第二十九話:俺は……
ノート達がダンジョンを出ると、そこにはギルドの職員が待機していた。
職員はノートが運んできた変異ドラゴンを見ると、大層驚いていたが、今優先すべきはそれではない。
カリーナは背負っていたシーラを職員に引き渡し、彼女を病院へ連れて行くよう言った。
ノートも変異ドラゴンの死体をギルド職員に押しつけて、後日買取金を渡してもらう事となった。
街に戻ると、今度はドミニクが迎えてくれた。
彼はノートの顔を見るや、何かを察したように「一皮剥けてきたな」と言った。
ノートは少し赤面しながらも、右手の甲を彼に見せる。
それだけで何があったのか、ドミニクには伝わった。
それはそれとして。
ノートとライカの傷がまだ残っているので、二人も病院で治療を受ける事となった。
「いてて」
左腕の傷を病院のヒーラーに癒やして貰ったのだが、やはりそこは治癒に慣れていないノート。
元々傷が深めだった事もあって、妙な痛みを感じていた。
「ハハハ。いやーしかし、今回はよくやったなノート」
「叩かないでくださいよ。まだ痛いんですから」
「治ってるんだから、気にすんな」
肩を叩きながら笑い声を上げるドミニク。
ノートは口では嫌がっても、本気で拒絶はしなかった。
すると、病院の待合室に一人の少女がやってくる。
「あっ、ノート君も治療終わりましたですか?」
「ライカ、もう大丈夫なの?」
「はい。あれくらい擦り傷なのです」
傷があった額を見せながら、ライカは笑顔で答える。
そこにあった筈の傷は、治癒魔法のおかげで跡形もなく消えていた。
ノートは一人胸を撫で下ろす。
流石に女の子の顔に傷が残るのは、後味が悪かった。
「それにしてもノート。よくあんなデカぶつドラゴン仕留められたな」
「あっ、それは」
「ノート君のアルカナのおかげなのです」
「そういうことです」
「ほう……八番のアルカナか、どんな能力だ?」
興味津々といった様子で聞いてくるドミニク。
ノートはなるべく分かりやすさを心がけながら、能力の説明をした。
「重さを操る。なんだそりゃ?」
「なんだか難しいお話なのです」
「えーっと、図解したら分かりやすいかもしれないんで、帰ったらもう一回説明しますね」
流石に剣と魔法のファンタジー世界で重力を説明するのはハードルが高かった。
「そういえばカリーナさんはどこなのです?」
「アイツならギルドの方で色々手続き中。ノートが持って帰ってきたドラゴンの買取関係だ」
「なんか、お手数おかけします」
「そんなこと言うな。あのレベルの獲物だ、ボーナススゴいぞー」
ノートの頭をわしゃわしゃとしながら、ドミニクが言う。
その対応が、ノートにとってはどこか心地よかった。
「そんじゃ、二人共治ったことだし、帰るとすっか」
「はいです」
ノート達が病院を後にしようとした、その時であった。
三人の元に一人の少年が駆け寄ってきた。
「待ってくれ!」
「……なんだ。救助依頼ならもう終わったぞ」
慌てて来たのは今回の救助の依頼主、レオだ。
レオはドミニクの姿を確認すると、深々と頭を下げた。
「ありがとうございました。シーラを、仲間を助けてくれて」
「おいおい、何勘違いしてるんだ?」
「勘違い?」
「頭を下げる相手を間違えてるってんだよ」
ドミニク黙ってノートを指さす。
それを見た瞬間、レオの顔が強張った。
「今回お前の仲間を助けようって言い出したのは他でもねー、ノートだ」
「そ、それはわかって」
「それだけじゃねー。お前んとこのパーティーを全滅させた変異ドラゴンを始末したのも、ノートだ」
「……はい」
一応ノートとドミニクは病院に来ると同時に、シーラの病室を訪れていた。
無論、そこにいるレオにも会っている。
そこでドミニクは、カリーナから聞いた今回の顛末をレオに教えていたのだ。
ノートが変異ドラゴンを倒した事も含めてだ。
「お前がノートに頭を下げたくないってのは分かるが、少しは現実を見たらどうなんだ?」
「……」
押し黙ってしまうレオ。
だがそれも数秒。
レオはノートを一瞥すると、軽く頭を下げた。
「……ありがとう」
「言えたじゃねーか。どうするノート」
「えっ、俺に振るんですか!?」
「当然だろ」
ノートは初めて遭遇する状況に少し戸惑う。
だが一度深呼吸をして落ち着くと、ノートは冷静に対処できた。
「いいさ。俺が勝手にやったことだから」
きっと対応次第ではレオに恩を売る事もできただろう。
だがノートはそれを良しとしなかった。
あくまで自己責任。それてかつ、パーティーの品格を保つ事に終始した。
その選択は正しかったのか、ドミニクは何も言わずノートの頭を撫でた。
「要件は終わりか? じゃあ俺達はこれで」
「待ってくれ! もう一つあるんだ!」
病院を去ろうとして、再び呼び止められる。
ドミニクは面倒臭そうに頭をかきながら、振り返った。
「なんだよ、まだ用事あんのか?」
「ノートに、用事が」
「えっ、俺?」
今更何の用だろうか。
何か嫌味でも言うのだろうか。いや、ドミニクがいる場所で言うとは思えない。
