第十一話:違うんです(乳をさわりながら)
窓から入った光が、目に染みる。
「ん……朝か」
ノートは重い目を擦りながら、一日の始まりを認識した。
「眠い」
寝不足を感じるノート。
昨晩はライカと遅くまで話をしていたので、あまり眠れていないのだ。
「というか、最後の方の記憶がない。何してたっけ?」
最後は意識を失うように眠ったはずだった。
故にその少し前に何を話していたかは完全に曖昧である。
変な事を話してなければ良いのだが、そう考えながらノートはベッドから起き上がろうとする。
――ふにょん――
「ん?」
半身起こしたところで、左手に何か柔らかい感触と温もり。
いや、それ以前に覚えのない良い香りがする。
ノートは恐る恐る自身の左側に目をやった。
「すぅー……すぅー……」
「なんだライカか」
可愛らしい寝顔で、寝息を立てているライカ。
左手の感触の正体は、起き上がろうとした時に当たった彼女の胸である。
見知った顔が正体で、ノートはとりあえず一安心――
「いやいやいやいや。なんでさ」
安心は一瞬で消し飛び、ノートは混乱する。
慌てて部屋を見渡したが、間違いなく自分の部屋だ。
では何故ライカが隣で寝ているのか。
「思い出せ思い出せ。昨日の夜」
必死に頭を回転させて、記憶を辿る。
昨日はライカと他愛のない話をして、それが遅くまで続いて。
「そうだ、先にライカが寝ちゃったんだ」
睡魔に負けたライカが眠ってしまったので、ノートは彼女を部屋に運ぼうと考えた。
しかし……
「部屋の場所しらなくて、結局俺も眠気に勝てなくて……」
ノートもそのまま就寝してしまったのだ。
その結果が、今の光景である。
「全部思い出した。何やってんだ俺」
ほぼ事故とはいえ、まさか出会って間もない女の子と添い寝するとは。
ノートは少し頭が痛くなるのを感じた。
それはそれとして。
「……」
――ふにょふにょ――
左手を少し動かしてしまう思春期男子。
本能には逆らえないものなのだ。
「(意外と……ある方なのかな?)」
「ん……ん~……」
「ヤバッ」
ノートは慌てて左手を離す。
幸いにして、ライカはまだ眠っているようであった。
バレてはいない。
「(バレたらそこで人生終了だっての)」
ひとまずそれは置いておいて。
今はどうやってベッドから降りるかが問題である。
現在ノートがいるのは壁側。ライカが扉側で寝ている。
しかも一人用ベッドなので狭い。
「……またぐしかない、よなぁ」
大きな音を立てて起こすのも悪い気がする。
それ以前に、この状況で起きたらライカが驚く可能性が非常に高い。
平和的に事を解決するには、忍に徹するのが一番だ。
「音を立てないように……そーっと」
下手に立ち上がっては音が鳴る。
なのでノートは、四つん這いの体勢でライカを跨ぐことにした。
ゆっくり、ゆっくり、手足を動かす。
「すぅー……すぅー……」
「(か、顔が近い)」
不可抗力とはいえ、吐息があたる距離に女の子の顔が近づいてきた。
流石に十四歳の男には特効である。
ノートは思わず、ライカの寝顔を見入ってしまう。
「(あっ、ライカってまつ毛長いんだ……じゃなくて!)」
今優先すべきはベッドからの脱出。
特に今現在の状況を誰かに見られるのは不味い。
非常に危険な絵面なのだ。
「(焦らず、急いで、早急に脱出する!)」
瞬間、バァンと扉を開ける音が響き渡った。
「ノート君、起きてるー?」
「んひぃ!?」
最悪のタイミングだ。
扉を開けて来たのはカリーナだった。
彼女の視界に、ノートとライカの姿が写り込む。
その絵面は、ノートがライカを押し倒しているそれにしか見えなかった。
「あ~……もしかしてお邪魔だった?」
「違うんです、カリーナさん!」
「三十分くらいしたら、また来るから……ごゆっくり~」
「違うんですッ!」
ノートの声は届かず、部屋の扉を閉めるカリーナ。
だが数秒もせずに、再び扉を開けた。
「ノート君」
「はい?」
「避妊はちゃんとしなさいよ」
「だから誤解ですって!」
バタン。
無情にも閉じられる扉。
ノートは涙目でそれを見つめる事しかできなかった。
「ん~、ふぁ……あっノート君、おはようございますです」
「うん……おはよう」
「どうしたんですか? 泣きそうな顔してますよ?」
「ちょっとね……天罰が下ったんだろうなーって」
「?」
世の中はそう甘くないのだ。
ノートはそれを身に染み込ませていた。
◆
