を込めて、スキルの出力を上げる。
すると有効範囲が広がり、ノートの前半身を覆うほどの反発領域が展開された。
「ほう。そう解決してきたか」
「これなら方向を間違えない限り大丈夫です!」
「ならこっちも手段を変えよう」
ドミニクが槍を捨てると、再び出現する棺桶。
開いたそれからドミニクが取り出したものは、予想外の武器であった。
「ブーメラン?」
「そういうことだ!」
ドミニクは力一杯ブーメランを投擲する。
が、ノートには当たらない。
一瞬油断仕掛けるノートだが、すぐにブーメランの特性を思い出した。
「後ろかッ!」
ターンしてきたブーメランが、背面に襲いかかる。
ノートはすかさず身体を捻り、ブーメランを弾いた。
だがそれすらもドミニクの計算の内。
「背中がお留守だぜ!」
棺桶から新たに取り出した短剣を構えて、ドミニクはノートに襲いかかる。
それに気づいたノートは、右手だけを方向転換し、ドミニクの攻撃を弾いた。
「あっぶねー」
「これを止めたのは上出来だな。だがこんなもんじゃ終わらないぞ」
大きく跳ねて後退するドミニク。
その隣には既に棺桶が出現していた。
「これならどうだ?」
棺桶から取り出したのは二振りの大型ブーメラン。
ドミニクは何の苦も無く、それらを投擲する。
「二つ同時でも!」
距離を見計り、ノートはブーメランに対して手を突き出す。
するとブーメランは、いとも簡単に弾かれて、後方の木へと激突した。
「よし!」
――弾ッ!――
ブーメランを防いで喜ぶのもつかの間。
一発の銃声と共に、ノート頬に痛みが走った。
視界の先には、マスケット銃を構えたドミニクの姿がある。
「珍しいだろ。こういう武器も出せるんだ」
「銃とか嘘だろ!」
驚くノートを気にも留めず、ドミニクは次のマスケット銃を棺桶から取り出す。
すかさず彼はノートに銃口を向けた。
――弾ッ!――
「ヒィ!」
情けない声を上げながら逃げるノート。
必死に走っているおかげで、銃弾にはあたらない。
しかし後方で銃弾が木を抉る音が聞こえてくるので、それがノートの恐怖心を駆り立てた。
「なんとかしなきゃ、なんとかしなきゃ」
しかし妙案は浮かばない。
その間にもドミニクはマスケット銃を次々に召喚しては、ノートに向けて撃ってきた。
「マスケット銃、マスケット銃……そうだ!」
ノートは覚えている限りのマスケット銃に関する知識を引っ張り出す。
マスケット銃は単発式で連射はできない。
ならば広範囲への攻撃は苦手な筈だ。
「木の影に隠れて隙を作って」
ノートは咄嗟に木の影に隠れる。
その間もドミニクの銃撃は続いたが、関係ない。
「マルクさんとの模擬戦でやった技だ」
ノートは地面を弾いて飛翔した後、木々を弾いて森の中を高速移動し始めた。
「ほう、マルクとの時に使ったやつか」
「これなら銃弾も当てにくいはずです!」
「じゃあ武器変更だ」
そう言うとドミニクは手に持っていたマスケット銃を投げ捨て、棺桶型の魔人体を召喚する。
そして彼が次に召喚した武器を見て、ノートは度肝を抜かれた。
「こういう武器は見たことあるか?」
それは円を描くように複数の砲門が並んだ、大型の重火器。
「ガ、ガトリングー!?」
いかにも重そうなガトリングを、ドミニクは軽々と方向転換させる。
そしてためらう事なく、その引き金を引いた。
――弾弾弾弾弾弾ッッッ!!!――
「どわぁぁぁ!?」
弾幕が形成され、跳ぶどころでは無くなったノート。
彼は咄嗟に両手をガトリングに向けて付きだし、その身を守った。
だが代償として、数メートルの高さから落下することとなる。
「ぎゃすッ! 痛ったー」
尻から落ちて痛みに悶えるノート。
