第二十八話:解答『岩山のように、重く強い』
「ライカ、ノート君!」
変異ドラゴンが岩の砲弾を放つと同時に、二人の名を叫ぶカリーナ。
もはや魔法による援護も間に合わない。
絶対に助けられないとカリーナが思ったその時、ノートの背中から黒い靄のかかった像が出現した。
バァン!
瞬間、轟音が広間に鳴り響く。
ノートの背中から出た像。その岩の腕が、変異ドラゴンの攻撃を弾いたのだ。
突然の妨害に、変異ドラゴンですら驚いて動きを止める。
「よかった、無事で」
だがそれ以上に、カリーナは二人の無事を喜んだ。
ノートの背中から出た像は、一向に消える気配がない。
そして、ノート自身の意識も完全に現実へと戻っていた。
ゆらりと立ち上がり、目の前のドラゴンと対峙する。
「カリーナさん。ライカをお願いします」
「お願いしますって、ノート君は!?」
「俺は大丈夫です。信じてください」
堂々と言ってみせるノートに、カリーナは小さく頷いた。
彼女は倒れているライカの元に駆け寄って、治癒魔法をかけ始める。
その間もノートは、恐れることなく変異ドラゴンと向き合っていた。
それが、ドラゴンの怒りを買った。
小さき存在が己を愚弄するなど、許せなかったのだ。
「ギャァァァァァァオォォォォォォ!!!」
今までにない、凄まじい咆哮が鳴り響く。
だがノートは怯まない。
目の前のドラゴンに敗北するビジョンは、既に持ち合わせていなかったのだ。
「カリーナさん、危ないかもしれないんで離れててください」
そう言い残すと、ノートは変異ドラゴンの元へとゆっくり歩み出した。
ドラゴンは更に怒りを覚える。
咆哮と共に、口の中に急速に魔力を溜め込み始めた。
「ノート君!」
「大丈夫です」
完全にノートを狙っている。
それを理解してなお、ノートは大丈夫だと言った。
そして、変異ドラゴンの攻撃が始まる。
口の中に溜め込んだ魔力が岩と化し、砲弾の如くノートに襲い掛かってきた。
この至近距離なら絶対に外れない。誰もがそう思った。
「無駄」
ただしノートを除いて。
ノートの小さな呟きに反応するように、背中から生えている像が、変異ドラゴンの攻撃を殴って軌道を逸らした。
斜め後方に着弾した岩の砲弾が、広間の壁を崩す。
ノートは完全に、魔人体を従えていた。
あの無限に引き延ばされた意識の中で、その性質の一端も理解した。
「(やっぱりコイツは……強くて、重い)」
故にこの「力」は、確実に目の前のドラゴンを倒すことができる。
そう確信させる程の、圧倒的な「力」そのものであった。
そんなノートの思考を知らず、変異ドラゴンは怒りに任せて次の攻撃準備に入る。
口の中に溜まり始める魔力。
だがノートに、その攻撃で誰かを傷つけさせるつもりは毛頭無かった。
思い返す。魔人体の言葉を。
『我が名を呼べ』
それが発動の合図になる。
「お前の……名前は」
チャージを終えたドラゴンがノートに狙いを定める。
それでもノートは怯まない。
「力」を得たのだ。ならばあとは使い方次第。
望むことは、守るための「力」。生きるための「力」。
大切な人と未来に行くために……この「力」を使おう。
変異ドラゴンが岩の砲弾を放つ。
それと同時に、ノートはアルカナの名前を叫んだ。
「ナンバーⅧ『
ノートの魔人体から、黒い靄が消えていく。
シルエットはマッシブな人型。
その身体はゴツゴツとした岩で構成されており。
獅子の頭部をしていた。
『ガオォォォ!!!』
ノートの魔人体が咆哮する。
それと同時に、右手の平を前に突き出した。
「弾き返せ!」
迫り来る岩の砲弾はノートに当たる事無く、一瞬にしてドラゴンの真後ろへと弾き返されてしまった。
ノート自身に反動は来ていない。
それだけで、彼はこのアルカナの強さを実感した気がした。
「これが、ノート君の魔人体」