数分後、ノートとライカは食堂に降りていた。
速攻でカリーナに弄られそうになったが、ノートの必死の説明によって誤解は解けた。
「アハハ! ごめんごめん。アタシてっきり二人ができてるのかと思って」
「だから誤解ですって」
「分かってるわよ。でもライカもやるわね」
「なにがですか?」
「夜中に男の子の部屋に行くなんて。食べてくださいって言ってるようなものじゃない」
「ひゃあ!? 私は食べても美味しくないですよ!」
「分からないわよ~。男ってのは狼が多いから、パクっといかれちゃうかも」
「ひゃわわわ」
「カリーナさん、ライカが怖がってるんですけど」
「冗談よ冗談」
笑って誤魔化すカリーナだが、内心「ライカには性教育が必要かもね」と考えていた。
「それでノート君」
「なんですか?」
「ライカの寝顔はどうだったの?」
ノートは飲んでいた紅茶を拭き出しそうになった。
「ごほっごほっ。いきなりなんなんですか!?」
「やっぱり気になるじゃない。思春期男子にウチの可愛いライカがどう見えたのか」
「それは、その……」
「あら? まさか可愛くないと?」
「違います! そんなこと言ってません! だから杖を向けないでください!」
眼に怒りを宿して、魔法の杖を向けてきたカリーナ。
どうやらこのパーティーでは、ライカは相当可愛がられているらしい。
むしろ過保護といってもいいかもしれない。
「で、どうなの。ノート君?」
「その……可愛かったです」
ライカには聞こえないように、小声で答えたノート。
その返答は無事、カリーナに届いたようだ。
「よろしい」
杖をしまうカリーナ。
命拾いしたと、ノートは胸を撫でおろす。
「ライカって、すごく大事にされてるんだな」
「えっ、あぁ……そうみたいですね」
何故か目を逸らされてしまった。
気のせいか、ライカの耳が赤くなっているようにも見える。
そんなドタバタした朝の食堂に、我らがパーティーのリーダーがやって来た。
「ふぁ~、おはよう皆の衆」
「遅いわよドミニク」
「そう怒るなって。俺は朝に弱いんだ」
カリーナを軽くあしらいながら、ドミニクはテーブルにつく。
彼は紅茶を飲んで一息つくと、話を切り出した。
「さてと、今日の仕事だが。俺とマルクは北のダンジョンへ狩りに行くぞ」
「ヒャーハー! いいゼェ、リーダーァ!」
「ちょっとドミニク。アタシ達は?」
「あぁそれなんだけどな」
ふと、ドミニクはノートの方に視線をやる。
「今日はノートに初めての仕事をして貰おうと思ってる」
「仕事、ですか」
「そうだ。安心しろ、仕事と言っても簡単なお使いだ」
「(よ、よかった)」
流石に高ランクモンスターの討伐など不可能だ。
ノートが胸をなでおろしている間も、ドミニクは話を続ける。
「お使い内容は簡単。ウチのパーティー行きつけの工房があるから、そこに行って荷物を受け取って貰いたい」
「工房で、荷物ですか」
「腕の立つ魔道具工房だ。パーティーメンバーが使う魔道具は全部そこで注文している」
Sランクパーティーの行きつけ魔道具工房。
きっとスゴイ職人がいるのだろう。と、ノートは勝手に想像を膨らませていく。
「カリーナとライカはノートの道案内役だ。一緒に行ってやれ」
「なるほど。そういう事なら先に言いなさいよね」
「やった。工房ならルーナちゃんに会えます」
承諾するカリーナと、妙に喜ぶライカ。
「ノート君。野営道具を準備しておきなさい」
「はい……はい? なんでお使いに野営道具?」
もしかして遠い場所にあるのだろうか。
「あぁ、そういえばまだ言ってなかったな。工房のある場所」
そう言うとドミニクは、どこからか一枚の地図を取り出した。
危険地域を示す赤い線に囲まれた山の頂点に、バツマークがついている。
「あの、ドミニクさん。なんか真っ赤な山にバツがついてるんですけど」
「そうだな。そこが目的地だ」
ノートは絶句するが、スルーされる。
「山の名前はデスマウンテン、別名は冒険者の墓場。工房はその頂上にある。まぁ死なないように頑張れ」
笑いながら言ってノートの肩を叩くドミニク。
それに反して、ノートはこの先の旅路を考えて真っ白になっていた。
「デスって……デスって言ってるし……」
どうやら初めての仕事は、一筋縄ではいかないようだ。
ノートは胃に痛みを感じるのだった。
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