だがそこが隙であった。
ノートが我に返った時には、既に大型のブーメランが眼前に迫っていた。
「(あっ、終わった)」
自身の死を確信しつつも、火事場の力で手を前に出す。
その瞬間、ノートの前に巨大な岩の腕が出現した。
――バキン!――
岩の腕によって、大型のブーメランが弾かれてしまう。
それを見たドミニクは嬉しそうに口角を上げた。
「ほう、それがお前の魔人体か」
「また……出た」
自分の身体から出現している岩の腕を注視するノート。
だが今回も、数秒足らずで消えてしまった。
「ノート、今の感覚を忘れるな」
「今の……魔人体が出た感覚」
「そうだ。それを支配して、俺を攻撃してこい」
その言葉を聞いた瞬間、ノートは言い知れぬ恐怖を感じた。
変わる事の恐怖、力を使う事の恐怖、そして人間を攻撃する恐怖。
それらが重なって、ノートに魔人体を使う意志は消し去られた。
「お、俺は……」
「さぁ、続けるぞ!」
ドミニクは棺桶から、今度は刀を取り出した。
刀を構えて、ノートに斬りかかる。
「ッ!」
即座にノートは右手を前に出して、攻撃を弾く。
当然魔人体は出てこない。
一方のドミニクは、ノートから魔人体を引き出そうと攻撃を苛烈化させていった。
「どうした! 防ぐだけじゃ勝負にならないぞ!」
発破をかけようとしてくるが、ノートの心に響かない。
それはそれとして、ドミニクが繰り出す本気の攻撃を受ければ致命傷になる。
結果的にノートは防御に徹するしかなかったのだ。
「(ここは一旦逃げないと)」
完全に恐怖に飲み込まれたノートに、反撃の意思は無かった。
右手は継続して防御に使う、その隙にノートは左手で地面を弾いた。
マルクとの模擬戦でも使った、地表の高速移動である。
「避けたか」
ひとまずドミニクから距離を取れたノート。
このまま止まっていても、銃の的になるだけだ。
とにかく今は錯乱させよう。
そう考えた矢先、ノートの思惑は破られてしまった。
「ッ!? なんだこれ!?」
突如として現れた鎖に、ノートの足が絡めとられる。
鎖を辿って視線を動かすと、蓋の開いた棺桶から鎖が伸びていた。
「拘束用の武器もあるんだよ」
「……冗談じゃない」
ノートは必死にもがいて鎖から逃れようとする。
だがその隙にドミニクは、棺桶から一本の短剣を取り出した。
「終わらせるぞ」
一気に距離を詰めにかかるドミニク。
ノートは短剣から身を護るように手を伸ばそうとするも。
「ッ! 後ろ!?」
風を切る音が耳に入る。
振り返ると、大型のブーメランが近くに迫っていた。
「ブーメラン。いつの間に!?」
距離的にブーメランが来る方が早い。
ノートは咄嗟にブーメランを弾く。
だがその一瞬の隙に、ドミニクに蹴り倒されてしまった。
「チェックメイトだ」
喉元に短剣を突きつけられたノート。
完敗である。
ノートが完全に戦意を失うと同時に、足を縛っていた鎖も消滅した。
「ノート、お前なんで魔人体を出さなかった」
「……それは」
上手く言葉にできなかった。
正直に言ってしまえば、軽蔑されると思ったからだ。
だがドミニクには全て見通されていた。
「何に怖がってるんだ」
「ッ!?」
「戦っている最中も顔を見ていた。お前、魔人体が一瞬出てからずっと何かに怖がっていただろ」
「……俺は」
「ノート、お前は何を怖がっているんだ?」
短剣を消して、問うドミニク。
きっと逃れられない。
観念したノートは、ゆっくりと語り始めた。
「力……」
「は?」
「力を持つことが、怖いんです」
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