カリーナはその姿を見て、圧倒的な存在感を感じていた。
それだけではない、彼女の本能が『岩山のように、重く強い』の持つ圧倒的な「力」を感じとっていた。
一方の変異ドラゴンは怒りを覚えた。
小さな存在が「力」を持って自分に歯向かう事が許せなかったのだ。
再び口の中に魔力を溜め始める。
それと同時に、変異ドラゴンは足を大きく踏み込んだ。
地面が揺れ、岩の大槍が生えてくる。
ノートを下から攻撃するつもりなのだ。
だがノートは動じない。冷静に地面にタッチし、バックステップする。
「地面ごと潰れろ!」
ノートの下から岩の大槍が生えようとする。
だがそれが叶う事は無く、ノートのいた場所から生えようとした岩は粉々に砕けてしまう。
それだけではない、生えようとした地面そのものが大きく陥没してしまった。
それを見ていたカリーナ、そして変異ドラゴンは何が起きたか分からなかった。
何故岩が突然砕かれたのか。いや、何故岩が押し潰されてしまったのか。
動揺しつつも、変異ドラゴンは口に溜め込んだ魔力を解放する。
魔力は岩の弾丸と化し、ノートに襲い掛かった。
「潰せ! 『岩山のように、重く強い』!」
『ガオォォォォォォ!!!』
獅子の咆哮が鳴り響く。
ノートの魔人体が勢いよく腕を振り下ろすと、迫り来る岩の弾丸が次々に落下していった。
凄まじい力に押さえつけられて、岩は地面にめり込む。
これがノートのアルカナ『岩山のように、重く強い』の能力。
純粋かつ強力な「力」。重力操作能力である。
この世界に重力を操る存在がいるとは、想像もつかない変異ドラゴン。
動揺し、その動きを止めてしまう。
その隙を逃さんと、ノートは変異ドラゴンの懐目掛けて駆け出した。
「ギャオォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!」
「うぉぉぉ!!!」
慌てて口に魔力を溜め込もうとするドラゴン。
だがチャージが終わるよりも早く、ノートが腹の前に来ていた。
「ぶっ飛べェェェ!!!」
『ガオォォォン!!!』
獅子の咆哮と共に、魔人体の拳が変異ドラゴンの腹に叩きこまれる。
元々の尋常ならざる威力に加えて、重力の向きまで変えて放たれた一撃。
その一撃を受けた変異ドラゴンは、軽々と吹き飛ばされて、広間の奥の壁に叩きつけられてしまった。
壁が砕け、岩の雪崩に埋もれるドラゴン。
それを見届けた後、ノートはカリーナの元へと駆け寄った。
「カリーナさん、ライカは大丈夫ですか」
「大丈夫よ、もう治癒魔法もかけた。それよりノート君は?」
「方が痛いですけど、俺も大丈夫です」
「怪我してるのを大丈夫とは言わないのよ」
そう言ってカリーナはノートに治癒魔法をかけ始める。
カリーナの治療で腕の傷が癒えてきた頃、気絶していたライカが目を覚ました。
「ん……あれ、私」
「ライカ!」
「目を覚ましたのね」
「……はっ、そうです! ドラゴンが!」
「それなら大丈夫よ。ノート君が倒したわ」
「ノート君がですか?」
頭に疑問符を浮かべるライカに、カリーナはノートの後ろを指さす。
そこで初めて、ライカはノートの背中から魔人体が出ている事に気がついた。
「ノート君。それ、魔人体ですか?」
「うん。ライカのおかげで出せるようになったんだ。ライカがいたから、俺は自分の「力」と向き合えた。本当にありがとう」
「そんな、私たいしたことしてないですよ」
「俺がお礼を言いたいだけだよ。帰ったらドミニクさんにもお礼言わなきゃな」
実際、ライカとドミニクのおかげであった。
彼女達が背中を預けさせてくれたおかげで、ノートは「力」と向き合えたのだ。
そして今、目覚めた。
ノートは自分の魔人体を見る。
「……絶対に呑まれたりしない。ライカのためにも、抗ってやる」
そんなノートの決心を見定めるかのように、獅子の顔は此方を見下ろしていた。