では何だろうか。ノートには見当もつかない。
だがレオが次に発した言葉は、ノートの予想を大きく外してきた。
「ノート、パーティーに戻ってきてくれないか?」
「……へ?」
ノートは変な声を漏らし、ドミニクはこめかみをピクリと動かす。
「もちろん、今までの事は謝る。ウチにはお前が必要なんだ。だから頼む、戻ってきてくれ」
「それは……」
「おいおい坊主よ、黙って聞いてたら好き勝手言ってくれるじゃねーか」
何かを言おうとしたノートを遮って、ドミニクが話し始める。
「お前は自分の意志でノートを追放したんだろ? なのにコイツの本当の実力を知って惜しくなったのかは知らねぇが、いきなり戻ってこいなんて都合が良すぎると思わないのか?」
「た、確かに都合が良いとは思うさ。だけど、元はと言えばノートはウチのパーティーメンバーだ! 迎え入れて何が悪い!」
「自分がしたことを思い返せよ三下。ノートを侮辱してパーティーから追い出して、一度は餓死の危機に陥れたんだぞ」
「(俺、別に餓死はしかけてないんだけど)」
だがノートは口には出さなかった。
「それに加えて今回の件だ。お前は自分の判断ミスで仲間を死なせたことを分かってんのか?」
「ッ!」
「生き残ったもう一人も、あの傷じゃあ冒険者を続けられないだろう。仲間を死なせると分かりきってるリーダーの元に、誰が好き好んでついて行こうと思うんだ?」
「そ、それは」
「もう一度言ってやる。パーティーリーダーの使命は、仲間を死なせないことだ。二人も死なせた時点で、リーダーの器じゃないってことを証明したようなもんだよ」
レオは何一つ反論できない。
それでもなお、ドミニクは続ける。
「それでも無理にノートを連れて行こうってんなら……」
ドミニクとライカは、ほぼ同時に魔人体を出した。
「俺達が全力で止めさせてもらうぞ」
「ノート君は、私達の大切なお仲間さんなのです!」
棺桶型の魔人体からマスケット銃を取り出し、その銃口をレオに向けるドミニク。
レオは顔を青ざめさせながらも、ノートに視線を向けた。
「ノ、ノート。お前は分かってくれるよな?」
「レオ……」
「俺にはもう、お前しかいないんだよ! だから頼む、戻ってきてくれ!」
情けなく涙目になりながら、懇願するレオ。
だがノートは何も言わない。
無言のノートを、ライカは不安そうに見る。
「ノート君?」
「……大丈夫だよ、ライカ」
ノートの心は決まっていた。
ならば後は言葉にするのみ。
「レオ。俺は……ノートだ」
「……なにを」
「俺は……『
堂々と言ってのけるノート。
その言葉には、不動の意志が宿っていた。
「ノート、なに言ってんだ……俺達仲間だっただろ?」
「前はそうだったかもしれない。でも今はこの人たちが、俺の大切な仲間なんだ」
ライカとドミニクを見る。
本当に大切な事を教えてくれた、かけがえのない存在。
今のノートにとって、彼らは最高の仲間であった。
「俺はもう、お前のところには戻れない。これからはお互い別々の道を」
「そんなにSランクの肩書が恋しいのか! 薄情者!」
「レオ、俺の話を聞いてくれ」
「やっぱりお前なんかを信用するんじゃなかった! お前なんか最初から拾わなければ――」
「おーっと、その辺にしておけよ。クソガキ」
マスケット銃の銃口を、レオの額に押し当てるドミニク。
淡々とした様子であったが、その瞳には強い怒りが燃え盛っていた。
「別にな、お前がどうなろうが俺は知ったこっちゃあないんだ……だけどなぁ、俺の仲間を侮辱するんだったら話は別だ」
「ヒ、ヒィ」
「喧嘩なんて生易しいことは言わねえ。ワンサイドゲームだ。ここで人生終わらせるか?」
レオはへなへなと、その場で崩れ落ちる。
ノートはそんな彼の元にしゃがみ込んだ。
「レオ。色々あったけど、ここからはお互い別々の道をあるこう」
「……ノート」
「俺は、お前がすごい冒険者になるのを祈ってるから」
そう言い残すと、ノートは立ち上がり、ドミニク達の元へ戻った。
「いいのか、それで?」
「いいんです。これで綺麗に終わりました」
レオの方へは振り向かず、ノートは仲間と共に病院を後にする。
これで、一つのしこりが終わったのだ。
これからは、前を向いて生きよう。
「ノート君」
ふと、ライカが手を握ってきた。
「ライカ、どうしたの?」
「ノート君は、どこかに行ったりしないですよね?」
「しないって、安心して」
「じゃあ、約束してください」
ライカは一度手を離してから、小指を差し出した。
どうやらこの世界にも、指切りはあるようだ。
「うん。約束する」
「ゆーびきーり、げーんまーんです!」
ノートは迷わずライカの小指に、自身の小指を絡める。
後悔はない。この人たちを選んだ事に、間違いなどある筈がないのだ。
ノートは晴れ晴れとした気持ちで、仲間達が待つ本拠地へと帰るのであった。
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