第七話:それぞれの夜

 夕食を終えて自室に戻ったドミニクは、崩れ落ちるようにベッドに沈んだ。

 その部屋はSランクパーティーのリーダーのそれとしては殺風景なものだった。

 モンスター狩りやダンジョン攻略に使うような武器は一つも無く、防具も殆どない。

 あるのは数個の体力トレーニング道具と、私服を入れたクローゼット。

 後は一冊の本のみ。


「たしか、アイツの番号は……」


 ドミニクは本を開く。

 手書きされた本の中には、様々な紋様と異形の絵が描かれていた。

 その中からドミニクは、ノートの痣と同じものを探し出す。


「……八番か」


 見つけ出したページには、ノートの痣と同じ模様の絵。

 そして八番という番号が振られていた。

 ただし、他のページにあるような説明書きは無く、異形の絵も無い。

 それを確認したドミニクは、深いため息を一つつく。


 すると、部屋の扉をノックする音が響いてきた。


「入りたきゃ勝手に入れ」


 ドミニクがそう言うと、扉が開く。

 入って来たのはカリーナだった。


「読書中だった?」

「今終わったところだ」

「じゃあ暇ね」


 そう言うとカリーナは、ドミニクの隣に腰掛けた。


「ねぇ、なんでノート君を誘ったの」

「別にいいだろ、そんなこと」

「あの子がアルカナホルダーだから? その力が欲しくて誘ったの?」

「まさか。いや、それじゃあ言い訳か」


 ドミニクは渋々といった感じでベッドから起き上がる。


「似てたんだよ、アイツの目」

「似てた?」

「昔の俺に」


 ドミニクは自身の過去を思い返す。

 今でこそSランクパーティーのリーダーを務めているが、ここまでの道のりは決して楽なものではなかった。

 むしろ、彼の少年時代に良い思い出は殆ど無かったと言っていい。

 その暗黒の少年時代の自分を、ドミニクはノートに重ねてしまったのだ。


「アルカナのせいで何もかも諦めた目だった。誰にも顧みられず、誰も信じられなかった人間の目だ」

「だからあんなに必死に勧誘したの?」

「子供を健全に育てるのは、俺ら大人の仕事だからな」

「ふーん」

「だから俺はノートが即戦力でなくても良いと思ってる。アイツはこれから俺達で育てるんだ」

「もし育たなかったらどうするの?」

「それは無い」

「随分な自信ね」

「俺の直感だ。当たるぞ」

「素人占いの方が当たりそうね」


 「信用ないなぁ」と、ドミニクは眉間に皺を寄せる。

 だが彼の意志自体はカリーナに伝わったようだ、彼女はノートの加入を反対してこない。

 それがドミニクにとって有難い事この上なかった。


「後はマルクの奴をどう納得させるかだな」

「その為に明日模擬戦させるんでしょ。大丈夫なの?」

「心配ない。本当に危なくなったら俺が介入する」

「それはそれで安心だけど」

「それにマルクは馬鹿に見えるが、思慮深い面もある。アイツなりにノートを心配しての提案だろ」


 実際、Sランクパーティーである『戦乙女の焔フレア・ヴァルキリー』の仕事場は荒事が多い。

 時には低ランクのクエストをこなす事もあるが、基本的に行き先は高ランクの危険地帯だ。生半可な覚悟ではやっていけない。

 マルクは自身が嫌われ役を買って出ることで、ノートにSランクパーティーに入る事の意味を教えるつもりなのだろう。


「どの道誰かがやらなきゃいけない事だ。マルクの奴には悪い事をしちまったな」

「そうね」

「まぁ俺は、ノートがこの程度で折れるとは思ってないけどな」

「あら、それも直感?」

「違うな。だってアイツ、後がないだろ? 絶対に食らいついてくるぞ」

「世知辛いこと言うわね……」

「事実だ」


 そう言うとドミニクは、再び手に持っていた本を開いた。

 カリーナなはそれを横から覗き込む。


「それ、ノート君のアルカナ?」

「あぁ。八番の痣だった」

「魔人体が描かれてないわね。説明も無し」

「あぁ。アイツが持っているのは、完全に未知の能力だ」

「ちょっと、それ大丈夫なの?」

「人格に問題がなけりゃ大丈夫だろ。それにな――」


 ドミニクは本を閉じて、目つきを変える。


「万が一暴走したら、俺が責任を持って始末する」


 その瞳には覚悟、そして一種の冷徹さが燃え盛っていた。





 ドミニクとカリーナが話しをしている頃。