その直後であった、後方の岩の山がガラガラと音を立てて崩れ始めたのだ。
岩山から変異ドラゴンが姿を出し始める。
「ちょっと、あれでも死んでなかったの!?」
「カリーナさん、どうしましょう!?」
「ノート君、悪いけどもう一発殴ってくれる? その間にアタシが脱出口を」
「大丈夫。もう手は打ってあります」
眼を見開くカリーナとライカ。
ノートは淡々と岩山がら這い出る変異ドラゴンを見ていた。
「ノート君、どうするですか?」
「あのドラゴンを倒す。それからダンジョンを出る」
「倒すって、あのドラゴンすっごく強いですよ」
「大丈夫。俺のアルカナなら、きっとできる」
心配するライカの頭を軽く撫でると、ノートはそう言い残して変異ドラゴンへと歩み寄った。
憎い相手が向こうから寄って来た。
変異ドラゴンは翼を羽ばたかせ、岩を払い落とす。
その眼には凄まじい怒りが燃えており、変異ドラゴンは間髪入れずノートに向かって駆け出した。
「ギャオォォォォォォォォォォォォォォォォン!!!」
「潰せ! 『岩山のように、重く強い』!」
――怒轟ォォォォォォォォォォォォォォォォン!!!――
凄まじい轟音が広間に鳴り響く。
ノートに向かって駆け出していた筈の変異ドラゴンは、その動きを完全に止めている。
何が起こったのか、ノート以外の誰もが一瞬理解できなかった。
「ギャ、ギャオ」
変異ドラゴンの身体は、完全に地面にめり込んでいた。
どれだけ力を入れても、身体が動かない。
凄まじい重量を押し付けられて、身動きを封じられているかのようであった。
「口と足を封じ込めば、お前はもう攻撃できない筈だ」
ノートが変異ドラゴンに語り掛ける。
実際、変異ドラゴンは完全に封じ込められていた。
口が開かない。足が動かない。
攻撃が出来ない。
どれだけ怒りを燃やそうとも、上からかかる強大な重さに抗えない。
「抵抗しても無駄だ。俺の『岩山のように、重く強い』は、お前の周りの重力を操っている。この世界のルールで生きている以上、お前も重力には逆らえない」
だがもはや、怒り狂った変異ドラゴンには届いていない。
変異ドラゴンは必死に動こうとするが、重力がそれを阻む。
早く終わらせよう。
ノートは自分の魔人体に指示を出した。
「止めを刺せ! 『岩山のように、重く強い』!」
『ガオォォォン!』
ノートの指示を受けた魔人体が、押し潰されている変異ドラゴンの首と胴体を掴む。
「ギャァァァオ!」
悲鳴を上げようとする変異ドラゴン。
だがそんな事はお構いなしだ。
魔人体は力任せに、身動きが取れない変異ドラゴンの首を引っ張る。
『ガァァァァァァオォォォォォォン!!!』
凄まじい咆哮。
それと同時に、ブチィィィンと肉が千切れる音がする。
ノートの魔人体が持つ、圧倒的な腕力によって、変異ドラゴンの首は完全に引き千切られた。
魔人体が絶命した変異ドラゴンを手放す。
重量のある首と胴体が、何も言わずに地面に落ちた。
「はぁ、はぁ……倒しました」
肩で息をしながら、ノートは振り向く。
そこには唖然とした表情のカリーナとライカがいた。
「すっご」
「すごいのです」
褒められ慣れていないノートは、顔を赤くして頬をかくばかりだった。
「と、とりあえずボスモンスターを倒したことだし、皆で帰ろう」
「そうですね。ノート君もお疲れ様なのです」
「俺はライカの方が心配だけどなぁ、怪我してたし」
「へっちゃらです」
もう邪魔する存在はいない。
岩出塞がれた出入り口は、カリーナが魔法でこじ開けた。
「二人共、早く帰るわよー!」
「「はーい」」
これで任務完了だ。仲間達の元に帰ろう。
魔人体に変異ドラゴンの死体を運ばせながら、ノートはダンジョンを後にするのだった。
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