 ノートは割り当てられた部屋のベッドで、横になっていた。

 下ろすような荷物も無い。今彼にできる事はベッドの上で物思いに耽る事くらいだ。


「……なんでなんだろうな」


 天井に向かって、そう呟く。

 「何故なのか」ノートにとって今日一日で起きた事は、それに尽きるのだ。


 長らく共に旅をしていたパーティーからは追放されてしまった。

 何故なのか。決まっている、自分が無能だからだ。

 だが縁があって、今はSランクパーティー『戦乙女の焔』の仲間に迎えられた。

 何故なのか。わからない、自分が無能だから本当にわからない。

 何故ここの人達は自分を歓迎してくれたのか。

 アルカナというスキルを持っているからだろうか。


「……アルカナ、かぁ」


 ノートは自分の右手を見る。

 タイスに説明されたとはいえ、未だ自分の中に力が眠っているとは思えない。

 騙されているのだろうか。

 だとすれば、ここのパーティーの人達は相当な詐欺師だ。

 逆に全てが真実だとすれば。


「なんか、変に期待されているみたいで……嫌だなぁ」


 期待が重い。その重さで潰されてしまいそうだ。


「人生には分岐点があると思うけど……俺、じつは選択肢間違えたんじゃないか?」


 恐らく分岐ポイントはライカを助けた瞬間。

 ノートは今日であった同い年の少女の事を改めて想い浮かべる。


「……可愛かったな」


 ライカは自分を恩人だと言っていたが、ノートからすれば恩人は彼女の方だ。

 一晩の食事と宿を貰っただけでなく、パーティーへも誘われた。


「ライカは善意百パーセントなんだろうけど……だからこそ辛いなぁ」


 自分はSランクパーティーに入れるような凄い人間ではない。

 今日一日では、ノートの自己肯定感は全く上がっていなかった。


「異世界転生なんて、碌なもんじゃない」


 ネガティブな考えも変わらない。

 良い事なんてほとんど無かった。ただ辛いだけ。

 才能が無い分、余計にそう思える。

 現実は小説のようにはいかないのだ。都合のいいチートなんて、何もなかった。

 それでも生きなきゃ、明日に繋がらない。それだけは理解していたし、忘れもしなかった。


「明日は模擬戦か」


 マルクやドミニクには、力を見せろと言われた。

 恐らく「物を弾くスキル」を見せろというのだろう。


「こんな雑魚スキルの何を見たいんだよ」


 魔法の方がよっぽど凄いことができる。

 攻撃を防ぐだけなら、剣士にだってできるだろう。

 それを考慮すれば、自分のスキルなんて大した物じゃない。


「気楽にやれとは言われたけど……入団試験かぁ」


 攻撃手段なんて碌に持っていない。

 唯一のまともな攻撃手段である衝撃拳インパクトは、一定条件下でしか本領を発揮できないのだ。


「なんでこの技、上から下にやらないと威力上がらないんだよ」


 自分のスキルの融通の利かなさに、ノートは一人愚痴を零す。

 もしもライカを助けた時に使った衝撃拳に期待されているとすれば、謝らなくてはならない。

 あれはデビルボアという的が大きかったから当てられたのだ。

 人間サイズ相手だったら簡単に避けられてしまう。

 まぁ、そもそも……


「人間相手とは、戦いたくないなぁ」


 かつては地球の日本人であったせいか、対人戦に忌避感があった。

 この世界においては甘い考えである事は理解している。

 だが頭で理解しても、心が追いついていなかったのだ。

 そしてもう一つ、ノートには恐れている事がある。


「力、かぁ」


 右手の痣を見る。

 もしも本当に、この身体に凄まじい力が宿っているのだとすれば。

 本当に小説の主人公のような力が宿っているのだとすれば。

 それはとても怖い事でもあった。


「……レオ」


 思い出すのは自分を追放した少年の顔。

 ノートはかつての仲間が辿った道を思い出し、軽い吐き気を覚えた。


「人間って、脆くて弱いよな」


 それでも、やらなくてはいけない事もある。

 今は不安を押し殺して、明日に備えよう。

 明日の事は、明日考えるのだ。


 ノートは瞳を閉じて、意識を闇に落とした。

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